第二五話 鹵獲軍馬の活用法と魔人族

 吸血公エルザ・クライベルの生地で軍備を整えること数日、予備役と志願兵で取り急ぎ編成した二個大隊を専守防衛に割り当て、時間的な余裕のない俺達は領内を一路南下する。


 相手方のベルクス王国軍は最前線に戦力を集中させているので、兵站の集積を担う北西領の中核都市ヴェルデにいたのは撃破済みの駐留軍だけであり、もはや行軍が妨げられることはない。


 足並み揃えて目指す先は中央領との境界線に近しい小都市ゼーフェルト、つい先日に知らされた俺の統括地域内だという話を思い出して、少々憂鬱な気分になった。


「何でいきなり、微妙な顔してんのよ?」


 くつわを並べた軍馬に跨り、麾下きかの飛兵隊を放置してしゃべりに来ていた赤毛の騎士令嬢、アリエルが胡乱うろんな瞳で見つめてくる。


「戦争が落ち着いたら、書類仕事が待っているのかと思ってな」

「私達は姫様の三騎士だからさ、政務も執り行わないとね」


「正直に言えば、傭兵上がりの若造には荷が重い」

「ん~、クラウドは頭が切れるし、為政者の資質はあると思うけど?」


 可愛らしく小首を傾げ、無責任な言葉など投げてくるが、対象地域で起きる領民同士の争いや諸々の問題に沙汰さたを出したり、徴税にも関わったりするため一筋縄ではいかない。


 いずれにしても、戦場で刃金はがねを振るうだけの粗忽者そこつものには難しく思える。


「…… 外敵を追い払った後で考えても、別に遅くはないか」


「ふふっ、その時は手取り足取り、しっぽりと教えてあげる」

「まぁ、必要ならエルザに聞くさ」


 舌なめずりして馬を迫らせてきた蠱惑的な騎士令嬢から離れると、今度は反対側で傾聴していたと思しき、リアナの乗馬に向けて馬身を寄せる形となった。


 過日に行われた部隊再編のおり、大隊付きの副長まで昇進した年頃の魔女はこちらをうかがうと、柔らかな表情で語り掛けてくる。


「クラウド様、お話は聞きました。妹のレミリですけど、吸血公に仕える官吏かんりを目指していたので、僭越せんえつながら行政面でも御役に立てると思います」


「うぅ、あんまり、期待しないでください」


 やや辿々たどたどしい口調ではあるものの、少し後方にいた当人が慌てて抗議の声を上げ、身内びいき以外の何物でもない推薦に釘を刺した。


 双子の姉と同じく、綺麗さと愛らしさを併せ持った外見にも拘わらず、かなりの日陰者だが…… こと細かい性格が物資調達や資金管理などに向いているため、新設された麾下の大隊では主計長を任せている。


 また、魔人族は種族的に念話を扱えることから、大隊の過半数を占めるコボルト達と円滑な意思疎通が可能であり、時折みせる防御に重きを置いた指揮も悪くない。


「何気に良い人材よね。でも、なんでレミリは領兵になったの?」

「…… 実はクラント村の出身ですので」


 ぼそりとつむがれた言葉に対して、いつもは自由気侭きままな騎士令嬢が失敗したような表情を浮かべてしまう。


 くだんの村はベルクスの開拓民が度重なる水源争いの果てに武器を取り、ディガルの住民を虐殺した因縁の場所で、その惨事が戦端を開いたのは言うまでもない。


「否定はしないが、復讐なんて不毛だぞ」

「私は… 多分、大丈夫です」


「とは言え、心の底に消せない火種は残ります」

「別に良いんじゃない? 前に進む原動力になればね」


 独特な感性に基づく騎士令嬢の意見はさておき、誰かに言われて割り切れるモノでも無いため、遺恨がありそうなリアナの一言は心の片隅に留めておく。


 僅かに思案してから視線を正面にえて、慣れない様子で手綱を握っている魔人族の騎兵達を見遣みやった。


 彼らが騎乗するのは降って湧いた…… もとい、ベルクス王国の駐留軍から鹵獲ろかくした軍馬であり、どれも良く訓練されているので比較的に扱いやすい。


 練度が低いと野営中に馬群から抜け出して、野生化することは多々あれども、金髪紅瞳の姫君が大隊に廻してくれた軍馬はにあらず。


 干し草を与えて少数の見張りなど配しておけば、行儀よく陣地に留まっていた。


(地下牢に残してきた連中に感謝だな)


 お陰で魔人族を馬上の人に仕立て上げ、魔弾による射撃能力と機動力を兼ね備えた兵科、魔杖まじょう騎兵の新設ができる。


 すぐの実戦投入は無謀でも、行軍中に基本的な馬術を身に付けさせれば、やがて一廉ひとかどの戦力になるだろうと皮算用していたら、小さな悲鳴が隣から響いた。


「ッ、すみません、馬が少し横っびしまして……」


 唐突な乗馬の動きで崩した体勢を整えつつ、リアナが恥ずかし気につくろう。


「あははッ、愛しの吸血騎士ナイトブラッドに見惚れて寄り過ぎたからじゃない?」


「そ、そんな訳無いです、アリエル様ったら、もう!!」

「姉さん、怪しい……」


 やや赤面して否定するも、乗馬が急に跳ねる理由は何かしらの接触を避けるためであり、乗り手の不注意であることに変わりは無い。


「大隊の指揮を預けられる者は少ない、落馬で負傷しないように気を付けてくれ」

「うぅ、了解です、クラウド様」


 かしこまった返事に頷き、まだまだ各自で馬術の研鑽に務める必要性を再認識する。


 それもあって辿り着いた国境沿いの都市では駈歩かけあし襲歩しゅうほなどの訓練も行い、元より馬術の心得がある者達を中心にした一個小隊くらいは格好が付く状態にして、次の戦地である首都イグニッツ近郊に向けて中央領へと踏み込んだ。

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