第14話 前夜

最悪だ……。金曜日夜に先生と喧嘩別れしたまま月曜日になってしまった。

……あれは……喧嘩なのか……?

この二日、家で机に向かってテスト勉強している時も、あの電話での会話が何度も頭の中で再生されて集中できなかった。

このままじゃいけないのは分かってる。

でもどうすればいいんだろう……?

まさか、本当に恋人と友達の二択でしか解決できないの……?

私には分からない。

解決方法が思いつかない以上、ヤブに棒を突っ込むようなことは控えたほうが良いだろう。

「おはよ~!」

月曜日。晴星はいつもどおり早くに学校に来て席についていた。

「晴星、おはよう……」

挨拶を返しながら自分の席につく。

「今日玖嘉先生の授業って何限目だっけ……?」

「三限目?だったかな。前もおんなじこと聞いてたよね?」

「うん……、少し確認したかっただけ」

「……友理」

「うん?」

「大丈夫?なんか元気なさそうだけど……」

「……そう?平気平気。昨日よく眠れなかっただけ」

晴星に気づかれるとは思わなかった。

そんなに分かりやすかったかな……。

晴星は優しい子だ。あまり心配掛けないようにしなきゃ。

なんとか意識を他のことにそらして、元気を出す。

授業をよく聞いて、勉強して、ただ一人で悶々しているだけじゃ何も出来ない。

とはいえ月曜日は元々、週で一番憂鬱な日。

その一限目ともなれば、教室全体が心ここにあらず状態だ。

恐らく着席している大半は、意識がどこかにフライングアウェイしている。

今日の空を覆う雲はどんよりと厚く、まだ朝八時だというのに、すでに教室の灯りがつけられていた。

本当に寝ながら授業を受けている気分だ。

授業に意識を向けることでメンタルを維持するのは簡単なことではない。

そうしている内に、悪夢のような一限目がやっと終わりを告げた。

休みの時間の間に、宿題を集めて職員室に持っていかなければならない。

宿題を集めるところまでは良かったが、いざ職員室に入ろうとすると足が動かない。

入り口でしばらく足踏みしてから、覚悟を決めてドアを開いた。

「先生、週末の宿題を持ってきました」

「うん、お疲れ様友理」

顔を上げた先生は、いつもと変わらない笑顔を私に向けた。

まるで何もなかったかのように。

「復習スケジュールを立てたから、放課後少し見に来てくれる?詰め込みすぎていないか見てほしいの」

「分かりました」

「ありがとう」

先生は金曜日のことについてなにも言わなかった。

……私も言いたくなかったけど。

先生が何も言わないならそれに越したことはない。

時計の針が十時を指す頃には、窓の外は雲の影の濃さが増していた。

どれだけの雲が太陽を遮っているのなのか。

玖嘉先生の三限目の授業も始まりを告げた。

一限目でたっぷり睡眠をとったクラスメイトたちの目が、先生が来た途端輝き始める。

気分が沈みがちな雨の日でも、美人な先生の授業は夢中にならざるを得ない。

「十一組はもう次の単元チャプターを始めているみたいだから、駆け足で今の単元を終わらせるわね」

先生のその言葉に反応して、晴星がこそっと私に話しかける。

「十一組の先生って多分進みが早いんだよ。玖嘉先生は説明がすごく詳しいからその分遅くなるのは当然だと思う」

「うん……、でもやっぱり遅れないか心配かな。次の単元チャプターもテスト範囲でしょ?」

確かに先生の授業は、隅々まで説明するからその分授業の進む速さを犠牲にしなければならない。

詳しく説明してくれるのは嬉しいが、一概に良いとは言えない。

「友理、晴星、授業はちゃんと聞きなさいね?」

こそこそ話してたら、先生に名指しで注意されてしまった。

私の覚えている限り……こんなことは初めてだ。

他の先生が、気が散ってしまった生徒を教壇から注意するのはよく見るが、玖嘉先生がしたところを見たことはなかった。

そういうことが出来るような性格でもない……。

元々玖嘉先生の授業をちゃんと聞かない生徒なんてほとんどいないが、たまにいたとしても先生は放置していた。

なのに今日は突然名指して私と晴星を注意してきた……。

どういう風の吹き回しなのか……。

正午が近づいてくると、湿気を含んだ蒸し暑い空気は吹き荒れる強風によって吹き飛ばされ、雷鳴が轟き始めた。

「お昼家に帰れそうにないかな……」

夜と見間違いそうな黒さの空を見上げてため息をつく。

するとポケットに入れていたスマホのバイブが鳴った。

ココ部のグループチャットに新メッセージが届いている。

『いきなりごめん!お昼みんなで食堂で集まれない?時間がない人は無理しなくても大丈夫!』

部活動の時間でもないのに部長から召集がかかるのはこれが初めてだ。

昼休みのチャイムが鳴り食堂に向かうと、先輩三人が入口付近の席に座っているのが見えた。

「あぁ友理、やっぱり帰ってなかったんだね」

「はい……、雨が凄すぎて帰れませんでした」

「フッフッフッ、今日は友理にも寮生の苦労を味わってもらうわよ。食堂の筆舌に尽くしがたい料理をご賞味あれ」

「うぇー?お手柔らかにお願いします……。先輩たちも毎日食堂ご飯なんて大変ですね……」

玖嘉先生は食堂ではご飯を食べないタイプなのから、ここで先生に会うことはないでしょ……。

簡単な雑談を終えると、部長が本題を切り出した。

「別に緊急の用事とかそういう訳じゃないんだけどね、せっかく集まって貰ったからもう言っちゃうね。今週と来週はテスト準備のため部活は中止、中間が終わってから再開します」

へー、部活も止まっちゃうんだ……。

中間テストがどんどん存在感を大きくしていく。

「それとこの間の活動発表の結果なんだけど、部活の活動レベルが高いって評価をもらいました。それで六月十七日から十九日の間にもう一度、全校生徒の前で活動報告をしてほしいって」

「「え、全校生徒の前で!?」」

尚美先輩と千玲先輩の驚きの声がハモる。

前はこういうことなかったのかな。

「うん……、とは言っても、舞台の上で何かするとかそういう訳じゃなくて、屋台みたいな出し物をするってことね?彫像広場で出すんだけど、環境保護部の人もそこでリサイクルする紙を集めるみたいだから、私達はその横で注目を集めるような、楽しめるようなものを出したい。私達は四人しかいないから準備には時間もかかるだろうし、できればテストが終わってすぐに準備を始めたほうがいいと思う」

全校生徒の前で発表と聞かされた時は難しそうだと思ったが、部長の説明を聞くと面白そうだと思い始めた。

でもやっぱりその前に中間テストを乗り越えなければならない。

これからの二週間、学校は授業以外の活動を全て中止するだろう。

復習に復習を重ねる、ひたすら勉強に明け暮れる毎日が始める。

考えただけでもつまらなそうだ。


この二週間……、ちゃんと平穏に過ごせるのかな……。

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