第21話 狼少女と人間と魔族

 アイツらが何を考えているのか。良い予感は全くしない。

 だけど詳しく見ようにも、隠れながらだと難しいな。

 もうちょっい首を伸ばして……。


「アナタ達、そんな所で何をしてらっしゃいますの?」

「──んんっ!?」


 突然、後ろから聞こえてきた声。

 驚いて思わず声を上げそうになったけど、何とか飲み込んで後ろを振り返る。すると。


「エミリィ? なんだ、脅かすなよ」


 そこにいたのは、エミリィだった。

 いつもなら香水の匂いが気になって仕方がないのに、教室の中に気を取られていて、気づかなかったみたい。


「なんだとはなんですか。それに、そんな所にいたら通行の邪魔ですわよ」

「悪い。でも、今はちょっと」

「シッ、静かに。アイツら、お前の机から何か取り出してるぞ」

「え、マジ?」


 ハイネに言われ、再び教室内に目を向ける。

 するとエミリィも「いったい何ですの?」と一緒になって教室の中を覗き込んだ。

 香水の匂いが気になるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃねーな。

 息を止めて、女子達の行動を見ていると。


「こんな物こうしてやりましょう」


 中にいた女子達は、何かをビリビリと破き始めた。と言うかあれって……アタシのノートだ!

 奴らは机から取り出したノートを、さらには教科書も、躊躇いなく破っていた。


「トワ先輩のペットの分際で、いい気になって。ちょっとは反省しろっての」

「つーかそもそもアイツ、どうしてうちに来たんだか」

「人狼って言ったら昔、魔王の配下だったって言うじゃない。そんなのが人間様に交じって勉強する方がおかしいっての」

「どっかに消えてほしいわよね。魔族なんて野蛮で下品で、いっそ滅んでくれた方が世の中のためでしょ」


 彼女達は笑いながらノートや教科書を破き、口汚い言葉を吐いていく。


 アイツら……くそ、どうしてアタシが、そこまで言われなきゃいけないんだ。

 いや、アタシだけじゃなくて、人狼や魔族全体を蔑むような発言に、沸々と怒りが込み上げてくる。

 もう許さん。ここはガツンと言って……。


「お前らふざけるな!」


 ガツンと……って、ハイネ!?


 アタシが行くよりも先に、飛び出して行ったのはハイネ。

 怒りを露にしながら、ズカズカと女子達に詰め寄って行く。


「ハ、ハイネくん!?」

「こ、これは違うの」


 途端に、女子達の顔色が変わる。

 無理もないか。犯行現場を見られた上に、見た相手がハイネなんだもの。

 ハイネは普段とは違い怒りを露わにしていて、彼女達の前まで行くとバンと机を叩く。


「何が違う?」

「あ、あの。違うって言うか、その……」

「何が違うって聞いている!」

「ひっ!?」


 あまりの剣幕に、問われた方は悲鳴を漏らしている。

 ハイネのやつ、女子が苦手だって言ってたけど、意外とちゃんと叱れるんだな。


 おかげでアタシは、出て行くタイミングを失っちゃったけど。

 だけど彼女達はこの期におよんで、まだ反省していなかったらしい。


「こ、これは仕返しよ。私達みんな、あの狼女に嫌がらせを受けたんだから」 

「そうそう。先に酷いことをしたのは、あっちなんだからね」

「ハイネくんは、信じてくれるよね。だいたい、相手は魔族よ。これくらいやったっていいじゃないの」


 ちょっとちょっと、アタシがいつ嫌がらせしたって?

 嘘や勝手な理屈を並べて言い訳を始める彼女達を見てると、もはや怒りを通り越して呆れてくる。

 コイツら、反省するってことを知らないのか。


 今度こそ一言言ってやろうか。そう思ったけど。


「ルゥさん、アナタはここで大人しくしてなさい」

「へ? エミリィ?」


 先に動いたのは、なんとエミリィ。

 彼女はアタシを制すると、教室の中に入って行った。


「その発言、聞き捨てなりませんわね」

「エ、エミリィさん!?」


 ハイネに続く乱入者の登場に、驚く女子達。

 一方エミリィは、そんな彼女達を冷ややかな目で見る。


「失礼。偶然教室の前を通り掛かったところ、たまたま聞いてしまいましたの。ですが、相手は魔族だから、これくらいやってもいい? これくらいと言うのは、アナタ達の持っているソレのことですか?」


 ゴミのように破かれた、教科書やノートを指差す。

 ひょっとして、味方してくれるの? あのエミリィが?


「ま、待ってください。これにはちゃんと、理由があって」

「なるほど、理由ですか。それで、他人の教科書を勝手に持ち出して破く理由とは?」

「それは……これくらいいいじゃありませんか。アナタだって、ルゥさんの行いには迷惑しているのでしょう」

「お黙りなさい!」


 言い訳をやめようとしない女子達を、エミリィが一喝する。


「確かにルゥさんは、がさつで無神経で余計なことばかりする、迷惑な方ですわ。わたくしも好きか嫌いかで言えば、大嫌いです」


 おいっ!

 エミリィ、お前どっちの味方なんだ!


「ですが、やって良い事と悪いことくらい、わきまえています。これは明らかに度を越していて、品位と秩序を蔑ろにする行為です。恥を知りなさい!」

「そ、そんな」

「それにアナタ先ほど、『魔族だから』と仰っていましたよね。どうして魔族なら、こんなことをして良いと思ったのですか?」

「だ、だって。この前、呪薬を売ってる魔族が捕まったって話を聞きましたわ。魔族なんて所詮、人間に迷惑をかけるだけの存在じゃないですか。だから……」

「だから、何をやっても許されると?」


 ジロリと睨まれて、今度こそ何も言えなくなる。

 アイツ等だって、本当は自分達の言ってることの方が間違いだって、さすがに分かっているんだろう。

 すると、ハイネもエミリィに続く。


「知ってるかもしれないけど、俺の家は太陽の騎士団の家系だ。昔曾爺さんが魔族と戦いはしたけど、戦いの後その魔族と共存することを決めたのも、爺さん達だ。なのにお前らは、どうしてそれを邪魔しようとする?」

「ラピス学園がどうして魔族との共学をうたっているか。それをよく考えなさい!」

「ひぃ!」


 ハイネとエミリィから説教を受け、完全に心が折れたみたい。

 一人が「ごめんなさい」と言うと、他も次々とそれにならい、逃げるように教室の入り口に駆け出してくる。


 って、アタシこのままいたら見つかるじゃん。

 瞬時にその場から離れて、廊下の曲がり角に身を隠す。

 別にアタシが悪いことしたわけじゃないけど、ここで顔を会わせるのはちょっとな。

 さっきは文句言ってやろうかと思ったけど、言いたかったことは全部ハイネとエミリィが言ってくれたし。


 そうして女子達が走って行った後、アタシは今度こそ教室の中へと入って行く。


「えっと……ハイネ、ありがとな。アタシの代わりに怒ってくれて」

「いや、元々俺がしっかりしてなかったから、アイツらをつけ上がらせたんだし。ごめん」

「何言ってんだよ。ハイネは別に悪くねーじゃん。気にするなって」


 ハイネの背中をバンバン叩く。

 被害者であるはずのアタシが励ますなんて変な気もするけど、まあいいか。


「エミリィもありがとな。まさかお前に助けられるなんて思わなかったよ」

「別にアナタのためにやったのではありませんわ。あのままだとアナタが大暴れすると思ったから、先に注意しただけです」

「は? いやいや、アタシだってもうガーディアンになったわけだし。そんなこと……」

「しないんですの? 神に誓って、そう言えますの?」

「…………たぶん」


 もしかしたら、ちょ────っとぶん殴るくらいは、してたかもしれないけど。


 それから3人で、掃除に取りかかる。

 さっき奴らが破いた教科書やノートが床に散乱していたから、このままってわけにはいかないもんな。


 エミリィは「なぜわたくしまでこんなこを」って言ってるけど、それでもちゃんと手伝ってくれたのが意外だった。

 ムカつくことも多い奴だけど、ひょっとしてコイツは案外、魔族に対する偏見なんてないのかも。

 ただ魔族とか関係無しに、アタシとの相性は悪いみたいだけど。


「何ですの、人をジロジロ見て。気持ち悪いんですけど」


 ……うん、やっぱり相性悪いわ。

 コイツとは、口を開けばケンカばかり。けどさっき言っていた、人間と魔族との共存に関しては、アタシも賛成。

 この前のサキュバスのように、人間に呪薬を売りつける魔族もいれば、今日みたいに魔族の事を蔑む人間だっている。

 でも、トワやハイネみたいに気が合う奴だっているんだ。


 未だ残る両種族間の壁を取り払うのが、ラピス学園が目指すもの。

 アタシももっと、頑張らないとな。

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