第2話 色無き風


 もし、いつまでも季節が秋だとしたら、こんな残酷な世界でも生きていけられる方法を見つけられるのに、どうして、季節はどんどん過ぎていくのだろう。


 季節がずっと秋のままなら、僕はただ呼吸するだけでいい。


 息を吸って、何も考えられなければいい。


 秋の世界にずっといれば、少しはこの朽ちた身体も洗われるだろうか。


 


 たとえ、季節を司る嵐に襲われ、追い出されても僕はここにずっといたい。


 秋の風のことを色なき風、という言い方もあるのよ、と遠い昔に教えてくれた人がいた。


 


 その誰かは思い出せない。


 その人のことは思い出せないけれど、この名前だけを僕は愛していた。


 十五夜には満月が風を浴びている僕を悼んでくれるだろう。


 月は僕にこう尋ねる。


 ひそひそと、こっそりと。




《――どうして、あなたは何も考えないの。どうして、あなたは消えてしまいたいと思うの。あなたはどこにいますか。あなたは何を生きがいに抱きながら、生きてきましたか?》




 もし、小さい頃の僕にそれを尋ねても、意味も掴めず、答えるのに困ってしまっていただろう。


 青い炎が書きかけの小説を燃やすように、どれだけの悲しみを背負ったら、優しくなれるだろうか。


 もともと僕には名前なんてなかった。


 名前なんてただの記号だ。


 僕の名前は空っぽなんだ。


 空っぽの名前に何か意味があるのだろうか? 


 空っぽの名前を持つ前の、僕の中にある記憶。


 心の底に埋まってある、扉の中にあるものがその記憶。


 空っぽの名前はその扉を開ける、銀色の鍵なんだと思う。


 


 

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