第27話 影と闇


「隠れて何かやってるよね、ステラ?」


 隣で寝そべる彼女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに顔を振る。

 一頻りそれを楽しんだ後、俺の指を加えて満足気に彼女は言う。


いぁ?」


「いいや。

 でも、どうして俺に隠すのかは気になるな」


「疑ってるの……?

 心配しなくても僕は浮気なんてしないよ」


 浮気ね。

 正直、ステラが浮気していようがどうでもいい。

 それが彼女の望みなら、叶った方がいいに決まっている。

 俺が嫌なのは、彼女の願いが叶わず不利益を彼女が被る事だ。


 そうじゃないなら、それ以外の事はどうでもいい。


 とはいえ、浮気なんてしていない事は嫌でも分かる。

 そもそも、俺は一日の9割以上をステラと一緒にいるし。

 ていうか、俺以外にステラという女に付き合える男が居るとも思わない。


「でもそうだね。

 そろそろ手筈は終わってる頃なんだよねぇ。

 ねぇレン、出かけよっか?」


「どこへ?」


「レンってば、本当は気が付てるでしょ。

 無意識なんだとしても、それにずっと気が付かない君じゃないし」


「何の事かな」


 俺はステラから視線を逸らす。

 けれど、彼女は俺の目を追うように視界に入って来て視線を合わせる。


「記憶を消せるのは人間だけ。

 使い魔は、その例には漏れている。

 あのさぁ、僕に嘘を吐けるって――本気で思ってるの?」


「ステラ、あのさ」


「誤魔化すの禁止」


「はぁ、行くから……行きますよって。

 何処に行きたいわけ?」


「君の学校に決まってるじゃん」


 だろうね。

 本当に憂鬱だ。

 何がって、彼女が嫌がっている事を俺がしなきゃいけない事だ。

 でも、それが彼女の選んだ事ならば、俺は従わざるを得ない。


「レン、寂しいよ」


「大丈夫、大丈夫……」


 1時間くらい、ステラの頭を撫でてから俺は制服に袖を通す。

 とはいえ、時刻は午後6時を過ぎている。

 もう学校に残っているのは部活生くらいだろう。

 彼等も30分程度で帰宅して、そこには誰も居なくなる。


 逆に言えば、学校に着く頃には、そこには彼女たちしか居なくなると言う事だ。


「ミル」


「はい、マスター」


「ステラへの不信感を斬られた事にも気が付かないなんて、まだまだだね」


「やはり、そういう事ですか」


「ごめんねミルちゃん」


「いえ、どうせ私はまだ子供。

 失敗の一つ程度で傷心したりはしませんよ。

 ただ、記録し解析するだけです」


 うちの人工精霊も強くなった物だ。

 本当に、生まれた時は子供の様だったのに11歳児の思考じゃないのは当然だが、感情の振れ幅が増え、それを解析する事で学習を続けている。

 きっと、彼女はその内俺を越える魔術師になるのだろう。


 でも、今の所は多分俺がこの世界で最強の魔術師だ。


 だから、これは俺の仕事なのだろう。


 そんな事を考えながら、いつもの倍くらいの時間を掛けてステラと学校へ向かう。

 転移を使えば一瞬だが、風情ってヤツだ。


 学校に到着する頃には、夜更けって感じの空になっている。


 今日が金曜日で良かったね。

 明日学校だったら、こんな夜更かししちゃって朝起きれなくなっちゃうよ?


「久しぶり、でいいのかな。

 土御門さんと南沢さん?」


「アンタね、勝手に私の記憶を奪ったっていう馬鹿は」


 この子は全然変わんないね。


「そうね、一月も無断欠席するから、そういえばそんな顔してたわねと言いそうになったわ」


 うん、言ってるねそれ。


「ステラ、説明してもらってもいいかい?」


「直観だよ。

 これが僕の最善手だって」


「そうか」


 説明を求める度に、似たような事を言われた記憶が沢山ある。

 だから、俺はとっくの昔に彼女に論理的な解説をさせる事は諦めている。

 それに、勇者がそうするべきだと思ったというのは俺にとっては極めて論理的な理由だ。


「随分、仲良くなったんだね二人とも」


「あんたのせいじゃない。

 あんたが私達の記憶を奪ったから!」


「じゃあ、仲良くできて良かったじゃん」


「馬鹿にしてるの?

 馬鹿にしてるわね。

 許さない!」


 全く、この子は沸点が低すぎる。


「じゃあ、俺は何をすればいいのかな?」


「即刻、私たちの記憶を返して貰えるかしら?」


 予想通りの言葉を輝夜ちゃんは言う。

 フルルと魂狐は彼女たちと記憶を共有している。

 であれば、彼女たちだけの記憶を消しても意味はない。


 そんな単純な事を想いだしたのは、記憶を消した後だった。


 何を、俺はそこまで焦っていたのだろう。

 今となってはそれも分からない。

 でも『ステラと一緒に居る必要がある』そんな言い訳を盾にして、使い魔と精霊に対する対処は何もしなかった。


 俺が期待していた?

 彼女たちが記憶を取り戻す事を?


 馬鹿な。


 そんな事、ある訳がない。


 俺は只、そんな事は些細な問題だと割り切っただけだ。


 だから、俺は輝夜ちゃんに返答する。


「無理だね」


「そう、でしょうね」


 記憶を無くした彼女と言えど、その聡明さに変化がある訳じゃ無い。

 だったら、記憶を消した張本人がただ言葉一つで、それを解くなんてあり得ないと分かって居たハズだ。


 それでも俺の前に、彼女たちが現れたという事は。


「俺に、勝てる気で居る訳だ」


 今の彼女たちは俺の友人とは言えないだろう。

 何せ、その全ての記憶を失っているのだから。


 殺す事も、傷つける事も、俺はできない。

 でも、無力化するのは簡単だ。


「そういう事になるわね」


「そっか、随分とつけ上がったね」


「言ってなさい。

 フルル」


 己の精霊の名を呼ぶ。


 黒い魔力が、彼女の身体の周りを渦巻いている。

 

 これは、術式だ。

 輝夜ちゃんは術式への理解なんて無かった。

 たった一月で、こんな事ができる様になる訳がない。


「一体、何を教えたのかな?」


 ステラを見やる。


「ミルちゃんにね、お願いしたの。

 それと一緒に、春渡君にもお願いしたんだ」


「あぁ、一応聞こうか。

 ミルが自分の作り方を春渡に教えて、それを春渡が作ったって?

 じゃあさ、その完成品の人工精霊の命題は何?」


「人工精霊じゃないよ。

 彼女たちの使い魔を機械化?

 したんだって」


「ステラ、君の目的は何なのかな?」


「大丈夫、気にしなくていいよ。

 だから、レンはレンの好きな様にして」


 本当に、英雄って奴はつくずく意味が分からない。

 どうして、こんな事になっているのかな。


「話は終わり?

 それじゃあ、始めるわね」


 そう言って、俺とは色違いのケースに入ったスマホを輝夜ちゃんは取り出した。


 俺は、一歩下がる。


「空間断裂」


 俺の鼻先の空間が切裂かれる。

 俺が動いていなければ、首が飛んでいただろう。


「なるほどね」


 フルルの闇魔法を無詠唱で自由に使用できる訳だ。


「私、記憶が無かった間の事をフルルに聞いたわ。

 でも、一つ許せなかった事があるの」


「何?」


「顔も平凡、勉強も並み、魔法が使えるからって隠すなら社会じゃ特に意味ない能力じゃない。

 コミュニケーション能力が高い訳でも、収入を確保している訳でもない。

 そんな貴方に、私が惚れる訳がないと思うのよ」


「それは、俺も思うよ」


「白々しいわね。

 私にした事は、本当に記憶を消す事だけなのかしら?」


「俺が洗脳したとでも?」


「他に可能性があるなら言ってみて良いわよ」


「ちょっと自己評価高すぎないかい?」


「正当な評価だと思うけれど」


 同時に、彼女の手がスマホの画面に触れる。


「亜空結界」


 世界が闇に閉ざされる。

 星の輝きも月の灯も無い。

 完全な黒の世界。


 そこには、俺と輝夜ちゃんだけが存在した。


「決闘領域って奴だね」


 対象を自分と相手一人に絞る事で、空間効果を強制する結界。

 何の物質も存在しない、無重力空間か。


「貴方の自由は奪った、なんて思ってはいないわよ」


「随分と、術式の使い方に慣れてるんだね」


「勉強は得意よ。

 それ以外の努力も得意」


 彼女には、人間を魔法の対象にする事に戸惑いが一切ない。

 自信満々に他人を不幸にできる人間か。

 流石と思うべきなんだろうね。


「君は強いね、やっぱり」


「それは、太陽に向かって大きいと言う様な物よ。

 ……誰も聞いていないから、本当の事を言うわ」


「うん」


「一番私がムカついている事はね。

 貴方が、私の告白を断ったって事。

 事実なら、私は貴方を殺さないといけないと思わない?」


「全然思わないけどね」


「私は思うわ」


 自己中。

 そういう意味じゃ、輝夜ちゃんも瑠美もそんな変わらないな。


 でもきっと、成功者や英雄ってのはそんな人間なんだろう。

 ステラを見ていると酷く思う。

 彼女たちのそれは驕りでは無い。


 プライドだ。


 俺が捨てた、矜持って奴だ。


「天羽君、貴方に告白命乞いさせて拒絶して上げる」


 恨むよステラ。

 よくもこんな化物を目覚めさせてくれた物だ。


 今の彼女は、多分あの時戦ったフルルより強い。

 そして、俺は彼女を傷つけられないというハンデがあって。

 もっと言えば、輝夜ちゃんの後には瑠美が居る。


 異世界の魔法理論をステラから体得してるんだろう。

 機械化した使い魔が術式処理するから、好きなだけ魔力をぶっ放せる。

 何よりも、後に控えるのはステラ以上の魔力を保有する怪物。


「記憶を戻す気になったのかしら?」


「作戦を立てたのは君って訳だ」


「えぇ、そうよ」


「これだけ追い詰めれば、俺が諦めて、降参して、戦闘なんてする必要が無いって、……そう考えるかもって?」


「貴方……」


「――嘗めるなよ」


 首のピンバッチに触れる。

 仮面とローブに身を包む。


「俺は異世界の魔術師。

 名をヒーレン・フォン・アルテレス。

 俺の魔術師歴は40年弱。

 一月前に初めて術を使った小娘に負ける訳には行かないな」


「本当に気持ち悪い。

 私がそんな老人を好きになったなんて、人生最大の汚点だわ」


 結界なんて張る訳だ。

 なるほどね、この結界の本当の目的はその顔を誰にも見られない様にするためって訳か。


 顔を歪ませて輝夜ちゃんは俺を睨んだ。

 笑みなのか、険悪なのか、怒りなのか、その全てが混ざったような狂気の表情。


 個人的には嫌いじゃない。

 輝夜ちゃんの顔がそもそも凄く整っているからっていうのもあるけど。


「ギャップ萌えって奴だね」


「決定したわ。

 今から私は、貴方を殺す」


 そうして、俺と南沢輝夜の戦いは始まった。

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