第4話 文字愛 not 言語能力

 文字の覚えが良いと、賢いと思われやすいが、亜美あみは声を大にして言う。

 興味対象が文字なだけで、それは言語能力でさえないかもしれない、と。


 亜美の言語発信は壊滅かいめつ的だった。

 何しろ作文がダメ過ぎて道徳に該当がいとうする教科で中学時代、赤点を取っている。自分の考えを記述式で提出する授業なのだが、亜美は九割近く空白だった。それは赤点になるだろう。

 亜美の場合、国語のテストは得意だった為、作文できないことに誰も気付かなかった。校長に呼び出された千秋ちあきは、見守る、と言われたらしい。


 だが、亜美に必要なのは補習だった。

 言語発信できない原因を探り、段階を踏むことで少しずつ作文を克服した亜美はそう思う。

 

 事態は亜美が趣味を縁に俳優Χ氏と出会うことから動いた。

 千秋は亜美をΧ氏に会わせたいが、亜美は会ってもろくに話せない。そこで千秋は亜美に手紙を書くよう命じた。その為にもΧ氏に関連する本はすぐ買ってくれる。締切日、千秋は手紙の下書きを読み、添削てんさくするまで亜美を見張った。文字アンチにここまでさせるΧ氏、偉大である。


 この耐久レター・ライティングを幾度か経験し、亜美は何とか締切日の25時に清書を間に合わせる方法を探し始めた。

 亜美はまず文飾は捨てる。千秋に常々言われていた。


「あなたの言葉は砂をむよう」


 千秋、実は文学士である。

 彼女は読解が全くできない為、英語と作文、面接で大学を突破した。それも愛読書を問われ、読んだことのない本を語って合格した強者つわものである。

 レトリック自慢の化け物ぶりを知る亜美は早々そこに見切りをつけた。すると中身しかない。亜美には好きなことの知識はあり、言語発信を助けることがあった為、妥当な選択だった。


 そして、Χ氏への手紙では見張りと添削付とはいえ内容が言葉になっていることを亜美は不思議に思う。作文との違いがある筈だ。

 この解明は意外な方向から来る。


「作り方、教えて」


 亜美が思い付きで編んだビーズ細工を見て友人が言った。完成形をイメージすれば作れた亜美はそれに驚く。同時に、作り方を発見する人と発見しない人がいることを認識した。

 ならば亜美は作文でそれを発見できない側だ。


 そこで手紙の定型に亜美は着目する。

 最初に季節に触れ、挨拶あいさつし、X氏の演技や言葉を抽出ちゅうしゅつ。それを調べ、体験と結び、掘り下げた亜美の原文を千秋が盛ると便箋数枚になる。

 恐らく最初の手紙の時、千秋に教えられ、大体の形は亜美も把握した。だから、手紙では代入する新しい話題が肝腎となる。それは頑張がんばれば思い付くのだ。

 次からそこを意識すると亜美は決める。


 一方、起承転結や三部構成等、作文の型では亜美は途方とほうれた。

 時々「結」に該当する内容はあっても、求められる文字数が多過ぎる。


「結論以外に何を書くの?」


 亜美には書き始め方から判らない。

 それでも自分の疑問を一部、把握した為、亜美は優等生達の書き出しを覚え始めた。しかし、彼等が如何どうそれを選んでいるか判らない。テーマも個性も異なる作文は余りに多様で法則が見付けられなかった。


「思い付いた言葉を書くだけ」


 と話す友に、天才は参考にならない、と亜美は思う。


 亜美に自然と思い付く言葉などなかった。

 外から言葉を受信する以外、亜美はおおむね言語的に空っぽである。思考や感情に言葉がともなわず、それはタグもキャプションもないインスタグラムに似ていた。

 仮に何とかタグを思い付いても亜美にはそれを発信する勇気もない。自分の言葉が戸惑い、反発、笑いを呼ぶ傾向に亜美は委縮いしゅくしていた。


 しかし、ビーズの手順を箇条かじょう書く時、亜美は苦痛が少ないことに気付く。

 現実世界に人が付けた名は亜美の中にたくわえられ、知識通りに事象じしょうを言葉にえれば良い。その描写は客観的に人にはうつると知った。


 そこで、まず亜美は意識的に「タグ付け」を始める。

 亜美は目の前の何かに結び付く言葉を連想し続けた。事物じぶつに複数のタグが付くと、タグ同士の関連が可視化かしかされ、つなぎ方次第で多様な短文になる。それは更にタグとなり、事物と結び付いた。

 これが積み重なった時、作文のテーマに対し言葉が思い浮かぶようになる。これが天才の言っていたことか、と亜美は理解した。


 また、イメージに付随ふずいする言葉が文章になると一から文を組むろうやわらぐ。

 それが外国語の習得過程と同じことに亜美はまだ気付けなかったが、手紙と提出物を書く困難はこれでかなり軽減した。


 亜美の苦手意識を決定的に緩和かんわしたのは大学のレポートである。

 受験の失敗や手続きミスが重なり、予定外の専攻に進んだ亜美。そこで習った理系論文の書き方が亜美にはこの上なく相性が良かった。ルールが明確で事実のみ記すレポートはPCを使えば、すらすら書ける。

 それに高評価が付くことで亜美は言語発信できない意識から抜け出した。


 亜美は社会で生きる為、日本語で書く練習を決意する。その先に日本語をあやつれる自分がいるかもしれない、と期待した。

 ビジネス文等をクリアし、くだけた言葉をマスターして感情の乗る文章にトライしようと思えた時、亜美は25歳。不特定多数と言葉をわす訓練を兼ね、亜美は個人サイトを作った。

 そして、亜美は今も文を書く。

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