第35話 幼馴染は孤立して窮地

 とうとうカレンが、Vtuber事務所まで乗り込んできた。

 しかも、カレンはたちばなさんとチームだとか言い出して、お気に入り登録者数での勝負を主張した。

 俺と菜乃はチーム扱いになり、カレンチームのたちばなさんと菜乃で、登録者数の勝負をしろと言いだしたのだ。


 今度は菜乃とたちばなさんが、スマホで自分の登録サイトを表示させて準備する。


「せーの!!」


 互いにスマホ画面を相手に向ける!


 俺とカレンがキョロキョロとふたりのスマホ画面を確認した。


 菜乃の登録者はなんと、16万人を突破していた!

 俺が見たときよりも2万人も多い!

 短期間で大幅にファンを増やしている。

 彼女が迷惑系として話題になった成果だ。


 一方、たちばなさんはというと……。

 な、なんと、お気に入り登録者20万人!!

 3週間前より5万人も増えてるじゃないかっ!

 こ、これは一体、どういうことだ??


 たちばなさんがケラケラと笑い出す。


「はい、ざこー。あたしが本気になれば姫川に負けるわけないじゃん!」

「あかりちゃん、さっすがー!!」


 ふたりのテンションは爆上がりで、ぱちんとハイタッチするほど。

 対照的に一歩及ばなかった菜乃が、こちらを見て申し訳なさそうにする。


「健太、ごめんなさい」

「いいんだ。俺の方こそ、勝負に巻き込んでごめん」


 ……それにしてもおかしい。

 たった3週間で何があれば、5万人も登録者が増えるんだ??


「短期で登録者を増やすくらいワケないって! 男ってホントにバカ。SNSの複垢で事務所に隠れてエロ告知してさ、配信の中間にエロトークのエグイのぶっこめば楽勝よ!」


 それって、前もってこの勝負の準備をしてたのか⁉


 カレンがさも自分の実力のようにふんぞり返る。


「さあ、私の健太を返せ!」


 菜乃が悲しそうに俺を見る。

 彼女だって今、ファンが増えてる真っ最中なんだ。

 もう少し時間があれば、きっと登録者は20万人を超える。

 そしていずれ、登録者100万人の人気Vになる。

 ただそれは、残念ながら今じゃない。

 絶対、菜乃はその可能性は持ってるんだ!


 く、くそ、対抗の方法が思い浮かばない。

 せめて、瑠理の力が借りられれば!

 いつもは俺と事務所へ行きたがるのに、今日に限って用事ができたとかでいないんだ。

 このままじゃカレンたちに従うしかない……。


 カレンと橘さんが、あごを上げてワザと目線を下に向けると、口元をニヤニヤさせて俺たちを見てくる。

 もう負けを認めるしかない、そう思ったが……。


 コンコンコン。


 いきなり、扉がノックされた。

 俺が天の助けと思って急いで扉を開けると、そこには、先日一緒にゲリラライブをした女性がいた。

 この事務所のナンバーワンVtuber、歌劇アンナを演じる宝塚杏珠たからづかあんじゅさんである。


「あれ? この部屋は私が予約したんですけど。あ、中村さん。この前はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。実は橘さんに、この部屋で登録者数の勝負をしようと持ちかけられて……」


「登録者数の勝負? それはどういうことですか?」


 宝塚さんは扉を開けたまま、狭い部屋を見渡す。


 部屋の片側には橘さんとカレン、こちら側には表情の暗い俺と菜乃が互いに向き合っている。

 宝塚さんは俺たちの困った顔を見て状況を察したのか、俺に目線を合わせて小さくうなづいた。


「なるほど、そうですか。面白そうですね?」


 興味を示した宝塚さんの様子に、橘さんが慌てる。


「あ、いや、何でもないんです。もう終わったんで! す、すぐ部屋を出まーす!」

「いえ、まだ大丈夫ですよ。それより登録者数の勝負って、どんな風にしてたんですか?」


「も、もう決着したんですって。さ、みんな! 部屋を出ようね!」

「そう邪険にしなくてもいいでしょう? 私も仲間に入れてくださいな」


 なおも興味を示す宝塚さんに、橘さんが話を終らそうと必死になるが……。

 直後、そんな彼女の努力が全て無にされた。

 カレンがとんでもないことを口走ったのだ。


「ねぇ、あかりちゃんー? このおばはん、誰ー? ねえ、ちょっとあんたさぁ、事務のOLでしょー? つぼねがシャシャってくんなよーウザいなー」


 カレン以外のVtuber全員が凍りつく。


 カレンの発言は、慣れた俺の想定すら超えてきた。

 話を終わらせようとした橘さんが顔をそむける。

 菜乃はあまりのことに目を見開いて固まった。

 当の宝塚さんは、最初自分のことだとピンときてなかったようで目をぱちくりさせたが、すぐに口の端だけがピクピクと動きだす。


「お、おばはん……ですって……?」


 宝塚さんへ挑戦的な笑みを浮かべるカレン以外、まるで時が止まったようだった。


 俺は直感した。

 この緊縛状況で動けるのは、俺だけだと。

 カレンの無茶苦茶が日常茶飯事で、すっかり慣らされた俺だけが対応できるのだと。


「宝塚さん、俺のチームを助けて欲しいです」

「……中村さんのチームをですか?」


 少々強引だが、たたみかけるように訴える。


「そうです。仲のいい人同士でチームを組んで、登録者数を比べる勝負をしていたんです。宝塚さんは俺のチームですよね?」

「仲のいい人同士でチーム? なるほど。そういうことならそうですね!」


 あっさり同意した宝塚さんの反応に、橘さんが大慌てとなる。


「た、宝塚さんが誰かに肩入れするなんて! コラボはしてもつるんだりとかはしないって、自分で今まで言ってたでしょ!?」

「そうでしたっけ? 私は中村さんに、先日ゲスト参加してもらった借りがあるんです。まあそれがなくても、私の方が中村さんの仲間に入れて欲しいんですけどね」


 宝塚さんが俺を見てにっこり微笑んだ。

 その微笑みは大人だけあって普通に見えるが、カレンへの怒りの感情を押し殺しているのが見え隠れして、俺の背すじは震えた。


 にもかかわらず、カレンはのんきに橘さんへ笑いかける。


「平気平気、栗原がいないんだから。要注意は栗原だけなんでしょー?」

「い、いや、ちょっとこれはヤバイって……」


「あかりちゃんに適う奴はどうせいないでしょー。なんせお気に入り登録者20万人だもんね! そんなおばはんなんて、ざこざこー!」

「……」


 さっきまで菜乃を負かしてノリノリアゲアゲだった橘さんは、とうとう泣きそうな顔で黙ってしまった。

 その代わりに宝塚さんがカレンを見る。


「まあ、おばさんなのは事実だからいいです。でも、知らない人にざこ呼ばわりされるのは、少し悲しいですね。努力してますし」

「努力とかはざこの言葉だから! さあ、あかりちゃんも一緒に! ハイ、ざーこざーこ!」


 カレンが橘さんに話をふったので、宝塚さんが橘さんをじっと見る。


「橘さん、今度のコラボ楽しみですね。それで? 私の勝負相手はあなたですか?」

「あ、いや、まさかっ! わ、私が宝塚さんの相手とかないですホント! わ、私も中村さんチームでお願いします!! それと、今度のコラボ受けてくださってありがとうございますっ! 私、足を引っ張らないように頑張りますんで!」


 必死に受け答えする橘さんにカレンが横から煽る。


「はあー? あかりちゃんー、何ひよってんの? あんた登録者20万人なんでしょー? どうして下に出てんのー?」

「いや、宝塚さんの登録者数150万人だから!!」


「え? 150人? 少なッ!」

「違うの! 万人! 150万人ッ!! 彼女はウチのナンバー1なのッ!!」


 カレンは橘さんと宝塚さんの顔を交互に見た後、徐々に怒りの形相へと変わる。


「ええ!? ちょっと! ざこはあんたじゃないの! ふざけないでよー! 私に恥かかせやがって!」

「だって、宝塚さんにコラボしてもらえるなんてなかなかないのよ? 逆らうとか絶対ありえないし! たった諭吉5枚じゃ、全然割に合わないよ!」


「たく、あかりってばマジ使えねー! ゴミじゃん」


 橘さんが宝塚さんに従ったため、全員が俺の側についた。

 俺を真ん中にして、菜乃、橘さん、そして宝塚さんが立つ。

 そのまま全員でカレンを見つめた。


「み、みんなで、何なの!? だいたい登録者数の勝負とか意味ないことで調子のんなッ! こんな勝負意味ねーし! クソッ!」


 開き直ったカレンが大声で叫んだ。

 みんなが睨む中、カレンの叫び声を聞いた社員たちが数人駆け付ける。


「ふざけんなチクショー!! 私は認めねーし!」


 叫んだカレンは目を見開いて口を歪める。

 そのまま彼女は、迷惑行為をやめて帰るという俺との約束を完全に無視した。

 我々Vtuberだけでなく、社員たちにも悪態をつきながら居座り続けたのだ。


 このままでは、社員たちに警察を呼ばれてしまう。

 幼少から彼女と育った俺からすれば、いくらカレンの態度が酷くても警察沙汰だけは避けたい。

 俺が彼女と幼馴染みであると社員たちに分かるように、カレンへ名前で呼びかけて帰宅するようになだめる。


 しばらくして、体格の良い警備服の男性たちが数人、ドタドタと事務所へ入ってきた。

 警察官ではない。

 このビルに常駐している、警備会社の警備員だ。


「不法侵入者はこの女性ですか?」


 駆け付けた警備員のひとりが年配社員へ聞いた。

 俺はその年配社員に頭を下げる。


「どうか通報だけは勘弁してもらえませんか。栗原専務には、俺からちゃんと説明するので」


 俺の頼みにうなずいた年配社員が警備員と話す。

 警備員たちは俺たちとカレンの間を区切るように肩を組んで並ぶと、人の壁でカレンを隔離した。


「あ、何よ、おっさんども! よ、寄るな!」


 警備員たちは、その人垣を徐々に無人受付フロアへ通じる出口に寄せていった。

 彼らは決して手を出さず、わめくカレンを人垣で出口の方へ誘導していく。


「え!? あ、ちょっと!? クソ、ふざけんなー!」


 とうとうカレンは、警備員の壁で寄り切られて、そのまま執務室から外へ追い出されてしまった。


「ちっきしょぉぉおおおおーーーー!!!!」


 受付ドアの向こうからカレンの金切り声が聞こえたが、それも徐々に遠ざかっていった。


 社員たちも戻って静かになってから、宝塚さんが橘さんへ声をかける。


「橘さん、ウチの事務所はエログロ禁止なの知ってますよね。さっき、社員さんたちで話題になってましたよ? しかも、あんな訳の分からない人を事務所へ連れ込んで!」

「え、あ、その……」


「その上、みんなの素性までバラシて! もし何かあったら、億単位で賠償を請求されるでしょうね。まずは専務に事情を説明していらっしゃい」

「え、お、億!? ウソ!? だって私、ちょっと小遣い稼ぎのつもりで……。そ、そんな……あたし……そんな……」


 それを聞いた橘さんは、顔面蒼白になってひざからくずれ落ちた。

 大騒動になるとは考えが及ばなかったのか。


 俺もカレンのことを説明しなくちゃならない。


「じゃあ、俺と橘さんで栗原専務に説明してくるよ」


 専務の名を聞いた橘さんが、今頃になって事態の重大さに気づいたのか、床に座ったまま震え出した。

 俺は彼女がパニックにならないよう、静かに声をかけてから優しく立たせる。


 ひざが震えてフラフラしているようなので、彼女を支えながらいつもの応接室へ連れて行った。

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