第19話 俺は菜乃に味見された

 昨日は酷い目にあった。

 カレンから「前田と付き合っていないので、俺と一緒に登下校をしてやってもいい」と言われたのだ。

 そのあまりの横暴な物言いに愛想が尽きた俺は、激高するカレンをほったらかして店を出た。


 カレンに振り回されるのは慣れてるけど、店で罵られて注目を浴びるのはさすがに嫌な気分だ。


 あの後もカレンから、誹謗中傷のメッセージが届いたが、刺激しないように無難に返事した。

 また先週のようにメッセージに返信しなかったと言われて、駅前で謝罪要求されちゃ敵わない。


 今日はこれから菜乃とお茶だ。

 とは言っても学校最寄りのファミレスは使えない。

 同じ学校の誰かに見られるかもしれないし、カレンに見つかったらややこしいことになる。


 ということで、菜乃の家の近くの駅まで行った。

 お気に入りの喫茶店だと紹介されてそこに入る。


 年季を感じる店のカウンターでは、歳をとったマスターが新聞を読んでいた。


「素敵な雰囲気の店だね」

「ええ。ここ好きなの。休みの日に本を読みに来たりするわ」


 へえー、読書かぁ。

 もともと菜乃は綺麗で大人っぽい雰囲気もあったけど、喫茶店で本を読むなんて素敵だな。

 もうすでに俺の中の菜乃は最高なのに、さらに加点されていく。

 高さで例えるなら、もう天井に届いてる頃合いだ。


「あのさ、あれからカレンが突っかかってきてるんだ。何をするか分からない感じで……」

「やっぱり」


「え? 想定内なの?」

「私なら健太を諦めたくないもの」


 菜乃が俺を好いてくれるのはこの上なく幸せだけど、それでどうしてカレンの行動を予想できるのだろう。


「先週の朝みたいに迷惑かけたらごめん」

「いーえ、大丈夫よ。私ね、彼女の気持ちが分からないでもないの。だから受け止めたいと思って」


 受け止める?

 カレンのわがままを?

 女性にしか分からない気持ちがあるのかな。


 彼女は自分の苺パフェと俺のコーヒーをマスターに注文してから「それよりも」と付け加える。


「金曜日は瑠理ちゃんと栗原専務が健太の家に行くんでしょ?」

「ああ。瑠理はパソコンの設定をしに来てくれる。専務はマネージャーとして配信環境の確認だ」


 すると菜乃が少し横を向いて上目遣いになる。


「……いいなぁ」

「え?」


「いいなぁって言ったの!」

「え? パソコンを設定してもらうことがか?」


「健太のばか!」

「え、ええ~??」


 どうも俺の受け答えがマズかったのか、菜乃が機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった。


 やばいッ!

 こういう場合どうしたらいいんだ……。

 俺には幼馴染みのカレンがいるので、女性との会話経験はかなりある。

 だけどカレンと一緒にいても、彼女が主張する具体的な我がままに対応してただけだ。

 なので、女性のこういう反応が何を意味しているのか理解できず、どうしたらいいのか全然分からない。


 何て言うのが正解なのか分からずに黙っていると、マスターが俺のコーヒーと菜乃の苺パフェを運んできてくれた。

 菜乃がそっぽを向いたままでつぶやく。


「健太ってズルいよね。こうやって嫉妬ばっかりさせて……」

「嫉妬?」


「言わせようとしたのに私の負けだもの」

「?」


 するとそっぽを向いていた菜乃が、姿勢をただして俺に向き直った。

 恥ずかしそうに困った顔をしている。

 頬が赤い。


「パフェの苺あげるから、金曜日は私も一緒に健太の家へお邪魔させて。お願いっ」


 菜乃がスプーンに苺をのせると、恥ずかしそうに俺に向かって差し出したのだ。


 ア、アーンだ……。

 アーンだよ、菜乃のアーンッ!!


「はい。アーン♡」


 彼女は甘くささやくと、うながすように艶やかな唇を開けてみせる。


 俺は黙って口を開け、彼女が差し出すスプーンを口に入れてもらった。

 食べさせてもらった苺は、とても甘くて少しだけ酸っぱかった。


「ふふ。これで約束成立だからね」


 菜乃は俺の様子を見て嬉しそうに笑うと、栗色の髪を耳にかけながら俺の口に入れたスプーンでパフェをすくう。


 ま、まさか……。

 俺の口に入れたスプーンで……。


 彼女は上目遣いで俺をじっと見つめると、挑発するようにこちらを見たまま、可愛く口を開けてパフェの乗ったスプーンをくわえた。

 スプーンを器に戻した菜乃は、唇についたクリームを舌でペロリとなめて微笑む。


 彼女はただパフェを食べただけ。

 なのに俺は、まるで自分のことを味見された気がして変な気持ちになった。


 そのまま制服姿でパフェをつつく菜乃と甘い会話をし、苦いコーヒーを飲んで夢のような時を過ごす。


 菜乃と喫茶店で別れてからも、俺の胸のドキドキは治まらなかった。

 目を閉じると、俺の口に入れたスプーンで菜乃がパフェを食べるシーンがよみがえる。


 菜乃との恋愛を進展させたい。

 今でも十分すぎるほど幸せだけど。

 けど、もう少し親密になりたい。

 次は俺の方からアプローチしてみよう。

 できればその先へ……。


 帰りの電車でスケベなことばかり考えて帰宅した。



 家に着いた俺は、リビングで母さんを見かけて金曜のことを説明する。

 パソコンが届く金曜は栗原姉妹だけでなく、菜乃も俺の家に来ることになったからだ。


 男友達じゃなく、3人とも女性。

 あらかじめ母さんに話しておかないと、ややこしいことになる。


 だけど、全然話が通じない。

 Vtuberと言っても、よく分からないみたいだ。


「とにかく女友達と事務所の人が、俺の部屋のパソコンを設定したり、仕事の話をするため金曜日に来るから」

「女の子の友達のほかに、大人の人も来るってことね。じゃあ、お菓子でも買っておくから」


 あとはデビュー配信まで俺がやることはないよな。


 ファンネームだっけ?

 リスナーの呼び名も事務所が考えてくれるって言ってたし。

 俺は初回の配信でそれをなぞるだけだ。

 説明用のボードでも作るか?

 デビュー告知は事務所でやってくれる手筈。

 SNS活動とかそこら辺は、俺の活動目的がナノンの迷惑配信受け止めだからなしにした。

 少しでも人気を出すためには、積極的にやるべきらしいが、カルロスで人気が出るビジョンが俺にはどうしても見えない。


 だいたい、カルロスのキャラ絵ってどんな風になるんだろう。


「健太にい、ホントにVtuberになるの?」


 親戚の真利が制服姿で2階から階段を降りてくる。

 赤を基調とした女子高の制服姿。

 気に入ってるのか、いつも学校から帰ってしばらく着替えないでいる。


 今の話を聞いてたみたいだ。


「ああ。人助けみたいなもんだけどね」

「何それ? 意味わかんない」


 従妹いとこ新島真利にいじままりは、離島出身の高校1年生。

 難関私立の女子校に合格し、高校卒業までの期間限定で親戚の俺の家に住んでいる。

 黒髪のセミロングで、最近オシャレに目覚めたのか薄く化粧をしている。


「それでカレンさんとは進展したの?」

「いや、むしろ後退したよ」


「後退!? え、それ、ホント!? 詳しく教えて!」


 真利が目を輝かせている。


 まずったな。

 余計なことを言ってしまった。


 彼女は恋愛や男に興味ないと言うくせに、なぜか俺の好みをしつこく聞いたり、カレンとの関係を妙に気にしたりする。

 とにかく立ち入った質問が多いのだ。

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