第十六話 老執事と老騎士

 露払いの屍鬼が負傷もいとわず、取り巻きの従騎士達に襲い掛かり、切り結んだ状態から強引に押し込んで道を開けば、その間隙かんげきに “鋼鉄” の吸血騎士レイノルドが鍛え上げた肉体をねじ込んだ。


を狙うなら、先ずは馬からあぁッ!」

「ッ、うぉおおぉ!?」


 武骨なガントレットに覆われた右拳が凄まじい勢いで騎馬へ叩き込まれ、防護用の前面装甲をへしゃげさせて、心臓にまで重い衝撃を伝える。


 踏み留まれずによろけてたおれる愛馬より、白髪の老騎士クレイドが飛び降りて、続けざまの強打を大剣の腹で受け止めた。


 金属同士の奏でる不協和音が響き、火花が散って消える僅かな時間、二人の偉丈夫いじょうふは互いにわらい合う。


「…… やるではないか、御老体」

「はッ、どれだけ生きているか不明な貴様らに言われたくないわ」


 売り言葉に買い言葉を返せども… ふところに入り込まれた手前、老騎士の大振りな得物では目まぐるしい拳打に対処しきれず、十数発目に放たれたボディーブローが鎧諸共もろとも、深く脇腹をえぐった。


「うぐぅッ!!」


 呻いて後退しながらも大剣の切っ先を向け、追撃してくる老執事を牽制した瞬間、大剣の腹に右拳のフックが炸裂する。


 人外の膂力りょりょくと簡単に切り捨てられない、長きに渡る努力と研鑽けんさんが籠めたられた剛拳はたやすく剣身を弾き、間髪入れずに顔面へ左拳のストレートが飛んできた。


 打突の刹那に腕を捻転コークスクリューさせ、意識ごと刈り取るつもりの老執事に対して、老騎士は咄嗟とっさに左掌を得物から離すと、自由になった腕を振り抜く。


 そこに装着されていた腕盾で渾身の一打をいなし、攻撃の隙に乗じて剣柄を右掌に把持したまま、相手のお株を奪うように殴り掛かった。


「ぬぅッ!」


 単体ではもろい人間とあなどっていたゆえか、躱し切れないと判断した老執事は身体硬化の戦技を発動させ、打ち込まれた拳へ自ら頭突きを入れる。


 剣鍔けんつばが直撃して額を裂かれるも、衝突の反動で後ろに身体を倒しながら、見事な半月蹴りムーンサルトキックを繰り出した。


「はがッ!?」


 曲芸染みた動きに翻弄され、顎下あごしたを蹴り抜かれた白髪の老騎士が後退り、口端から赤い血を滴らせる。


 随伴ずいはんしていた従騎士達が副軍団長の窮状きゅうじょうを救おうとするも、屍鬼に阻まれて助太刀できない状況で、咆えた老執事が強烈な右掌底を放つ。


「五臓六腑を砕け、撃震げきしんッ!!」

「ッ、ぐッ……ぅ……」


 身体を貫いた鎧越しの衝撃に耐えられず、吐血して両膝を突いた武人に向け、短い賛辞の言葉を添えて振り下ろされた必殺の拳は……


 割り込んできたともがらの旋風を纏った蹴撃しゅうげきで、虚空へ跳ね上げられた。




「…… 、何のつもりだ」

「レイノルド卿、可能なら身分の高そうな者は捕縛する手筈だろう?」


 人質交換や交渉材料に用いるため、事前にエルザと話し合って決定した際、一度は納得していた御仁が表情をしかめる。


 その様子を一瞥いちべつしてから、途切れ途切れに呻き声を漏らしていた白髪の老騎士を見遣みやると、怒気を滲ませた抗議の視線が俺に返ってきた。


「ッ、い、生き恥を…… さらさせる、気かッ!」

「私とて礼節を欠くつもりは無い、まかとおる!どけ、若造!!」


「…… 主命より重いのか、それは?」

「ぐうぅッ、彼方あちらを立てれば此方こちらが立たぬか」


 苛立たし気に “鋼鉄” の吸血騎士が吐き捨てた言葉を聞きつつも、注意がれている内に腰元へ吊り下げた鞘から短刀を抜き、自害しようとする老騎士の右手を堅い軍靴で蹴り飛ばす。


 なおも膝は下ろさず、引き戻した右脚へ筋力強化の魔力を籠めて振り抜き、延髄へ叩き込んで意識を奪った。


「ん~、容赦が無いですね、クラウド様。でも、こいつらに生きる価値なんて……」


 小さく呟いた副長の魔女リアナが手を伸ばして、まだ息のある敵方の従騎士を狙い、魔弾を撃ち出そうとする。


 まとにされた相手は剛拳で両腕を砕かれており、もはや脅威足りえないことから、そっと細い腕を掴んで止めさせた。


「無為な殺生は避けた方が良い」


「…… “余計な価値観を排したら、命に差なんてない” でしたっけ? そう言って人間だった頃の貴方は、冷酷に焼き払われた同族の村で、生き残りを助けたと聞きます」


 収束させていた魔力を消し去り、濁りの薄らいだ瞳を向けてくるが… それは亡き聖女アリシアの言動であって、俺など帯同していただけに過ぎない。


 それでも、この場をこじれさせないため、敢えて指摘せずに頷きながら腕を離せば、リアナは半歩下がって傍に控えた。


 一息吐いてから戦況をうかがうと、司令塔を失ったベルクス駐留軍の兵卒らが動揺して、ざわめきを伝播させていく様子が見て取れる。


 もう一押しすれば戦意を失い、蜘蛛の子を散らすかのように敗走するだろう。それは麾下きかの態勢を整えていた老執事も察しており、こちらの機先を制して攻勢に出た。


「勝負に水を差された留飲、下げさせて貰うぞッ」


「単なる八つ当たりでは?」

「多分、な……」


 若干、引き気味の屍鬼兵や獣人槍兵らが腰砕けになった敵勢を押し込み、徐々に陣形を切り崩す。


 そこに遊撃隊の俺達も加わり、少々暴れた頃合いで殿しんがりの駐留軍部隊は幾つかの小集団となり、左右に分散して後方の森へ逃げていった。


「素直に都市へ戻らないのは何故でしょう?」

「追って来ないと、たかくくっているんだろう」


 仮に追撃した場合、駐留軍本隊が撤退した先から引き離され、余計な時間を喰ってしまう。


 故に追撃などあり得ないと、そう見込んでいるのを経験が浅い副長に伝えていたら、救護班を引き連れた吸血姫が歩み寄ってきた。


「むぅ、とっても仲が良さげね……」

「はわゎ、そんなこと無いですよ」


「本当なの、クラウド?」

「あぁ、戦術まがいの話を少々していただけさ」


 いぶかしむようなジト目を中核都市ヴェルデへ誘導して、次にすべき行動を促す。


「確かに私情で時間を浪費して、アリエル達を危険にするのは馬鹿らしいわ」


 自嘲じちょう混じりの溜息を零してから、エルザは残置する一部の治癒術師らに負傷兵の対応を命じた後、北西領軍の進路を都市北門へ取らせた。



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人物紹介 No.11

氏名:クレイド・ガルフィス

種族:人間

兵種:前衛騎士ヴァンガード

技能:身体強化(中)

   大剣術・弓術・馬術

   初級魔法(土)

   軍団指揮

   戦況把握

称号:副旅団長

   辺境伯嫡男の御守り役

武器:大剣(主)

武装:板金鎧 腕盾

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