失恋をするはなし

悠生ゆう

第1話

 この恋は、決して実らない。

 実らせたいとも、思わない。

 密やかに芽吹き、密やかに枯れる。

 それが、私の恋のものがたり。





「それじゃあ、これからよろしくね」

 にこやかに言うと志鶴(しづる)さんは右手を差し出した。高校生となって二年目を迎えているが、これまで挨拶で握手を求めてきたのはALTの先生くらいのものだ。

 私は少し戸惑ったが、相手が志鶴さんなのでその手を握って「よろしくお願いします」と挨拶を返した。志鶴さんは満足そうな笑みを浮かべている。

 私は、二年の前期で図書委員になった。そして、志鶴さんは三年生で図書委員長をしている。

 どうやら志鶴さんは一年のころからずっと図書委員をしているらしい。ウチの高校では委員の仕事をするのは三年の前期までなので、志鶴さんにとっては最後の図書委員となる。

 今日から毎週水曜日の放課後は、志鶴さんと共に図書当番をすることが決まったのだ。

「美咲(みさき)ちゃんが図書委員になってくれて、本当にうれしいよ。一緒にがんばろうね」

 かわいらしくガッツポーズでやる気を示す志鶴さんに、私は苦笑いを浮かべた。

「たまたま図書委員が空いてたので……。でも、図書室の雰囲気は好きだったので、いいかなと思って。何も分からないですけど、がんばります」

 そう言いながら私は、なんだか言い訳じみているなと思っていた。ここは「はい、がんばります」のひと言で良かった気がする。

「図書室の雰囲気って、なんだか落ち着いていいよね」

 志鶴さんは私の言葉に不自然さは感じなかったようで、笑顔のまま賛同の言葉をくれた。

 図書館の雰囲気が好きだというのは嘘ではないが、そこそこ好きという程度だ。理由を聞かれたときのために心の中に準備していた言葉だった。なぜなら、たまたま空いていたからという方は嘘で積極的に奪い取ったからである。

 志鶴さんとこうして二人だけで話すチャンスが欲しかったからだ。

 彼女の強い希望により「七瀬(ななせ)先輩」ではなく「志鶴さん」と親し気に呼んでいるが、二人だけで話したなんて数えるほどしかない。

「じゃあ、一通り当番の仕事を説明するね」

 少し浮かれた様子で説明をはじめた志鶴さんの横顔を見る。私が図書委員になったと伝えたとき、志鶴さんは私の手を握って喜んだ。「一緒にいられるね」とか「本当にうれしい」とか、そんな言葉を満面の笑みで私に送ってくれた。

 そうして喜んでもらえるのはうれしい。それに、志鶴さんの言葉が嘘ではないことも分かっている。ただし、私とは完全にベクトルが違うことも理解していた。

「ところで、水曜日の放課後の図書当番、志鶴さんと一緒になったのって偶然ですか?」

 一通りの説明を聞き終えたとき私は志鶴さんに尋ねた。

 本好きが図書委員になることが多いので、志鶴さんを筆頭に何期か連続で図書委員を務める人が多い。そのため、当番はなるべく経験者と未経験者でペアを組むようにしている。

 私は今期がはじめての図書委員であり、志鶴さんはベテラン図書委員だ。だから、志鶴さんとペアになるのも不自然なことではない。

「職権を乱用してみました」

 志鶴さんは悪びれる様子もなく言うと、舌をペロっと出して笑った。

「やっぱり……」

「だって、美咲ちゃんともっとお話したかったんだもん」

 少し上目遣いで言う志鶴さんに私は小さくため息をついた。ベクトルが違う。そう分かっていても喜びを感じてしまう自分が情けない。

「もしかして、嫌だった?」

 志鶴さんの少し不安を含む声色に私は笑顔を作る。

「いえ、私も志鶴さんと一緒なのはうれしいんですけど、職権を乱用する委員長でいいのかなと思いまして」

「大丈夫だよー。仕事は真面目にするから」

 そう言うと志鶴さんは体を寄せて私の腕に絡みつく。

 志鶴さんのそうした態度にも、言葉にも、笑顔にも勘違いしたりしない。私は、そのために図書委員になったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る