夜明けに微睡む ヴァンパイア

第四九話 全ては陽動、その先にある一手

「「「グルォオオォオ――ッ！！」」」

「ッ、これ以上は下がるな、迎撃だ！」

　後方から響いた指揮官の命令に従い、中型盾を構えた首都駐留軍の前衛が人外の膂力（りょりょく）に抗（あらが）うため、自ら次々と体当りを敢行していく。

　これも部族国との戦で生み出された戦法の一つであり、力任せな獣人系種族の突撃に応じて前進迎撃を行うというものだが、多数の負傷者を出して統制が乱れている現状では猛攻を止められない。

「うぐ、駄目だ……」

「押し返せない！」

　勢いある獣人らの剣戟で盾を弾かれ、胴体などの部位が露わになった歩兵達は続く横殴りの斬撃を躱しきれず、安価な革鎧ごと身体を引き裂かれた。

　幾人（いくにん）かは攻撃を凌ぎ、盾裏に仕込んでいた刺突短剣（スティレット）を握り締めて、獰猛な対峙者の胸に叩き込んだものの、倒れた輩（ともがら）を退（の）けながら新手の獣人が襲い掛かってくる。

　さらには牢獄外壁の歩廊からも継続的な弩矢が飛んできており、防御に手を取られている前衛付きの魔法兵達や、応射に勤しむ後衛の弓兵達も直接的な支援ができないため、既に均衡を保（たも）つのは困難な状態だ。

「もう長くは持ちませんよ、アルバ隊長！」

「ご決断をッ！！」

「確かに頃合いだな、俺達だけが割を喰うのは納得できん。それなりに人的被害が出ている手前、撤収しても責められないだろう。よしッ、此処（ここ）は放棄するぞ！！」

　多少の打算を含んだ指揮の下、最前線に立つ歩兵中隊が街路へと引っ込み、前方を多重の魔術障壁で塞ぐ。

　牢獄を起点とした表通りの筋道には複数の小隊が詰めているので、正門前の広場が解放されても封鎖は維持されたままだ。

　ベルクスの首都駐留軍は抵抗勢力の矢弾や兵糧が尽き、自滅してくれるのを待つだけで良いため、守勢に徹しても問題ないのだが……

　防衛塔の天端（てんば）から戦場を俯瞰（ふかん）するペトラは、猶（なお）も余裕の態度を崩さない。

　愛らしい狐耳が拾（ひろ）うのは戦闘音のみに非（あら）ず、西門の友軍より別れた小隊規模の人狼猟兵や、魔人族の風使いが “道なき道を往く” 足音も聞き取っていた。

「畜生ッ、上からくるぞ！」

「盾を翳（かざ）せッ！！」

　聴覚に優れた数名が叫ぶも、その時点で付近の屋根には弓を構えた人狼らが立っており、退避先の街路で密となっていた各兵科の者達に数十本の矢を放つ。

　僅かに遅れて圧縮風弾など広域系の魔法も撃ち込まれ、相手方の中隊が恐慌を起こせば、正門前の獣人らも包囲を破るために吶喊していく。

　その状況を見過ごせず、筋道にいた首都駐留軍の全小隊は突入しようと動くが、黒狼ウォルギスの指示で二手に分散して建物を渡った麾下（きか）や、魔人兵らの射撃により足止めを余儀なくされた。

「ふふっ、奇襲の効果は抜群だね」

「我々も共鳴魔法を打ち込みましょうか？」

「ダメ、色々と巻き込む」

「あとで住民達の印象が悪くなりますからね」

　衒（てら）いなく首を縦に振り、魔法障壁の維持に務める魔人を一瞥したペトラは再び傾注して、ぴんと立てた狐耳を王城の方角に向ける。

　一連の騒動で手薄となっているそこには魔女リアナと遊撃部隊の姿があった。

「さて、愛しいクラウド様の為に頑張りますかぁ」

「姉さん、心の声が漏れてる……」

「ワゥ、グルォ ヴァオルァアオォウゥ (まぁ、俺達は最善を尽くすだけだがな)」

　苦笑交じりに呟いたガルフが主君より下賜（かし）されたハンマー型の破城槌を肩に担ぎ、手勢のコボルト達と共に城門へと吶喊（とっかん）する。

　牢獄の封じ込めに戦力を割いていた王城の守備隊は然（さ）したる抵抗などできず、猛犬達に門の一つを落とされるも……

　反対側の大通りに展開する一個大隊を城郭（じょうかく）内に引き込むことで、可及的速やかに対応して見せた。

「うぐぅ、私達だけで落とせたら褒めて貰えるかと思ったのにぃ～」

「所詮、こっちも陽動だから」

　独りで臍（ほぞ）を嚙む身内に妹のレミリは呆れつつも、矢避けに展開している半透明な魔術障壁の向こう側、近くて遠い王城を見遣（みや）る。

　丁度その頃、謁見の間に飛び込んできた伝令兵の報告を聞き、ベルクス王国の第二王子レブラントは動揺を隠すためか、片手で顔を覆いながら溜息など吐いていた。

　彼とて本国で王位継承権を持つ一人として軍事教練は受けており、戦況が自軍にとって不利か有利かくらいは当然に理解できる。

「牢獄の封鎖は持ちそうにない、王城の西門まで押さえられた。こちらが先に進退窮（きわ）まりそうだな、コルヴィス将軍」

「未だ兵数は多くとも、種族的な差異を鑑（かんが）みれば我らが劣勢で御座いましょう」

　飄々（ひょうひょう）と言ってのけた遠征軍の総司令とは対照的に、側近の文官達が狼狽（うろた）え掛けたのを制して、流石に無策ではあるまいと第二王子が話の先を促す。

「此処（ここ）や中央広場に溜め込んだ物資を奪われる訳にはいきません。従って私は徹底抗戦しますが、万一に備えてレブラント様は退避を願います」

「致し方ない、水先案内人は？」

「北門にゼノヴィアの憲兵隊を待機させています、急いだ方が宜しいかと…………」

　唐突に顔付きを変えた将軍が軽硬化錬金製の長剣を抜き、この場にいる護衛兵達も緊張を高めた直後、不協和音を響かせて一斉に割れた窓より、外套姿の吸血鬼らが落下してきた。