第8話 堂々とは付き合えない

※健太視点に戻ります。


 配信切り忘れという放送事故は、聖天使ナノンがフラれたという間違った話と、その相手がナカムラケンタというありふれた名前が漏れただけですんだ。

 だがSNS恐るべしというか、同時接続1000の配信なのに、もう友人たちに情報が伝わっていた。


 事務所から出てきた菜乃は、俺が待っている喫茶店まで来ると、難しい顔をして正面に座る。


「あの後すぐ、切り抜きのまとめ動画がアップされてたの」

「もう!? やっぱり騒ぎになったんだ……」


 切り抜きっていっても、もちろん事故部分だけの集約なんだろうな。


「ちょっとしたお祭りになっててね、それで登録者が凄い勢いで増えてる」

「増えてるの⁉ やった。よかったね!」


 放送事故が逆に良かったらしい。

 32000人だったチャンネル登録者が、今すでに倍増近い60000人超えだそうだ。


「聖天使ナノンがフラれたって話題が、いい方向で受け入れられてるからだけど……」


 登録者倍増で喜んだ俺を、菜乃は悲しそうに見る。

 俺にフラれたという、事実ではない話が広まるのはどうも嫌らしい。


「ま、まあ、事実じゃないんだし、気にしなくても」

「じゃあ、健太は大迷惑をかけた私と付き合ってくれるの?」


 相変わらず正面から見られると緊張する。


「菜乃、俺の心はもうほとんど決まってるよ」


 そう言って彼女に微笑みかけると、菜乃がぱあっと笑顔になった。


「じゃあ!」

「だけどその前に、どうして迷惑系Vtuberになると脅したのか、その理由だけは教えてくれる?」


 放送事故のときよりも、彼女の顔が神妙になった。


「私、告白されたことはあるけど、するのは初めてだったの。人を好きになったのも健太が初めて」

「う、うん」


「だけど、健太のそばには幼馴染みの美崎さんがいつもいて、告白に自信がなかったのよ」

「確かにいつもカレンと一緒にいたかな」


「だから、どうしても成功させるには脅したらって思いついて。私、配信者でしょ? それで迷惑系Vtuberとか言ったの」

「いや普通、告白で好きな相手を脅そうと思う?」


 菜乃にそう返しつつも、今までの自分を思い返す。


 俺は幼いころからカレンへ執着していた。

 ずっと、カレンだけを見てた。

 菜乃は俺の行動から、それに気づいたはずだ。


 そんな相手への告白だから、普通に正攻法じゃ無理だと思ったのかもしれない。

 菜乃だって俺を好きという理由で、大量の告白を断ってたくらいだ。

 誰かに夢中な人を振り向かせるのは簡単じゃない。


 実際、カレンに彼氏ができたあのタイミングじゃなきゃ、俺は菜乃の告白をすぐ断ってたと思う。


 だけど、今は違う!


 俺が表情を引き締めると、菜乃はよくない想像をしたのかつらそうにした。


「でも、健太には本当に迷惑をかけてしまって。もうフラれちゃうなって思って……」


 菜乃が消え入りそうな、か弱い声で打ち明けた。


 そんな訳ないじゃないか!

 こんな可愛いくて性格のいい彼女のためなら、放送事故で名前が広まろうが、それを学校で騒がれようが、俺は一向にかまわないッ!


「付き合いたい」

「え?」


「俺の方こそ菜乃と付き合いたい!」

「ほ、本当!? やった! う、嬉しい……」


 彼女がテーブルの上でギュッと俺の手を握った。


 信じられない。

 とんでもない美人が彼女になった。


 ああ、毎朝こんな可愛い人と一緒に学校へ行けるなんて……。


 あまりの幸福感に、ニヤケそうになるのを必死にこらえていると「でもね……」と彼女が続けた。


「事務所がね、恋愛は個人の問題で自由だけど、聖天使ナノンに恋人の影は絶対ダメだって」

「まあ、そりゃそうだよな」


 まれに結婚したとか、子供が生まれたと告白する配信者もいるけど、ファンが減るようなことを事務所は歓迎しないだろう。


「これからも配信を続けるなら、高校生の間は念のために恋人がいないフリをしろっていうの」

「念のためって?」


「もし万が一、聖天使ナノンが高校3年の姫川菜乃ってバレたら大問題だし、再起するには大変な苦労をするの。だけどそのとき、姫川菜乃に恋人がいるのをみんなが知っていたら、もうVtuber継続の可能性は完全に消えるって」

「確かに、俺と付き合ってるのが学校中に知られてる状態で、菜乃がナノンだってバレたらまずいな」


 イコール、聖天使ナノンに恋人がいる訳だからだ。


 でも菜乃の事務所は、身バレしたときの復活を一応考慮してくれるみたいだ。

 ライバー寄りというか、少し甘い気もする。

 何か理由があるのかな?


「健太は私と付き合うって言ってくれた。今は天にも昇るくらい幸せ。だけど、学校や知り合いの前では、恋人がいないフリをしなきゃだめなの。それでもいい?」


 彼女は俺の手を握ったまま、不安そうにのぞき込んでくる。

 そんなの答えは決まってる。


「俺は菜乃を誰かに自慢したいから付き合うんじゃない。菜乃を素敵だと思うから付き合うんだ」

「健太……。ありがとう、嬉しい!」


 放送事故が切っかけで、俺と菜乃は隠れて付き合うことになった。

 秘密の恋愛というやつだ。


「ならば、俺と菜乃は登下校を別々にしないと」

「学校だと話しにくいから、連絡はメッセージねっ」


 ふたりして笑顔で喫茶店を出た。

 途中まで同じ電車に乗り、先に菜乃が降りる。

 電車の俺とホームの菜乃は、互いに手を振った。

 彼女が見えなくなって急に気が抜ける。


 ……き、緊張した。

 やばい、まだ足が震えてる。

 カレンといたときは、こんなことなかったのに。


 それにしても菜乃は、なんで俺が毎朝駅に着く時間を聞いたんだろう?

 恋人バレを防ぐために登下校を別々にしたのに。


 ばったり一緒にならないようにかな?

 それも残念だけど、まあ仕方ないか。


 家に着いて携帯を見ると、カレンから怒りのメッセージが大量にきていた。

 だけど、ケンカ別れみたいになったし、もういいやと軽く考えて返信せずに放置してしまったのだ。



※現在のチャンネル登録者数

聖天使ナノン        登録者63000人

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る