第38話 【ハイネ視点】 半熟騎士の決闘

 ルゥは逃げたか。


 もしも残ったらどうしようかと心配だったけど、行ってくれて良かった。

 なにせ二階には、トワ先輩だっていたんだ。あそこで無理に合流しようとしても、やられる可能性の方が高かったからな。

 気がかりなのはそのトワ先輩も、ルゥを追って行ってしまったこと。果たして無事だろうか?


 けど生憎、俺もルゥの心配ばかりしてるほど余裕はない。

 剣を構える俺の周りには、ディアボロや獣人といった魔族が4人。そして、パルメノン卿がいた。 


 さあ、どうやってここを切り抜ける?

 だけど剣を構える俺に、パルメノン卿は意外な事を口にした。


「小僧。いや、ハイネ・マスカルよ」

「……なんですか?」

「今からでも遅くはない。我らと共に来い」


 耳を疑う。

 パルメノン卿、まだ俺を引き込むつもりなのか!?


「悪い話ではなかろう。ここで無駄死にするよりも、共に平和な世界を作っていこうではないか」

「……お断りします」

「何故だ?」

「アナタの言う平和な世界は、大きな犠牲をはらむ。友達を見捨てて作る平和なんて、何の意味もない」

「友達、か。なるほど、さすがはアイツの孫。そういう所はそっくりだ」


 おかしそうに口角を上げる。

 アイツと言うのは俺の祖父、アルフ・マスカルのことだろう。

 共に戦った、太陽の騎士団の仲間。俺もパルメノン卿のことを、祖父からよく聞かされていた。

 戦いでは常に先頭に立ち、仲間を守るために剣を振るっていた、尊敬すべき人だと。

 それなのに。


「パルメノン卿。祖父はアナタのことを尊敬していた。俺も、トワ先輩の世話になった。昔呪薬のことで傷ついた俺を支えてくれて。あの人がいなかったら、きっと今の俺はなかったでしょう」

「ずいぶんと買ってくれるな」

「だからこそ許せない。アンタ達はルゥを犠牲にしようとしてるんだぞ。かつては仲間のために戦っていたのに、どうして心を痛めない!」


 ルゥは別に、パルメノン卿を邪魔しようとしていたわけじゃない。

 なのに生贄にされるのは、単に都合が良かったから。

 アイツは、あんなにトワ先輩を慕っていたのに。


 だけどパルメノン卿は、思わぬ提案をしてきた。


「なるほど。お前が協力を拒むのは、あの娘のせいか。なら計画を変更しよう。あの娘を殺すのは止めにして、同士となってもらう。これでどうだ?」

「は?」


 バカな。ルゥを殺して、太陽の騎士団の必要性を見せつける事が、目的じゃなかったのか。

 ここまで計画を進めておいてアッサリと変更する、その様に驚愕する。


「どうだ。悪い話ではないだろう。共に太陽の騎士団を復活させようじゃないか。そうすればもう、呪い持ちと蔑まれることはない」


 敵意は無いとアピールしたいのか、無防備に両手を広げて、ジリジリと歩み寄ってくる。


 だがどうしてそこまでして、俺を引き込みたいんだ?

 それとも、何かの罠か?

 いや、そんなことはどうでも良い。パルメノン卿の意図がどこにあろうと、答えは一つだ。


「断る!」


 剣の先をパルメノン卿へと向けると、ピタリと足を止め、表情が険しくなる。


「私の申し出を拒むつもりか?」

「ああ。アナタがおかしくなったのは、呪薬の影響かもしれない。だから同じ呪いを受けた者同士、俺の手で終わらせる。きっと祖父も、同じことをしただろう」

「よかろう。お前は私自身の手で始末をつける。皆は手を出すな」


 腰につけていた鞘から剣が抜かれ、こちらに向けられる。


 落ち着け。相手は元太陽の騎士で、強化の呪いも持っている。

 けど、呪い持ちなのはこっちも同じ。それに向こうは、90になる老人だ。肉体のピークは既に過ぎている。

 普通ならまず、負けることはない。ないはず……なのだが……。


 ──何だよこの威圧感。


 剣を向けられただけで、まるで氷水でも掛けられたみたいな、冷たさを感る。

 それでいて、首を絞められているような息苦しさがあり、全身から汗が吹き出した。


 もしかしたら祖父の呪いを受け継いだだけの俺と、直接の使用者であるパルメノン卿とではその力に差があるのかもしれない。

 けど、今は泣き言を言ってる場合じゃないよな。


 呑まれるな。気圧されたら、勝てるものも勝てなくなるぞ。

 だけど自分にそう言い聞かせたその時、気づいた。

 遠いと思っていた間合いが、いつの間にか詰められていたことに。

 パルメノン卿の剣は高々と振り上げられ、俺の頭に向けて振り下ろされようとしていた。


 ──ヤバい!


 咄嗟に剣を横にして掲げ、受け止める。

 瞬間、剣同士がぶつかり合う、甲高い音が辺りに響いた。


 重い!

 受けた衝撃は凄まじく、止められはしたものの、腕が痺れる。


 危なかった。いつ距離を詰められたのかも分からずに、気づくのがもう一瞬遅かったら、今のでやられていた。


 ……強い。

 侮っているつもりなんてなかったけど、甘かった。

 呪薬の力があるとはいえ、とても90歳の力と動きとは思えない。これがかつて魔王軍と戦った、太陽の騎士の力かよ。

 

「この程度とはな。アルフの奴は、孫をあまり鍛えていなかったとみえる」

「正解だよ。俺の剣は、剣術教室で習ったもの。そっちと違ってうちの祖父は、剣術はほとんど教えてくれなかったんだ」

「剣を教えんとは、平和ボケでもしたのか? だが、それもあやつらしい」


 失望でもしたかと思いきや、パルメノン卿は笑っている。

 しかもバカにしたような笑いではなく、昔を懐かしむように。

 そう言えばさっきも祖父の話をした時、パルメノン卿は笑っていた。


「ずいぶん祖父のことを気にしているけど、そんなに仲良かったのか?」

「ああ。戦場で命を預けあった仲だ。だが、あやつの孫を手に掛けねばならんとはな」


 今度は悲しそうに、目を細める。


 ずいぶんと表情がコロコロ変わるのは、もしかしたら呪薬のせいか?

 呪いの影響で、精神が安定していないのかもしれない。


 だけど今、彼が悲しんでいるのは事実。

 ルゥを利用して、曾孫であるトワ先輩に呪薬まで使うイカれた人だけど、それでも戦友の孫である俺を殺すことに、躊躇いがあるのだろうか……いや、違う。


「すまんアルフよ。これも、太陽の騎士団復活のためだ」


 申し訳なさそうに、祖父の名を口にする。

 太陽の騎士団の復活。それこそがパルメノン卿の悲願。

 だけど彼の口からそれを聞いて、気づいた。

 気づいてしまった。


 そうだ。この人は、最初から俺のことなんて見ていない。

 俺を通して見ているのはかつての友、アルフ・マスカルの幻影だ。

 今から命を奪おうとしていると言うのに、その相手と全く向き合っていないんだ。


 いや、俺だけじゃない。自分の曾孫であるトワ先輩や、ルゥのことだって、毛ほども興味を持っちゃいない。

 きっと、パルメノン卿が求めているのは……。


「そんなに、太陽の騎士団が大事か?」

「なに?」


 俺の問いに、ピクリと眉を動かす。


「だとしたら気の毒だ。もしもアナタの計画通り事が進んだとしても、太陽の騎士団は復活しない。祖父も他の多くの騎士も、もういないんだからな」


 そんなこと、言うまでもなく当たり前。

 亡くなった人は帰ってこないし、太陽の騎士団が新たに結成されたとしても、それは昔あったものとは別物。パルメノン卿や祖父が現役だった頃の物とは、違うんだ。


 だけどきっと、この人が見ているのは。


「アナタはさっき、平和な世界を作るなんて言ってたけど、本当に求めているのは世界じゃない。太陽の騎士団だ」

「……何が言いたい?」

「自分で気づいていないなら、ハッキリ言ってやる。アンタはかつての栄光に、すがりたいだけだ。最も輝いていた頃の自分に戻りたくて、太陽の騎士団を復活させようとしている。それがどれだけみっともないか、気づかずにな!」


 ハッキリと言い放つ。

 世界の平和だの、大層な御託を並べていたけど、本当の理由はもっとちっぽけなもの。

 アルフ・マスカルの孫である俺に執着を見せたのも、度々語る昔の栄光も、失われた思い出を追いかけていたからだ。


 パルメノン卿はまるで、心臓でも突かれたように強ばった表情をするけど、俺は構わず言い続ける。


「かつての英雄が聞いて呆れる。今のアナタは、過去の栄光にすがるだけの老害だ」

「……黙れ」

「剣を交えてみて、肉体は衰えていないって思ったけど、心は違ったみたいだな。今の落ちぶれたアナタを見たら、きっと祖父も悲しむさ」

「黙れ」

「俺もルゥも、アナタの思い通りにはさせない。騎士団ごっこの犠牲になってたまるか!」

「黙れぇっ!」


 激昂し、手にした剣で突きを繰り出してくる。

 だけど──遅い! 

 俺も剣を横に払い、パルメノン卿の攻撃を弾いた。

 

「なっ!?」


 返されると思っていなかったのか、動揺を見せるパルメノン卿。

 けど、これくらい返せて当然。彼にはさっきまで感じていた、突き刺さるような圧は消えていたのだから。


「もしもアンタが昔のままなら、俺は勝てないだろう。けど、今のアンタは太陽の騎士じゃない。幻想に取り憑かれた、ただの老人だ」

「貴様……」

「そんな奴に俺は――俺達は負けない!」

「黙れぇ!」


 パルメノン卿が声を上げるも、やっぱりさっきまでの威圧感は無い。

 当然だ。屈強な騎士の仮面は、俺が剥がしたのだから。


 前にトワ先輩が言ってたっけ。

 自分より強い相手に勝つためには、心の弱い部分を晒け出させろ。強いと思った相手でも、強者の仮面さえ剥いでしまえば、案外脆いものだと。


 確かにその通り。

 かつてのパルメノン卿なら、こうはいかなかっただろう。だけど時の流れが、彼を弱くした。


 魔王を倒したまでは良かったけど、その後呪い持ちと蔑まれ、厄介者扱いされた、太陽の騎士団。

 おそらくパルメノン卿は、それが我慢ならなかったのだろう。そして栄光を取り戻そうと、バカげた計画を企てた。


 彼が変わってしまったのは、不遇な扱のせいかもしれない。呪いのせいで精神が蝕まれて、おかしくなったのかもしれない。

 けどそれでも、やろうとしている事は許されるはずがない。

 これ以上、太陽の騎士の名は汚させない。アンタの計画は、俺がここで潰す!

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