第四三話 既に賽は投げられている

「現状を教えて欲しい、此処ここにいる大半は捕縛される前の部下達だ。彼らの生末いくすえに関して、少なくない義務が私にある」


「らしいよ、クラウド」

「…… やはり、俺に丸投げするのか」


 溜息しながら赤毛の騎士令嬢アリエルと肩を並べ、誰だという感じのいぶかしげな視線を投げてくる六枚羽の淑女と向かい合う。


「正門前の跳ね橋は上げたが、ベルクスの首都駐留軍が外堀を挟んで陣取っている。牢獄の防備を整えるためにも、今は時間が惜しい」


 仮にも軍勢を率いる将校だったなら、言わなくても分かるだろうと言外の意味を籠め、必要最小限の戦況だけ添えればしかりと頷きを返してきた。


「もはや賽は投げられている、か……」

「まぁ、いまさら他人の振りしたところで、何らかの処罰は受けるでしょうね」


 ゆえに一蓮托生だとうそぶく騎士令嬢の指摘通り、抵抗勢力による武装蜂起が失敗した場合、格段に虜囚への締めつけは厳しくなるはずだ。


 愁眉を曇らせた熾天族の淑女、ディアには後で仔細を話すとだけ約束して、付き添いと一緒に四階の監長室まで移動してもらう。


 なお、翼持ちの種族を想定した囚人服は背中側が大きく開放されており、白い肌が艶めかしく見えるものの、羽毛がむしり取られた状態だと痛々しい印象をぬぐえない。


「ん~、強者を生かすなら、潰しておくのは常識だけど……」

「相応の嫌悪感はあるな」


 辟易へきえきとした様子のともがらに同意してから、内部の制圧が済んだペトラや人狼猟兵ヴォルフ・イェーガー達も加えて、北西領軍及び南西領軍と縁のある戦争捕虜を陣営に組み込んでいく。


 他にも協力者をつのり、先ずは抵抗勢力と首都駐留軍の双方が出した戦死者の処理を済ませて、回収したクロスボウなどを防衛塔に配置する魔人らに持たせた。


 取り急ぎ各所の兵員を増やした後、牢獄内に蓄えられている食糧などの物資を押さえ、持ち込んだ分と合わせれば二 ~ 三日の立て籠もりが可能なのも確認しておく。


 一通りのやるべき事柄を済ませていたら、いつの間にか夜が明け始めてしまい…… 訪れた獄長室で、仏頂面の淑女と対面する羽目になった。


「すっかり忘れられていると思った。初見の顔だが、指揮権はアリエル殿やペトラ嬢ではなく、貴卿にあるのか?」


 介添えの囚人女性と来客用の椅子へ腰掛け、襤褸ぼろい服装など似合わない淑女が小首を傾げる。


 それに応じて少々傷んだ伸びっぱなしの銀髪が微動するのを見遣みやりつつ、首を縦に振って肯定した。


「色々と画策している手前、その認識で間違いない」


「では説明を願おう。状況次第では中央領軍の捕虜達に協力を呼び掛けても良い。どれほどの影響力が残っているのか、不明だけどね」


 自嘲気味に乾いた笑いをディアが浮かべるも、麾下きかと思しい数百名が中庭での遣り取りに反応した様子を見る限り、ぞんざいな扱いをするのは得策と言えない。


 下手に反感を買って、こちらとの乖離かいりを煽られても困るため、首都近隣の戦況を踏まえながら、牢獄襲撃に至るまでの情勢を手短に教える。


「つまり、黒曜公の南東領を除けば戦力は拮抗していると?」

「あぁ、北西領を奪還して、後方の補給路を断っているからな」


「その上で敵軍の本営になっている首都を狙い、三領軍が迫っているわけか……」


 ぼそりと呟いて逡巡するディアに自身が離反者であることは伏せたまま、そこまでベルクス王国側も優位な立場ではなかった事実を指摘すると、目を細めた彼女の眼光は少しだけ険しくなった。


 促すような眼差しを受け、手薄になった首都の占領体制を内側から突き崩して、不埒ふらちやからを追い出すための算段も掻い摘んで伝える。


「ある程度の理にかなっているとして、首都内部の戦力比は?」


「解放した中央領の兵卒含も含んだ千名程度に対して、相手方は二千名ほどだな。それだけ聞くと、分の悪い気もするが……」


 伏兵が俺達だけとは限らないために東西南北の首都防壁や、物資の集積地と化している中央広場から部隊を動かすのは愚かしく、だからと言って軍組織の機能を維持する本営の人員もけない。


 防衛塔から見える範囲だと牢獄の正門前に陣取る一個中隊を挟む形で、表通りの左右に二個小隊ずつ、後詰めと東側の大通りに一個大隊ずつ、総勢で千六百名ほどに相手方の実戦力はとどまっていた。


「…… 確かに守る場所が多いと遊兵は避けられないし、亜人の強壮さをかんがみれば勝算もある。ただ、出口を抑えられて持久戦になると先に兵糧が尽きるぞ?」


「勿論、計算に織り込んでいるさ、暫くは付き合ってもらうぞ」


 失敗時に虜囚の扱いが酷くなるという危惧は理解できても、既に引き返せない地点まで来ているため、中央領軍の残党には積極的な協力を期待したい。


 その旨を改めて示すことで、六枚羽の淑女から積極的には協力しないが、蜂起に麾下が加わることも止めないと確約を得た。


「立場上、意見を挟ませてもらったが、横柄なベルクスの連中を快く思っていない者は多い、大半が貴卿らに協力するはずだ。私もこんな有様でなければな」


「うちの姫君は治癒系統の魔法も研究している。すぐには無理でも、また刃を振るう機会はあるだろう」


 若干、無責任な慰撫いぶの言葉など掛け、監長室は好きに使ってくれとだけ言い残して席を立ち、守備兵向けの宿泊設備に足を運ぶ。


 働きづめで疲労が溜まっていたこともあり、何かとじゃれつく同室の騎士令嬢を適当に受け流しつつ、汚れを落としてからベッドで浅い眠りに就いた。

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