第20話 勇者の純愛


 自分で吐き出した吐瀉物を口に捻じ込まれている様な。

 そんな感覚。


 でも、目の前で繰り広げられるその光景に、私は口を挟めない。


(過去一番よのう)


「何が?」


 フルルの言葉に私は短く返す。


(我が歴史上最大に、魔力が昂っておる)


「あっそ」


 精霊師。

 そんな名前の適性が私にはあるらしい。

 でも、今まで一度も自分の意志でその力を使った事は無い。


 だから初めて、私は私の意思で詠唱うわ。


「覆って」


 フルルは私の言葉に従う。

 私と、彼と彼女と、そしてお父さんとおばさん。


 ――黒天幕。


 5人と、それ以外を分断する。

 闇色のカーテンは、世界を黒く染める。

 何も見えない。

 何も見たくない。

 そんな私の願いが具現化した物。


「誰も中に入れては駄目よ」


 ――重力操作・縛。


 これで、彼と彼女の姿は私と後2人しか見えない。

 これで、外から妨害が入る事もない。


 本当に最悪で最低な気分。

 人生で一番。


 好きな人が他の女とキスを交わす。

 それは、こんなにも辛いのね。


「レン、ごめんね。

 押し付けてごめんね。

 辛い事を沢山させてごめんね」


「ステラ、君が居たから俺は戦えた。

 君が生きていてくれるから、俺はなんでもできたんだよ」


 彼と彼女は、お互いを強く抱きしめる。

 彼と彼女は、激しくお互いを求める様に唇を付ける。

 彼と彼女は、お互いを許し合う様に涙を流す。


 私は、顔を背けた。

 見て居られなかった。

 この心臓の痛みに耐えてはいられなかった。


 でも、分かってしまう。

 その表情を見て理解してしまう。

 あの間に、私の割り込む余地はない。


 その間に何があるのかは知らない。

 彼等の瞳に移る過去の記憶など、私に知る由もない。


 それでも、貴方は本当に嬉しそうに笑っている。


 自分の性格が嫌になる。

 自分の思考が本当に嫌いだ。


『また負けた。

 私よりもその子の方がいいの?

 なんで、私じゃないの』


 そんな最低な考えに支配されそうになる。


 彼の幸せを願えない女。

 彼の幸せなど願っていなかった女。

 それを自覚するのが、本当に辛い。


(輝夜……)


 うるさい。

 うるさいわよ。


 今は話しかけないで。

 今は黙っていて。


 黙って、私に泣かせて……


 唇から血が滲む、鉄の味を噛み締めて耐える。

 それでも溢れる涙が止まってくれない。

 俯いて、まるで負けたみたいに悔し泣く。


 我ながら、たった3日で本当に変わった物だ。

 洗脳改竄と言われた方がずっと楽よ。


「愛し合うのは勝手だが、後にしてくれるかな?

 先に、私達の問いの答えを聞かせて欲しい」


 天羽徹。

 彼の父親が、彼と彼女に一歩近づきそう言った。


「誰だい?」


 勇者。

 そう呼ばれた女が応える。


「我が主君ですよ使い魔。

 貴方が顕現できているのは、私の力あってこそ。

 故に天羽修、私共に膝を折って頂けますね?」


「あぁ、そういう事なんだ。

 いや本当にありがとう。

 彼と話せて、僕は凄く凄く満足だ」


 そう言った瞬間だった。

 彼がステラと呼んだ女性は、長剣を抜き放ち刃を自らの首へ振るう。


「ありゃ?」


 その刃は、首の皮一枚の所で停止した。


「無駄だよステラ。

 使い魔として契約は済んでるし」


「レンは色々詳しいよね。

 でも僕ってほら、やってみないと分からない主義だから」


 そう言った瞬間、彼女の姿が一瞬で掻き消える。


「はっ……!」


 土御門宮子が固唾を呑む。

 土御門瑠美とは腹違いの親子と言う事になるのだろうか。


 その人物の目前で剣が薙ぐ。


 しかし、やはりその刃は皮膚一枚残して停止した。


「ほよ?

 本当みたい」


「召喚された使い魔が自害を計り、更には主人へ刃を向けただと!?」


「あのさぁパピィ、僕の天敵を召喚したんだよ?

 それを魔力が十分だからで制御できるとか思っちゃったの?

 ステラを制御したいなら、量子コンピュータくらいの演算能力は必要かな」


「天敵って、酷い言い種じゃないかい?」


「不貞腐れないでよ。

 もう少し一緒に居れるんだからいいじゃないか」


「まぁ、レンが僕の事を沢山抱き締めてくれるならそれでもいいけどさ」


 そう言いながら彼女は土御門宮子から剣を引く。

 そのまま、どうしてか私の方へ歩いて来た。


 堂々とした歩み。

 全てをひれ伏させるような圧倒感。

 勇者……ね。


「君はレンの何なのかな?

 僕はやっぱり、浮気は駄目だと思う清楚系女の子だから気になっちゃうんだよね。

 さっきから、まるで自分の男が取られた女みたいに私の事をジロジロ見てるしさ」


「わ、私は修君の友達よ」


「そっか、僕は今からレンと一緒の部屋でラブラブイチャイチャして、朝はベッドインして昼もベッドインして夜もベッドインする予定なんだけどさ。

 何か言いたい事はあるかい?」


「…………」


「あぁ、そこで黙る程度の相手ならこんな事聞く必要なかったね」


 私は彼女の言葉を聞いて、明確に殺意を抱いた。


「さっきの会話を聞くに、貴方ってもう死んでいるのでしょう?

 だったら、さっさと天国にでも地獄にも帰れってくれないかしら。

 操られてる分際で、生者をかどわかすのは止めたらどう?」


「言うね。

 でもさ、その程度の力で何ができるの?」


 彼女の剣を持った手元がブレる。


 え?


 斬られた?


「輝夜、逃げろ……」


 強制的に、フルルが私の中から分離させられた。


「僕の聖剣は、僕が斬りたい物だけを斬る事ができる。

 今は、君と精霊の接がりを切断した。

 さぁ、これで君は独りだ」


 そう言って、彼女は出て来たフルルの身体に剣を突き刺す。

 その刺突は、本来霊体であり物質をすり抜ける筈のフルルを地面に縫い留める。


「この程度の実力で、レンの隣が務まるの?

 彼は僕の隣に立つために、なんでもしてくれたよ。

 彼が何人殺めたか聞いても、君は彼を愛せるの?」


 あぁ、確かにこの人は凄い。

 私の負けだ。

 召喚されてたった数分。

 その時間で、この場の全ての者を牽制した。


 それが彼の隣に居るべき女の覇気であるのなら、私には備わって居ない物だ。


 人生で一度も負けを認めた事なんて無い。

 何かで負けても、何かで勝てたし、総合的に私より優れた人間など視た事も無かった。


 でも。

 そんな私でも。


 この相手には、私は負けを認めざるを得なかった。

 だからこそ、修君は彼女を好きなのだろうと悟る。


 ゆっくりと、彼女の手が私の顔に伸びる。

 それを避ける気力も、振り払う気力も、もう私には残って居なかった。


「――あ」


 彼女の指先が、私の額に触れ……


「勝手な真似は謹んで頂きましょうか」


 る寸前で、止まった。


「命令全てを無視できる訳ではない様ですね。

 少し驚きましたが、それでも我々の優勢に間違いはありません。

 さぁ天羽修。

 我が軍門に下るか彼女に殺されるか、二つに一つですが?」


「ステラ」


「何だいレン?」


「もし、君が生き続ける事を望むなら、俺は全力で君をより長く生存させよう」


「望まないよ。

 分かってるクセに、そういう意地悪やめてよね」


「だよね。

 って事で、悪いけどおばさんに従う理由がない」


「そうですか。

 では、死んでどうぞ。

 どうせそこの使い魔が居れば、もう貴方の協力は必要ありません」


 土御門宮子がそう言った瞬間、ステラと呼ばれた少女の足が動き始める。

 彼女の表情を見れば、それが自分の意志ではない事は明確だった。


「構いませんよね、徹様」


「あぁ修、お前の役目は終わりだ。

 私の息子として生まれて来てくれて、ありがとう」


「俺もお礼を言うよ。

 ステラにもう一度会わせてくれてありがとう父さん」


 修君の言葉を、お父さんは手を上げるだけで済ませる。


 それが親子の会話と思うと頭痛が増す。

 あぁでも、私の両親とそんなに変わらないわね。


「殺しなさい」


 その命令と同時に、彼女は彼の腹部へ剣を突き刺す。


「ステラ」


 剣をなぞる様に、修君は進む。

 夥しい量の出血にも耐え、血反吐を吐いて。

 それでも進む。


 少しでもその女性に近づかんと、踏み出す。


「レン」


 そう言ってまた、彼等は口づけを交わす。


 お互いを抱きしめ。

 極光がステラの右手に集約し、剣を形成した。


「待っ……!」


 私の悲鳴は虚空に消えた。


 極光で作られた刃は修君の背中に突き刺さる。

 何を……しているの?


 その疑問は喉で止まる。

 痛みに耐えながら、それでもお互いを求めるその姿に驚愕した。


 あの女の言う通りだ。

 私は、彼に応えられないのかもしれない。


「直ぐに迎えに行くから、少し待っていてくれるかい?」


「嫌だよ。

 待つのは君の仕事だろう?

 僕は言う人、君は叶える人。

 君だけには、僕はそうしていいんだろ?

 だから僕は言うよ、一緒に居ようって」


「我儘女は健在か。

 困った物だ」


「そう? 丸くなった方だと思うけどね。

 もう僕は救世なんて背負ってないんだから」


「確かに、じゃあ少しの少し待って貰っていいかい。

 色々と、済ませて来るから」


「僕は君が少し居ないだけで、凄く悲しくなるんだ。

 凄く凄く凄く、凄く悲しくさせたら許さないぞ。

 僕に時間はそんなに無いだろうし……」


「あぁ、分かってる。

 君が居なくなるまで、俺は君と一緒にいるよ」


「うん、分かってる」


 そう言って、彼が倒れる。

 誰でも分かる出血多量。

 意識を失ったみたいだ。


 死んで……無いわよね……?


 不安に思ったその瞬間、白い髪の少女が彼の背の上に現れる。


『マスターの生体機能の80%以上の停止を確認。

 緊急措置の実行条件が満たされた事を確認しました。

 私は私を顕現させる事を許可します。 

 私は私の転移術式の使用を許可します。

 私は私の治癒術式の使用を許可します。

 私は私の自己判断に置いて、術式を行使する事を許可します。

 私はマスターの生命維持に全力を賭す事を誓約します』


 白い少女が饒舌に話始め、彼の姿が一瞬で消える。

 更に、連続で少女も掻き消え、私の目の前に現れる。


『南沢輝夜。

 マスターのご友人ですね。

 離脱申請があれば、貴方も同様に転送可能です』


「マスターって修君の事よね?」


 状況的に私はそう判断する。


『イエス。時間がありません、早急な判断を求めます』


「わ、私とそっちのフルルもお願いできる?」


『イエス。転送を開始します』


 そうして変わった景色は、昨日行った彼の家の中だった。




 ◆




「どうして、首を刎ねなかったのかしら?」


 土御門宮子は、ステラへそう問いかける。


「どうして、僕が君の言う事を聞かなきゃいけないのかな?」


 ステラはそう反論する。

 その次の瞬間、彼女の頬は赤く染まった。

 宮子が彼女の頬を叩いたからだ。


「使い魔如きが主に反論しない事ね」


「あーあ、僕しーらない。

 でも心配しなくていいよ。

 君の目的は一番いい形で叶うよ。

 勇者である僕が保証してあげる」


「どういう事かしら?」


「レンは、僕の隣に居たんだ。

 ずっと、世界が変わっても何年経っても同じ。

 レンは僕の隣に居てくれるって、そういう事」


「あの男が戻ってくるとでも?」


「うん、当たり前でしょ。

 だって僕はここにいるんだから。

 でも、君たちは君たちでちゃんと考えなよ」


「どういう意味かな、ミスステラ」


「レンを出し抜けると良いね」


「出し抜くも何もあるものか。

 君は手中、修が戻ってくるなら君を人質にして手に入れられる。

 これでもうチェックメイトだろう?」


「さぁ、どうだろう。

 僕あんまり考えるの得意じゃないから。

 あぁ、シャワーってある?

 レンが戻ってくる前に奇麗にしておかないと」


 そう言って、ステラは手を広げ赤く染まった鎧を目立つように見せる。


「良いだろう。

 命令があるまでは好きにしていなさい。

 どうやってこちらの命令をずらしているのか知らないが、それも数日もすれば分かる事だろうしね」


「はいはいそうだね」


 徹が指示した信者の一人に連れられ大広間を出て行きながら、彼女は小さく呟いた。


『頑張ればいいさ。

 レンが出し抜かれたの何て、魔王の自爆一度切りしか僕は知らないけどね』

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