第2話 地獄の始まり

1945年9月のある日

父達が中国八路軍の馬の世話を終えて帰ってきた時の事、

突然ある男性が

村を囲んでいる2mはあるだろう城壁を

よじ登って越えてどさっと落ちたの


私は父達を出迎えてたから

その音にビックリしたの

男は血だらけよ。よく見ると、

顔は爛(ただ)れて、

右手は肉片がざっくり剥がれぶら下がっている。

「匪賊にやられた。中国人の匪賊にやられた。女房、子供が攫(さら)われた・・・、ああ、痛ってえ、ああ」


今までこんな事はなかった。

だから今日は偶々、匪賊に襲われた人がいたのよ、きっと。


そう軽く考えていたら

数日経つと、今度は少年が馬に乗ってやってきたの。片腕が銃でやられている。

「匪賊にやられた。あいつら俺を攫(さら)ったんだ。夜逃げたら、銃に打たれたんだ。」

と言って彼は気を失った


私達はこの時、逃げれば良かったかもしれない。匪賊がこの開拓村に迫ってるかも知れないからね。


でも村人の一人が「なあに、我々は中国の八路軍の世話をしてるんだぜ。

それが証拠に地元の満州人ともうまくやってるじゃねえか」


それに、収穫はもうすぐだし、冬に移動しても寒くて野営ができないから、

春になるまで様子をみようという事になったの。


11月

恐れが現実となりました。

匪賊が馬で現れたの

全部で50人ぐらいだと思う


「俺たちは共産党八路軍だ!」日本語を話せるらしい一人が叫んだ

「お前ら、集まらんか!」空に向かって銃が放たれた


彼らが八路軍?そんな訳ない。匪賊だ。


私達村人は全員集められ、男女に分けられ、

小学校の体育館と校舎に押し込められた

「俺たち、中国人はどんなに日本人に虐待されたか?分かるか?

この槍は、日本兵から奪ったものだ!見ろよ!どれだけの中国人がこの槍で刺されたのか?

そうだ、一人、刺し殺してみるか!!」

「しかし、俺達八路軍はそんな酷いことはしない。この開拓団に残っている武器をすべて渡してくれたら、それでいいのだ」


彼らは1週間滞在したの。その間、発砲され殺されそうになった事件もあったわ

とても危険で恐ろしい毎日だった

救いは彼らが子供に優しく、一緒に遊んでくれた事。子供は殺されないわと安堵したわ。

そして匪賊は立ち去った。私達は誰も殺されなかった。

でも、食料は無くなった。豚も鶏も、そして馬もよ。残ったのは家畜の餌だけ


もう立ち去るしかない。ここに居てはやばい。

しかし、今は11月。黒竜江省の冬の野営は死を意味するの。

冬は何とか食いつないで、年が明け


1946年3月

まだ寒いけど

新月の闇夜を狙って私達村人は全員出発した

住民150名。3班に分かれて、知り合いの地主の家に向かう


馬は奪われたので、徒歩だ

母は身籠っていた。歩くのはつらい。だから我々の班は他の2班より大幅に遅れた

ようやく知り合いの地主の家に到着したのに

「あんたら日本人をこんなたくさん

泊めれないよ。」と断られた。

そこを丁寧に、交渉してやっと

「10名だけだよ、1週間だけだよ」と

地主さんは言ってくれたの


この1週間で40名は出て行き

宿泊できる場所を他に探すしかない。


父は一人で出発し

身重の母と私達姉妹3名を残そうとしたら、

下の妹ひで子が

「やだあ、お父さんについていく!」と父に抱き着いた

無理もない。ひで子はまだ8歳。

大勢の大人と父が去ると、

知らない中国人の家で

身重の母と姉2人と女性だけだ。

この地主家族が非力な私達に危害を加える

恐れも有る。だから不安だったんだろう。


私はすぐ下の妹よう子の横顔を見た。

彼女もまだ14歳。

よう子の未来をここで消してはならない

そう思って

「よう子もお父さんと行っておいで。お姉さんがお母さんといるから。大丈夫だから」

と言った

「けい子姉さん良いの?本当に?」

「私は大丈夫だよ。よう子もお父さんに負担をかけないよう、ひで子の面倒を見るんだよ」

私は長女として頑張りどころだと覚悟したの


こうして私だけが身重の母と残り、

私達親子は離れ離れになった。

その間、この地主はね。

思いの外、とても親切にしてくれたの。

身重の母には「たくさん食べなさいよ」って、地主さんと同じ食事を提供してくれてね。


そして1週間後、父と妹二人が大きな馬車に乗ってやって来たのが見えた

「ああ、助かったわ!」私は、母と手を取り合った。


馬車が到着すると、すぐ下の妹よう子が駆け下りて、真っ先に私のところに来た

「けい子姉さん、有難う。無事でよかったわ」


離れた事でね、私達家族はね一層絆が強くなったと感じたわ

何が何でも全員日本に行くってね


そして馬車の中で妹のよう子がはしゃいで抱き着いて私に言ったの

「けい子姉さん!あのね、

私達50人全員を世話してくれる

親切な村長さんの家が見つかったの!

とっても大きい家なのよ!早くお姉さんに見せてあげたいなあ」


「そうだ、けい子姉さん。今日結婚式があるんだよ!・・・」


・・・

そうなの。これが悲しく残酷な結婚式の経緯(いきさつ)です。


結婚式が終わってね、私達家族にあてがわれた部屋に戻るとね、たくさんの女性がいたの。

母がね、その時、産気づいていて、

皆で協力して拾い上げてくれてね

無事、男の子生まれたの。

名前はひろし。

私の初めての弟ひろしは大きい声で泣いたわ。


でもね。皆も、泣いていたの。


私達の班にね、

数日前に生まれた男の子がもう一人いたの。

でも、この村長さんがね

私達から若い娘を嫁によこさないなら食事は出さないと言ったの

そして抵抗したり、交渉したりしてたんだけど、その間食事は提供してくれなくてね、

その子のお母さんは栄養失調となって、

母乳が出なくてね

私の弟ひろしは無事生まれたんだけど、


その子はね、まもなく、最後に小さい泣き声をあげて死んじゃったの


皆ね、悔しくてね。私もね。「ここは地獄かなあ」なんて、冗談もね・・。涙しかなくてね・・。

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