二人きりの駅

――あれから1時間くらい過ぎた頃だった。帰るにも帰れず田舎のど真ん中の駅で、俺は阿川と2人きりで途方に暮れていた。そして、無駄な時間ばかりが虚しく過ぎていった。とくにすることもなくベンチの上に寝そべった。


「阿川、今何時だ?」


「えっと、今2時です。まだ始発まで時間がありますね?」


「ふぅ……」


 時間を知るとそこで自然に溜め息が出た。家に帰れない事も辛いが、阿川みたいな呑気な奴と一緒にいるともっと辛い。 はやく時間が過ぎないかなと、無駄にそんな事を考えていた。すると近くで良い匂いがしてきた。


――ん? 


 これは……?


 これは焼鳥の匂いだ……?


 何故いきなり……?


 ん?


 ベンチから体を起こすと阿川が近くで焼鳥を食べていた。そして、うまそうな缶ビールを片手に持って飲んでいた。


「おい、お前……!」


「ふぁい?」


「お前それ、どうした…――!?」


 突然驚くような光景を目の前にすると、俺はそこで思わず詰め寄った。アイツは焼鳥と缶ビールを旨そうに飲んで食べながら答えた。


「ああ、これですか? さっき帰りの電車に乗る時に駅のコンビニで買ったんです。家に帰っても冷蔵庫の中、食べる物もないですしね――」


 そう言ってアイツは、へらぁっとした顔で笑って話してきた。どこか抜けているようにみえて、なかなかあなどれない。俺は焼鳥と缶ビールを持っている阿川が一瞬だけ天使に見えた。


「……ゴホン。そっ、それ――」


「ふぁい?」


「それ、ウマイか……?」


「ええ、コンビニのですけど、お腹空いてるので美味しいですよ? でも、焼鳥はやっぱり居酒屋がウマイです!」


 阿川は俺の前で焼鳥をうまそうに食べていた。


「そっ、そうか……ゴホン……!」


 俺は咳払いをすると視線をはずした。だが、妙に気になってしょうがなかった。人間はお腹が減るとそればかりに集中してしまう。そして、こんなときに無性に阿川が持っている焼鳥を食べたい気持ちに心の中をかき乱された。


 しかし、俺はプライドが高い男だ。自分よりも年下の後輩なんかに頭を下げて物乞いをしてたまるか……!


 阿川が焼鳥とビールを飲んで食べてる。その様子を羨ましそうな目でジッと見つめた。


「ん? ああ、葛城先輩も焼鳥一緒に食べますか――?」


 阿川はそう言って目の前に焼鳥が入ったパックを差し出してきた。俺は一瞬、その焼鳥に手をのばそうとした。しかしアイツに焼鳥を貰うのも自分のプライドが許せない。


 こんなことで屈してたまるか……!


 そんなくだらないプライドが俺の中にはあった。阿川は知らないが俺はこいつを心の中では羨ましがっている部分がある。呑気でマイペースだけど、仕事の成績だけは優秀だ。俺より後から入って来た癖にそこが俺との違いだった。俺はそんな小さいところに僅かに嫉妬を感じていた。


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