第五三話 ある日の酒場と店主
激しい戦闘から丸一日、とある酒場… もとい、蒼魔人族の町娘シアが働いていた店舗の厨房から、子気味良く跳ねる油の音に
「マスター、"若鳥の小麦粉揚げ” できました♪ 次はお野菜の衣揚げ作りますね。岩塩を掛けると美味しいので削っておいてください」
「…… どうしてこうなった」
死んだ魚のような目で店主が
幸いなことに戦い慣れているのか、双方の衝突で千名近い規模の死傷者が出ているにも拘わらず、表面上は理知的な態度で膝を突き合わせている。
「まー、
つい先ほど運ばれてきた湯気を立てる原茸のスープに加え、頻りに食べたいと訴えていた揚げ物料理をマスターが持ってきた事で、
その対面で苦笑いしているのはコルヴィス将軍亡き後、第二王子の
「
「まぁ、良いじゃないですか、連隊長殿」
手にしたグラスを傾けながら、琥珀色の液体を
「アルバ、酔っ払うのは重要な話が済んでからにしろ」
「…… 今更だよね、それ」
卓上に頬杖を突いていた狐娘のペトラが突っ込み、眼前の大皿より若鳥の小麦揚げを一つ摘まんで噛み締め、“むぅ、また上手くなってる” と複雑そうな表情で独り言を漏らす。
近頃、シアの手料理で
「ん、凄く美味しい♪ 私は初めてだから、以前との違いなんて知らないけどさ」
「ジグル殿も暖かい内にどうだ。万一に備えて解毒薬は用意しているんだろう?」
「あぁ、全く手を付けないのも失礼だな、喰え」
「って、こっちに振らないでくださいよ!?」
唐突に降られたアルバは少々茶化したものの、鶏肉にフォークを突き刺して口内へ放り込み、しっかりと岩塩の利いた旨味を堪能する。
さらに無言のままもう一つを口元へ運び、豪快に
「いや、本当に美味いね。中華料理、侮り難し」
「私も頂こう、それと酒は待てと言ったぞ」
「お言葉ですが、連隊長。きっとこれは酒精に合いますよ?」
「くッ、貴様を連れてきたのは人選ミスだったか……」
物怖じしない相方のお陰なのか、当初の硬さが抜けたジグルも少し料理に手を付けたのを見計らい、さりげない会話で先制のジャブを喰らわせる。
「先日の退却は見事だが、率直に言えば貴軍の勝ち目は薄い。貴重な軍鳩は吸血飛兵が、伝令は人狼猟兵が壁外で漏らさず狩っている。早期の増援も望めないぞ」
「はっ、劣勢なのは百も承知だ。我らは王国軍全体の兵糧を死守するため中央広場から動けん。周囲には背の高い建物も多く、
「しかも、火矢や火属性魔法を使われたら、後生大事に抱えた物資ごと燃えて心中するだけです。実質、既に大勢は決しているんですよ」
彼らの発言は
「物分かりが良いのは歓迎するけど、随分と簡単に受け入れるのね」
「確かに意外かも……」
「そもそも、御嬢さん方の誘いに乗ったのは先が読めてしまったからだよ。責を問われる殿下は最後まで渋っていたがな」
何処か吹っ切れたような相手に嘘偽りは感じないが、そう単純な事柄でもない。
仮に積み上げられた軍需物資を焼き払い、国内に居座るベルクス王国軍を撤退に追い込んだところで、引き上げの際にはいく先々で大規模な略奪を起こすだろう。
(生きる為に手段を選ばないのは人が持つ真理だしな……)
軽率な判断で末代まで続く遺恨を残さないよう、酒や料理を
「全く、貴殿らが聡明で助かる」
「我々もだよ、クラウド卿」
妥協点を探り合う中で、幾つかの相互利益に基づく
そんな彼らが去って暫く、周辺警戒のため
「お疲れ様です、もう終わりですよね?」
「姉さん、そんな場所で立ち止まられても……」
「邪魔だぞ」
「うわ、ちょっと!?」
背後に立つ人化状態の黒狼ウォルギスが背中を押すと、不意を突かれた彼女は踏み止まれずにつんのめり、わたわたと酒場に踏み込んでくる。
軽く詫びて続いた人狼族の戦士長は店内を
「御嬢、俺達も
「ん、シア、料理追加して」
「よし、お許しが出たぞ、お前ら」
「「ウォオオォン!! (いよっしゃあ!!)」」
酒場の外から歓声が響き、今夜の哨戒任務に就いていた人狼らも獣姿のまま中に入って、空いているテーブルに次々と着座する。
よく見れば旨そうな匂いに惹かれたようで、大隊所属の
「そっちの連中は
「え~、良いじゃない、けちー」
若干、酔いの廻ったアリエルに抱き付かれて、不服そうな三白眼になる狐娘の姿など一瞥してから、近くのテーブルに陣取った
「姫様に貰った隊の資金… まだ、余裕ありますけど……」
「構わんよ、皆の会計は任せた」
根の真面目なレミリの性格だと、領軍の経費で夕食を採るのは気掛かりなようだが、
ベルクス王国との戦争も一段落かと皮算用しつつ、喧騒を避けてカウンター席の
「折角のただ酒ですから、飲んじゃいましょう!」
「…… うちの隊が負担するんだけどな、妹が睨んでるぞ」
露骨な温度差に微苦笑して杯を受け取り、やたらと甘えてくるほろ酔い魔女の姉妹や、料理に
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