第11話 陰陽師の解呪


 目が覚めると、そこには誰も居なかった。

 全て夢だったかのように、輝夜ちゃんは消えていた。


 まさか、初めてのラブホが1人になって終わるとは。


 夜の見回りに外に出て、戻ったのが早朝4時くらい。

 その時は、まだ輝夜ちゃんは眠っていた。


 って事は、そこから俺が寝た後に彼女は起きて帰ったって事になるのかな?


 酷くない?


 昨日が土曜。

 だから今日は日曜。

 休みだ。


 病院行ってみるかな。

 基本的に、放課後の暇な時間に瑠美に勉強を教えていた。


 けど、休みの日は来るなって言われてる訳じゃないし。


 そもそも、瑠美の頭で高校レベルの勉強ができる様になろうと思ったら、放課後の暇な時間だけじゃ全く足りない。


 そう思って病院に行ってみたんだけど。


「あぁ、土御門様でしたら退院されましたよ」


 病院のエントランスで、そう言われてしまった。


 となれば、俺は家に帰って暇な時間を過ごす事になる。


 暇な時間。

 俺が世界で一番嫌いな言葉だ。


 家に帰る。


「兄さん、珍しいね日曜日に家に居るなんて」


 リビングで春渡がそう声をかけてくれた。


「そうだね。今日は暇なんだ」


「……そっか、俺部屋に居るから何かあったらいつでも言って」


「ありがとう」


 二階にある自室に入る。


「お帰りなさいませ、マスター。

 珍しいですね」


「ミル、少しの間、目と耳を塞いでいて」


「……畏まりました」


 パソコンに取り付けられたマイクとカメラの接続が切れる。


 それを確認した俺は、ベットにうつ伏せに倒れ込んだ。


「遮音結界、遮光結界、物理結界、魔力結界」


 四種の結界魔法。

 それは、盾でも檻でも無く情報の隠密の為の魔法。


「黒霧」


 部屋に黒い霧が充満した。

 霧は外界からの全ての光を遮断する。


 暇は嫌だ。

 暇になると思い出すから。


 人の顔が、頭にチラつく。

 始まった。


「頼む、殺さないでくれ!」「金でもなんでも上げるから!」「娘が居るんだ!」「妻が待っているんだ!」「家族が殺されるんだ!」「金がどうしても必要なんだ!」「なんで俺なんだよ。俺以外にも沢山いるだろ!」「最低だ」「もう辞めてくれ」「殺さないでくれ」「助けてくれ」「許してくれ」「もう悪い事はしないから」「もう誰にも迷惑はかけないから」「改心するから」「この人殺し」「この死神」「この殺人鬼」


 「お前に、人の心は無いのか?」



 ……………………

 ………………

 …………

 ……



 仕方ないだろう。


 殺さなきゃ、お前たちは誰かを不幸にするんだ。


 俺を不幸にするんだ。

 俺の周りを不幸にするんだ。

 だから、殺すしかないじゃないか。


 血の匂いにはもう慣れた。

 手が真っ赤に見えるのにももう慣れた。

 誰かの苦しむ表情にも、もう慣れた。


 負ける事にももう慣れた。


 ご め ん な さ い


 俺には、貴方達の呪いを受け入れる義務がある。


 英雄でも勇者でもない俺には、貴方達の声は酷く反響する。


 俺の背負っている物は、英傑に比べれば軽い物だ。

 それに対して、英雄に憧れただけの俺が奪ってきた命は酷く重い。


「全く見苦しい物だ。

 凡人のゴミが、分不相応な相手に憧れを抱き、そして届かず墜落する。

 無様な物だな天羽修。

 いいや、ヒーレン・フォン・アルテレス」


 昨日殺した闇精霊が、目の前に現れる。

 目をつむっているのに、音を遮断しているのに。

 味も匂いも何も要らないのに。


「うるさいなぁ!」


 誰もいない部屋で、誰に向かってでも無く、ただ自分にそう叫ぶ。


「歴代最高の暗殺者。

 歴代最強の暗殺者。

 あぁ、確かにお前は英雄に迫るほどに人を殺した。

 その目的が、英雄に至る等という取るに足らない物でなければ、お前は英雄に成れたかもしれぬのに。

 愚かな物だな……凡人よ」


「黙れよ。黙れ、黙れ黙ってろ!」


 いつも同じだ。

 俺は負ける。

 たかが人を殺した程度の事で。


 一瞬だ。

 耐えるだけだ。

 寝て、目覚めたら全部終わってる。

 学校に行けば、忙しい日々を送れば、声は入ってこない。

 大丈夫。俺は大丈夫だ。


 呪いだ。

 絶大で、膨大で、強力な人の呪い。

 気が付いた時には、もう俺自身でもどうしようもない程の強大な呪いになっていた。


 それが、俺の中を渦巻いている。


 俺にできるのは、コレが外に出て行かない様に抑える事。

 そして、俺の知る全ての術理を用いてコレに耐え続ける事だけ。


 バサリ。


 扉の前から、そんな音がした気がした。


 次の瞬間、勢いよく扉が開かれる。


「修!」


 瑠美?


 俺が撒いた闇の霧がドアの外に逃げていく。

 暗闇が徐々になくなり、カーテンの隙間から陽が部屋に入ってくる。


「ごめん兄さん、この人が無理矢理……」


 部屋の外に、不安気な顔の春渡が居た。

 マイナスの極みに居た精神を無理矢理引き戻し、思考を回す。


 部屋の外に散らばる教科書とノート。

 焦った顔の瑠美。

 不安な顔の春渡。


 勉強を教わりに来たのか。

 住所は、多分使い魔でも使ったな。

 そして、外から俺の呪いに気が付いた。


 結界と言っても、一般人からの認識を消す程度の低位の物だ。

 瑠美が気が付いても不思議はない。


 で、乗り込んで来た訳だ。


「本当に、友達っていうのは……」


 お節介でしょうがない。


「修、私は陰陽師なの」


 彼女は言う。

 絶対に言ってはならない事を、さも当然のように。


「あんたは呪われてるわ。

 だから、私にあんたの呪いを解くのを手伝わせなさい」


 そう言って、瑠美は俺の頭を抱きしめた。


「あのさ、これってもしかして窒息死させてはい解呪とか……そう言う事?」


「なに勝手に人の胸に顔埋めてんのよ!」


 そう言って、瑠美は俺の顔を殴った。


 まじなんなのこの女。


「春渡、騒いで悪いね。

 大丈夫だから、部屋に戻っていいよ」


「そ、そう?

 まぁ兄さんがそう言うなら」


 春渡は大人しく俺の言う事を聞いてくれた。

 俺の部屋の扉を閉め、そのまま自分の部屋へ戻っていく。


「それで、呪いとか何言ってるの?」


 俺は当然とぼける。


 結界を一瞬で消し、術式の残骸を抹消する。

 並列して呪いの蓋を復活させていく。

 体内より更に奥、心に術式を付与して行く。


 呪いを俺の魂に封印して行く。

 幾重にも鍵を施し、限りなく難解に強固な檻を作っていく。


 他人の魂の中で展開される術式など、どんな魔術師にも観測できはしない。


「呪いの気配が薄くなっていく……?」


「瑠美って厨二病だったんだね。

 あぁ、気にしなくて大丈夫だよ。

 俺は絶対誰にも言わないから」


「違うわよ。

 って、やっぱり消えてる訳じゃないのね。

 意思の力で抑え込んでるの?」


 俺の胸辺りを見ながら、驚いた様に瑠美はそう言う。


 教室に居る時は、気が付く素振りも無かったクセに、尻尾を掴ませたのは失敗だったな。


 でも、瑠美が家に凸って来るとか分かる訳無いだろ。


 いや、ミルを俺が停止してたんだった。

 瑠美の監視は、基本的にミルに一任している。

 それを俺自身が停止させたタイミング。


 なんて言うか、不運が重なった結果としか言いようがない。


 面倒な事になったな……


「来なさい」


 瑠美が俺の手を引き寄せる。

 抵抗はせず、俺はされるがまま身体を彼女に寄せる。


「私は才能が無いから、あんたの呪いを完全に消滅させる事はできないの。

 でも、あんたを楽にさせる事くらいならできるわ」


 瑠美の体内の魔力が動き始める。

 その動きは稚拙で速度も遅い。


 それでも、ゆっくりとした流れで俺の身体に流れて来る。


 なんて言うか、本当に人の話を聞かない女の子だな。

 そして、抵抗を許さない子だ。


 ここで俺が拒否すれば、無尽蔵のスタミナで騒がれるのがオチだ。


 彼女は自分の意志のまま行動しているだけなんだから。


 直情的で、後先の事など考えていない。


 だから簡単に、自分が陰陽師だと吐露する。

 だから簡単に、自分の力を他人に見せる。


 そんな瑠美が俺は嫌いじゃない。


「これって、今何されてるのか聞いてもいいかな?」


「私の霊気をあんたに流して、呪いを浄化してるの。

 ちょっと集中させて」


 この程度の事、俺なら寝ながらでもできる。

 それに集中が必要らしい。


 でも、魔術師だと気取られない様、俺は一切の魔力操作を控えている。


 だから防壁も何もなく、稚拙な瑠美の魔力でも容易く俺の中へ入って来れる。


 純粋な魔力による浄化か。


 術式は、魔力を現象として成立させる為の物だ。

 だが、瑠美程の魔力の密度なら術式を介さずとも現実に影響を与えられる。


 俺には絶対に真似できない。

 どれだけの力技だよ。


「なんで?」


 瑠美が悲しそうな顔でそう言った。


「何が?」


「なんで、誰にも言わなかったの?

 そうとう苦しかったでしょ?」


 言える訳ないじゃないか。

 自分は大量殺人鬼なんです、なんて。


 殺した人間。

 そして殺した人間を想っていた人間。

 これは、彼らの憎しみの塊なんだ。


 だから俺は、誰にも救われるべきじゃない。


 俺が戦ったのは国の為でもない。

 種の繁栄のためでもない。

 ただ、自分の為に人を殺した。


 そんな事を言える訳がない。

 そんな事を言って、友達や家族がそのまま居てくれる訳がないのだから。


「勉強を教わるお礼。

 何が良いか聞こうと思ってたんだけど、決まったわ」


 勝手に決めないで。

 いったん相手に迷惑じゃ無いか聞こうよそういうの。


「あんたの呪い、私が必ず解決するわ」


 魔力には色がある。

 十人十色、その人物の在り方によって魔力の色は異なる。

 瑠美の魔力は、白。

 何にも染められる事の無い、純白だった。


「遠慮……」


「断ったら殴るわ。

 友達なんだから、良いわよね?」


 良い訳ないよね。

 俺に自分の弱点を晒し続けろなんて。

 なんでこうも人の話を聞かないのか。


 仮に今、瑠美が流す魔力で攻撃して来たら俺には防御の術は何も無い。


 ナイフを突きつけられているのと同じだ。

 それを恒常的にやれって?

 あり得ない。



 でも、殴られるのは嫌だな。



「分かったよ。勝手にして」


「生意気だわ」


 どうしろっちゅうねん。


「まあいいわ」


 それから、暫く無言の時間が続いた。

 純白の魔力が、俺の魂にまで到達する。


 俺の結界は、呪いが外に出て行かない様にするものだ。

 外から侵入する分には、結界は無くても問題はない。


 まぁ、普段は精神系の魔法対策に常時結界を展開してるけど。

 今は、魔法使いって事がバレると困るのでしていない。


「俺が、なんで呪われてるのか気にならないの?」


「関係ないわよ。

 友達が苦しんでるから、私にできることをするだけ。

 それより、やっと私が陰陽師って信じたのね」


「何となく、楽になった気がする」


 確かに、彼女の魔力は俺の中の呪いの外面を削っている。

 しかし、それは一時的な物で呪いは直ぐに再生して元のサイズに戻るだろう。


 けれど、確かに楽は楽だ。


 呪いを抑える為の力を弱められるし、瑠美の魔力は癒しの力が高い。

 回復系の魔力は貴重だけど、自覚してはなさそうだな。


「でも瑠美が陰陽師だとして、そんな事俺に言っていいの?」


「絶対ダメね。だから誰にも言っちゃだめよ」


 そんな事を俺にも言うなと思う。


「でも、修は友達だし……」


 チョロすぎないかこの人。

 随分信頼されたものだね。

 多少勉強を手伝っただけなのに。


「瑠美ってぼっちだよね」


「うるさいわね」


 そう言って、彼女は俺の頭を軽く叩く。


「……もうぼっちじゃないわよ」


 そう言って、彼女は俺の頭を撫でた。


「自分で叩いて撫でないでよ」


「私がこうやってくっ付いて上げてるんだから感謝しなさいよ」


「確かに、瑠美って顔可愛いもんね」


「……そ、そんな事……ないけど」


 なんでちょっと満更でも無さそうなんですかね。

 こんなに可愛いのに、褒められ慣れて無さすぎでしょ。


「はぁ、偶にならうちでも勉強見て上げるよ」


「え?」


「丁度暇だったんだよね。

 でも、暇は嫌いだから」


「ていうか、見ないと許さないわよ」


「はいはい。

 お礼もしてくれるらしいし」


「変態」


 ちょっとー因果応報さん?

 仕事サボりすぎじゃないですか?

 あ、瑠美は無理?

 了解です。


 なんて下らない事を考えていると、瑠美がモジモジし始めた。

 少しだけ顔を背け、小さく呟いた。


「……ありがと」


 お礼、言えるようになったんだ。


「ていうかあんた、なんか香水の匂いしない?」


「き、気のせいだよ……」


 俺がそう言った瞬間、家のチャイムが鳴った。


「誰かしらね?」


 なんだろう、凄く嫌な予感がする。

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