第十二話 惚けているのでない、白を切っているのだ

「むぅ、べた褒めされていますね、クラウド」

「黒曜公はエルフ族で容姿端麗だから、良かったじゃない」


「…… あくまでも、戦術の提案に対する謝礼と賛辞だろう」


 別に名指しの称賛を受けてないため、ねる吸血姫のジト目と騎士令嬢の揶揄やゆをいなして、閲覧し終えた上質な羊皮紙を返す。


 何気に結構な厚みがあるので、表面を薄く削って再利用する事も可能だ。


(まぁ、公の書類には向かないけどな)


 僅かでも加工の痕跡が残れば、改竄かいざんを疑われ兼ねないと頭の片隅で考えていたら、小難しい表情をしたエルザが独り言のように呟く。


「いつまでも高価な羊皮紙に頼らず、安価で丈夫な記録媒体を普及させないと、知識の普及もままならない」


「以前、話されていた手漉てすきの紙で御座いますな」

「えぇ、耐性は羊皮紙におとるけど、教国が実用化して権益を独占しているわ」


 いわく、老執事が言及した紙なる物は汚損しなければ千年ほど持つらしいが、異界カダスのヨルダン川西岸で発見された古代の羊皮紙、死海文書は二千年以上も前の物だとか。


「それらを踏まえて後世に残すべく、大賢者ヴィルズは『異界カダスの書』を写本含めて、量的制約を受ける羊皮紙に記したのだけど……」


「あはは、燃やされたら意味ないですよね」


 身も蓋もない言葉でアリエルが纏め、やや脱線していた話を強引に断ち切ると老執事のレイノルド共々ともども、こちらに鋭い視線を向けてきた。


「それよりも、南東領の戦端が開いたってことはさ」

「我らも動くという認識で構わないな、若造?」


 近場で昼食を取っていた側近の吸血鬼らが傾聴けいちょうする中、一度だけ彼らの姫君と頷き合ってから、ともがらたる二人の騎士候に同意を示す。


勿論もちろん、事前の予定通りだが… 取り敢えずは食事を済ませよう」


「ふむ、腹が減っては戦などできんからな」

「あっ、そう言えば私の焼き魚! 完璧に盗られたんだけど!!」


 恨めしそうに使い魔のからすが飛び去った森の奥を睨んだ後、御付きの屍鬼に代わりの燻製肉など所望した騎士令嬢を眺め、すっかりと皆の輪へ溶け込んでいる自身に微かな疑問を抱いてしまう。


(傭兵家業の延長で、魔族が単なる亜人のたぐいだと知っていたせいか?)


 聖堂教会の教えでは結束を深める意図もあり、人間より優れた特定の種族を悪鬼羅刹と喧伝しているものの、実際は理性があって意思疎通も可能な相手だ。


 一説によると、大昔の人々はドワーフ族や白磁の森人エルフ族などに限定されず、様々な亜人とも交流を持っていたようで、その際に言語等のわせが成されたらしい。


「何処でこじれたのやら……」


 もし、多々ある種族の枠を越え、“歴史の早い段階” で亜人達がまとまり始めていたとすれば、個々の能力ではおよばないゆえに大きな脅威となる。


 案外、先に仕掛けたのは人間かもしれないと思いながら、本格的な冬の前に獲れる赤身の遡河魚そかぎょの塩焼きをかじり、それに合わせて千切ったライ麦パンの欠片も口へ放り込んだ。


「久し振りの柔らかいパンだから旨いな」

「ふふっ、潜伏中は火が使えませんから」


 微苦笑した吸血姫が頷き、辺境の街で商隊といつわって調達したパンを食む。その様子にそばで控えていた筋肉質な老執事が唸り、何やらほぞを噛み出した。


「ぬうッ、必要な事とは言え、主に我慢を強いるとは余りに不覚!」

「はいはい、さっさと私達のねぐらを取り返さないとね」


 いつもの如く浮薄ふはくな態度で応えたアリエルはさておき、何も手を付けていない御仁が気掛かりで問えば… “主君の食事が終わってからに決まっておろう” と素っ気ない言葉を返されてしまう。


 こちらにまで強制するつもりは無いようだが、相変わらず堅苦しい御仁ごじんだと呆れつつも昼食を済ませ、本隊と別行動を取る二個中隊の支度したくに暫くの時間をやした。


「えっと… まだ掛かりそうね。こっちは先に出るけど、構わない?」


「あぁ、くれぐれも慎重にな」

「ん、了解、程々に頑張る。全ては純潔たる我らが姫のために~♪ ってね」


 ひらひらと手を振り、吸血鬼だけで組織された特異な一個小隊を率いて、赤毛の騎士令嬢が立ち去る。


 彼女の身辺を固める者達は領内にいて、絶対数が少ない支配階級の貴種であるため、従来は部隊長や副長の地位に就いていたのだが……


「その伝統が多種族で構成される領軍にとって、最良とは限らないのね」


「寧ろ、害悪の側面が強いだろう、官職を寡勢かぜいの吸血鬼族が独占するとか」

「うぅ、私も薄々は気付いていたのよ?」


 されども前領主である亡き父親や長兄に遠慮して、具申できなかったようだ。


 先日の提案時にもレイノルドを筆頭に根強い反対があったので、部隊長は吸血鬼らが継続して務め、各隊内で比率が高い種族の代表者を副長にえる形となった。


 そうして任を解かれた者達がつどい、木々の合間へ消えていった新設のに組み込まれている。


「遺恨が残らないと良いけど……」

「最終的にエルザ様の決めた事なら、我らにいなやなどありません」


 全て杞憂きゆうだと、自身が猛反対していた事実をかろやかに捻じ曲げ、堂々としらを切った老執事の勇姿など横目にしながらも、麾下きか輜重しちょう兵らが準備した食料等の確認作業を進めていく。


「特に問題は無さそうだな、すぐに俺達も出よう」


「ん… どうか気を付けてね。戦争とはいえ、知己ちきがいなくなると悲しいわ」

「あぁ、その心遣こころづかいに感謝する」


 誰かに心配されるのはくすぐったいものだが、有難ありがたくもあるとの認識を深めて、魔人族と犬人コボルト族で混成された二個中隊に出立の号令を掛けた。

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