第16話 現代魔術師と生徒会室


 怒涛の週末だった。

 土曜日に輝夜ちゃんとデートでしょ。

 その夜には闇精霊と戦った。

 現代に置いて初めて『奥義』を使用した戦いだった。


 日曜日は瑠美と輝夜ちゃんと家デートだ。

 瑠美には呪いの事がばれて、輝夜ちゃんには俺が魔術師だってバレた。


 その夜に瑠美の使い魔が撃たれて、それを助ける為に異世界でも空論だった理論を実証。

 その後には千年前の最強陰陽師、安倍晴明との戦闘。


 月曜日の朝。

 俺はそう考えながら、太陽の光を手で遮る。

 時刻は午前7時55分。

 正門から校内へ入った。


 にしてもここ3日で、色々と分かった事もある。


 この学校の生徒会室に何かあるという事。

 安倍晴明のライバル陰陽師の蘆屋道満の子孫が、何かを企んでるらしい事。

 ついでに、瑠美が暗殺者にめっちゃ狙われてる事。

 後は輝夜ちゃんに精霊師としての素質がある事。


 あ、あとは瑠美が将来凄い爆乳に成る事ね。


「おはよう、天羽君」


「やぁ輝夜ちゃん」


 靴箱に靴を仕舞っていると、輝夜ちゃんが現れた。

 俺は元気に挨拶を返す。


 すると彼女は少し怒ったように笑い、同じ台詞を繰り返した。


「おはよう、天羽君」


「おはよう、輝夜ちゃん」


「……人前では名前で呼ぶのは止めてくれるかな?」


 委員長の時の笑顔で、彼女はそう言う。


 なるほど。

 他の生徒への体裁もある。

 俺とそういう仲になったとか勘違いされたく無いのだろう。


 金曜日に、ラブレターにしか見えない手紙を渡した前科もある訳だし。


 南沢輝夜、という女の子の性質は優等生だ。

 それは、闇精霊に心を乗っ取られていたからじゃない。


 彼女元来の性質で、在り方。

 友達の性格を無理に変えようとは思わない。


「分かったよ。南沢さん」


「うん、ありがとう。

 それと、あの事で放課後に話があるから教室に残っててくれる?」


「了解」


 あの事ね。


 そのまま、彼女は颯爽と靴を履き替えて教室に向かった。

 最小限の会話で、嫌に手際の速い履き替え。


 徹底してるよね。

 俺と一緒に教室まで歩くのも嫌らしい。


「おはよう、修」


 上履きを靴箱から取り出した辺りで、今度は隣に瑠美が居た。


「おはよう瑠美」


「その、あんたって私の事どう思ってるの?」


「何さ行き成り。

 友達だと思ってるよ」


「あの女、南沢の事は?」


「友達だよ」


「ふーん。

 あのさ、私に彼氏ができたら嫌?」


「そうだね。

 彼氏がいる人と、幾ら友達でも頻繁に二人で居る訳にもいかないしね。

 勉強教えるのとか、できなくなるかもなとは思うね。

 あと、あの解呪もお預けになるだろうし。

 ていうか、いきなり何の話?」


「多分、告られた」


 えぇ、度胸ある人もいるもんだな。


「殴ったの?」


「ちょっとだけ」


 かわいそ。


 まぁけど不自然な事は無い。

 この学校に瑠美より美人なんていない訳だし。

 多少、性格に難があったとしても付き合いたいって男は多そうだ。


 問題は、瑠美が本気で付き合うか考えてそうって事。

 俺だって君の事全部知ってる訳じゃ無いよ?

 でも、君の交友関係って超少ないじゃん。


 って事は、その告白して来た人も最近知り合った相手でしょ?

 あんまり、良い感じになるとは思えないな。


 まぁ、別に瑠美が誰と付き合おうが俺にはどうでも良い事だけど。


「おっけーするの?」


「いや、考えてる最中。

 でも、感謝してるから」


「カップルって感謝で成立するの?

 相手も、好きになってくれない相手と付き合いたくはないんじゃない?」


 瑠美が上履きに履き替えるのを待って、俺と彼女は並んで歩いていく。

 廊下を2人で歩いていると、なんか視線を感じる。

 とはいえ、名前も知らない生徒の視線なんてあんまり気にならないけど。


「でも、お礼はしないとダメでしょ」


「何して貰ったの?」


 俺と瑠美の行先は同じ。

 廊下を歩きながら、話を続けた。


「親友の命を救って貰った」


「え、俺命の危機なんてなってないけど」


「あんたじゃ無いわよ!」


「なんだ……俺以外に友達居ないかと思ってたよ」


「居るわよ。私にだって1人くらい……」


 1人って、友達って複数形じゃない?

 あ、でも俺も瑠美と輝夜ちゃんしか友達いないや。


 後は、バイトしてた探偵事務所の先輩?

 いや、あの人は友達とかじゃないな。


「お礼ね。

 具体的に何して貰ったか知らないけど、普通交通事故とかで庇って貰ったら治療費とか負担するんじゃない?

 それと菓子折りとか?」


「菓子折りね……」


「ていうか、助けたんだから付き合ってって、相当暴論じゃない?」


「そんなに、私が誰かと付き合うのが嫌な訳?」


「嫌って言うか、そもそも瑠美は何で俺にそんな相談してくるの?

 俺が付き合わないでって言ったら、付き合わないの?」


「うん……」


「普通に考えて、その程度の相手と付き合うべきじゃないでしょ」


「そうよね。確かにあんたの言う通りだわ」


「俺なんかが人の恋路にどうこう言うのはお門違いだろうけど、好きとかって相手に尽くせるかで決めた方がいいんじゃない?」


 俺の考えは、基本的に輝夜ちゃんに近い。

 お互いにメリットを感じたから一緒に居る。

 商談とかと違いは無いと思っている。


 そして、重要なのは自分が相手にメリットを与えたいと思うか。

 思った時点で、それは自分に相手が相当なメリットをくれているという証拠だ。


 親友を助けて貰った。

 うん、確かに相当なメリットの前払いだ。

 でも、土御門瑠美の数カ月から一生の好意を渡す値段じゃない。


 生涯を受け取るなら、相手だって相応の対価が必要だ。

 継続的で、高級で、彼女の美貌と献身に匹敵するだけの対価。

 そんな物、俺には想像も付かないよ。


「そう言えば、あんたも気になる人が居るって言ってたじゃない。

 なんか進展とかないの?」


「無いよ。接点ももうないしね」


 16年も前に終わった相手だ。

 世界も生命も終わった相手だ。

 何かしたいと願っても、もう叶う事は無いだろう。


「そう、じゃあ南沢じゃないんだ」


「違うね。この学校の生徒じゃないし」


 そんな会話をしていると、教室まで着いた。


「じゃあ、昼休みと放課後に勉強教えなさいよね」


「あ、放課後は無理かも。今日ちょっと予定があって」


「予定?」


「か……南沢さんに呼ばれてるんだよ」


「あっそ」


 そう言って瑠美は俺の頭を小突く。


「なんで殴るの?」


「なんとなく」


 こいつマジでゴブリンの巣穴とかに放り込まれねぇかな。

 あぁ、自力で全滅させるからダメだ。


 その辺りで先生が教室に入って来て、俺と瑠美の会話は中断する。


 そのまま昼休みまでは何事も無く授業を受けた。

 授業中、瑠美は爆睡していた。

 やる気ないなぁ。


 昼休みは彼女と昼食を取りながら、勉強を教える。

 その際、異常に距離が近いのは治療だそうだ。

 瑠美が俺の腕に自分の腕を絡ませながら、片手でノートを付けている。


 クラス中の視線がこっちに向いているのは理解しているよ。

 でも瑠美ってそんな事気にする性格じゃないし。


 そのまま放課後。


 瑠美も、他の生徒も教室からは誰も居なくなった。

 俺はぼけーっと夕日を眺めながら待っている。


 すると扉が開かれた。

 入って来たのは案の定輝夜ちゃん。


「やぁ」


 そう挨拶をしてみるが、相手から返事は帰ってこない。

 輝夜ちゃんはそのまま俺の方へ向かって歩く。

 俺の隣、瑠美の席へ腰を下ろした。


 俺の腕が引かれた。

 まるで抱き締める様に、俺の腕に彼女は体を絡ませて来る。


「どうしたの?」


「土御門さんと随分仲が良いのね」


「学校の友達って瑠美と輝夜ちゃんしかいないし」


 それで、輝夜ちゃんが構ってくれないなら基本的に瑠美と一緒に居る時間が増えるのは必然だ。

 事実、先週までは基本的に俺の会話相手は瑠美オンリーだった訳だし。


 とはいえ、クラスで浮いてる訳じゃ無いと思う。

 最低限の会話はするし、誰にも気さくな態度を心得ている。

 ただ、明確に友達と区分できる相手はこの2人しかいないってだけ。


 高校の友人関係なんてそんなモンでしょ?


「友達ね。完全にカップルの距離感だったと思うけれど?」


「そう?

 いやいや、俺なんかじゃ釣り合わないですよ」


「何よそれ、冗談にしても質が悪いわ。

 魔法使いのクセに」


 それを言うなら相手は陰陽師だ。

 ついでに、英雄の卵様だ。


「まぁいいわ。

 本題に入りましょう」


 うん。

 良いんだけどね。

 腕組みは続行なんだね。


「生徒会室に忍び込むわよ」


 輝夜ちゃんは、真面目な顔でそう言った。


 だろうと思ったよ。


「大体呪いの心当たりは着いたわ」


「それは凄いね」


「那智山に伝わる天狗伝説よ」


 だよね。

 俺もネットで調べたから知ってる。


「千年くらい前に、安倍晴明っていう陰陽師がこの学校の裏手にある山に天狗を封印したそうよ。

 山の麓にそれを祀る祠があったらしいのだけど、それを取り壊してこの学校が建てられたみたい」


 なんて罰当たりな学校だ。

 晴明さんの仕事を潰すなんて。

 俺のリスペクト陰陽師の1人なのに。

 まぁ、陰陽師なんて瑠美と晴明さんしか知らないけど。


「生徒会室は、立地的にその祠と重なるのよ」


「でも、なんで輝夜ちゃんがそんな事するの?」


 そもそも、南沢輝夜は陰陽師でも無ければ魔術師でもない。

 先祖が精霊師でも、今はただの一般人だ。

 そんな彼女が積極的に呪いに絡む意味はない。


「私、委員長だから生徒会室に出入りするのよ。

 呪われるのが分かってて、そんな部屋に入りたく無い物」


「……確かに、じゃあ俺が1人で行って解決してくるよ」


 それが最もベターで安パイでイージーな方法だ。

 多少面倒だが、確かに輝夜ちゃんの呪いを毎回俺が解くのは面倒だ。


「嘘」


「え?」


「私、肝試しもお化け屋敷も行った事無いの。

 貴方のデートにも付き合って上げたのだから、私のデートにも付き合いなさい。

 お化けが出る事が殆ど確定しているお化け屋敷って、かなり貴重じゃないかしら?」


 毎夜お化けに会ってる俺からしたら、全くレアじゃない。


「危ない目に合うかもよ?」


「貴方が居ても?」


「はぁ、輝夜ちゃんの悲鳴聞けるの楽しみだなぁ~」


「決まりね。

 後、一応言っておくけど友人として貴方にばかり頼りたくないって気持ちもあるのよ。

 でも、私一人じゃ多分解決できないから……」


「分かってるよ。

 好きなだけ頼って。

 俺も何かあったら頼るから」


 君の責任感と真面目さは、どう見たって本物だ。


「えぇ、なんでも言っていいわよ。

 本当に、なんでも」


 妖艶な雰囲気を作り、彼女はそう言う。

 これが人間性を極めた人の本気ってヤツか。


 という訳で、俺と彼女は生徒会室に潜入する運びとなった。





『それで、なんでこんな事になってるのかな?』


『今は喋らないで欲しいのだけれど、っ……息が当たってくすぐったいから』


 現在、何故だかか俺と輝夜ちゃんは1つのロッカーに押し込まれている。

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