第10話 不安

「玖嘉先生って、実際どんな人なの?」

週一の部活に行こうと準備していた時、突然、机に片肘ついた晴星が私にそんなことを聞いてきた。

玖嘉先生ってどんな人…?

答えにくい質問だ……

というか……、

「いきなりどうしたの。ていうかなんで私に聞くのさ」

「いやぁ、なんか気になって。好奇心?友理、先生と仲いいじゃない」

そう言って、晴星はついていた肘から顔を離して、ズイッと私に近づいた。

「あんた最近宿題届けに行くと中々帰ってこないでしょ?先生とお話してるの?」

事実だから反論できない……。

「それに他の子から聞いたのよ。あんたと先生が職員室で話してる時いつも笑ってて楽しそうだって。この学校で玖嘉先生と一番仲良くて、先生のこと一番よく知ってるの多分友理だと思うよ」

そんなに見られてたのか……。

「だーかーら、先生ってどんな人?先生と話してて何か気付いたことは?」

「えぇ、気付いたこと……?特に無いよ。皆も知ってる通り可愛くて真面目、かな……」

「何か誰も知らないような秘密とか、ないの?」

誰も知らない先生の秘密、ね……。

人懐こくて、甘えん坊とか?

いや、そんなことただの一生徒の私が言ったらおかしいでしょ。

あとは何があるかな……。

先生はすごく大胆に『デート』とか『彼女』とかの言葉を口にするとか?

いやいやいや……!これはもっと言っちゃいけないやつだ。

「……そんなの私が知ってるはずないでしょ。職員室とか教室でしか話さないのに」

「まぁ、それもそうか」

すんなり誤魔化されてくれたようで良かった…

「じゃあ私部活だから、またね」

確かに、先生と付き合ってから、知らなかった先生の一面を色々見ることができた。

結構わがままなところ。連絡なしに家まで来たり、車の上で抱きついてきたりする。

あと独占欲も強い。友達と遊びに行っただけでヤキモチ焼く。

仕事は凄く真面目だけど、教師としてどうかと聞かれると、生徒と付き合ってる時点で、んー……って感じ。

今私が知る先生と、付き合う前に見えてた先生、確かに色んな所が違っていた。

先生は、私が想像していたような完璧人間ではなかった。

「友理、来て来て。話があるの」

ココ部のいつもの場所までまだ少し距離があるという所で、ひょこっと顔を出した部長が声を上げて手招きする。

「は~い!」

本当は今日は早めに来る予定だったのだけど、晴星に変なことを聞かれて、結局またビリになってしまった。

小走りで到着し先輩たちにあいさつし終わると、部長が口を開いた。

「来週木曜日、生徒会が部活の活動報告を確認しに来ることになりました」

活動報告……?確認……?

「えー、もう!?」

「うん、あっという間にまたこの季節が巡ってきたね……」

尚美先輩と千玲先輩が驚きの声を上げる横で、私はなんのことか分からずほうけていた。

「えっと、なんですかそれ?聞いたことがないんですけど……」

「文字通りだよ。毎年生徒会の人がそれぞれの部活に参加して、その部活の活動具合を評価するの」

尚美先輩が頭をかきながら教えてくれる。

「じゃあ評価が低かったらどうなるんですか?」

「評価が低すぎると……」

まるで怖い話でもするかのように、声を低めて一旦言葉を切る尚美先輩。

低すぎると……?

「生徒会と部活を管理する範先生が議論の上、廃部するかどうかを決める」

は、廃部!?

こんなに厳しいのか、と慄いていると、部長が尚美先輩の話を遮るように付け加える。

「そんなに友理を脅かさないで。確かにそうなんだけど、まともに対応していれば生徒会の人も、そんな告げ口みたいに先生に報告したりしないって!そんな怖いものじゃないよ」

部長がそう言うならそうなのでしょ……。

単純に尚美先輩にからかわれただけのようだ。

「去年は部員と生徒会の人に、色んな漫画家について深く紹介したんだよ」

「だから……」

ずっと黙って聞いてた千玲先輩がやっと口を開く。

「今年も何か紹介すればいいんじゃない?」

部長が腕を組んで頷く。

「そう!そういう訳で今週末は、各自パワポを用意するように!大体一人十五分から三十分くらいの時間で話してもらうから。去年は漫画家の紹介だったから、今年はそれ以外にしようか。例えば、アニメ会社とかゲーム会社とか…。そうだ、みんな内容が他とかぶらないように気を付けてね」

アニメ会社とかゲーム会社…。だとしたら、生徒会の人たちも知っているような有名な会社がいいでしょ。

「じゃあ私は、ジブリをやってもいいですか?」

「おぉ~、ジブリはいいテーマだね!友理なら大丈夫でしょ。任せるよ!」

部長はそう言いながら、組んでいた腕をほどいて、はしゃぎ気味に私の両手を掴んだ。

「いやっ…!」

その瞬間、私は反射的に部長の手を振り払ってしまった。

え…、なに…?

なんで…?

「ゆ、友理…?」

部長はなにも悪い事していないのにこんな態度を取るのは失礼過ぎる。

「ご、ごめんなさい!その…、最近手を怪我しちゃって、握られて痛かったので思わず…。ごめんなさい…」

悪いことをして叱られるのを待つ子供みたいに、縮こまって弁解する。

私…なんでこんな反応しちゃったんの…。

「そうなんだ、私の方こそごめんね!知らずに思いっきり掴んじゃったりしちゃって!傷口開いたりしてない?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。すみません」

「そう?良かった。ごめんね!」


なんで部長の手を振り払ったのか…。

理由は自分の心に問うまでもない。

怖かったからだ…。

部長に手を握られている所を、偶然玖嘉先生に見られでもして、最高に不機嫌になった顔が頭に思い浮かんでしまった。

今の私はまるで、部活すら思い切り楽しめない、縄で束縛されているかのような気分だった。

……

これが…恋愛の代償なのだろうか…。

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