第16話 狼少女と呪いの真実

「そうか。ルゥはあれを、見ちゃったんだね」


 ため息をついているのはトワ。


 放課後になって、約束通りガーディアン本部を訪れたアタシを待っていたのはハイネ。そして何故か、トワだった。

 二人とも神妙な面持ちで、黙ってうつむいている。


「なあ、いいかげん教えてくれよ。ハイネの目は、あの時だけ充血してたとか?」


 そんなわけないって分かっていても、この重苦しい雰囲気を何とかしようと、ぎこちなく笑う。


 けど、全然空気は晴れない。するとハイネが耐えかねたように言う。


「トワ先輩、本当に話すのか?」

「ハイネ、不安になる気持ちはわかるけど、ルゥならきっと大丈夫だから」


「けど……。いや、先輩がそう言うなら従うよ。俺よりも、ずっとコイツの事を分かってるしな」

「ごめんね。けど、絶対に悪いようにはさせないから」


 二人が何を言っているのかはさっぱり分からないけど、何かを打ち明けようとしているのは何となくわかり、妙に緊張してくる。


 するとトワは、スッとアタシの前に立つ。


「ルゥ、俺の目を見て」

「え? う、うん。分かった」


 言われるがまま目を合わせる。

 子供の頃から何度も見てきた、青く澄んだサファイアの瞳。すると……。


「よーく見ておいてね」

「いったい何を……えっ?」


 その瞬間、変化は起こった。

 なんとトワの瞳の色が、赤色に変わっていったのだ。


 これって、ハイネと同じ? ハイネだけじゃなくて、トワも?


「トワ、その目の色って」

「ああ、ハイネと同じだよ。俺達はこんな風に目の色を変えることができる。そして赤い目になった時は、常人を超えた力を授かることができるんだ」

「常人を超えた力……それって!?」

「ああ。この目と力は、呪薬によるものだよ」


 呪薬!? 

 待て待て待て! 確かにトワやハイネは囮捜査をしてたけど、呪薬をやってたのは芝居のはずだろ!

 それともまさか。


「二人とも、まさか呪薬をやったのか!?」


 目の前に確たる証拠があるんだ。聞くまでもなく、そういうことになる。

 だけど間髪入れずに、ハイネが叫んだ。


「違う! 俺も先輩も、そんなものに手を出したことなんて一度もねーよ!」

「だよな、そんなはず……いや、でも目の色は。それにトワだってさっき、呪薬のせいだって言ったよな?」

「うん、その通り。俺達は呪薬の呪いを受けている。だけど呪薬を使用したことは、一度もないよ」


 どういうことだよ?

 なぞなぞやってるんじゃないんだからと答えを急がすと、ハイネがポツポツと語り初める。


「事の始まりは、何十年も前。俺達がこの世に生まれるずっと前に遡る。ルゥ、かつてあった太陽の騎士団が、魔王軍と戦ってたのは知ってるでしょ」

「ああ、もちろん」


 何度も絵本を読んでもらったもんな。


「疑問に思ったことはない? 中には例外もあるけど魔族は基本、人間よりも強い者が多い。なのに太陽の騎士団は、どうやってそんな相手と戦っていけたんだと思う?」

「それは……頑張って修行して、鍛えたとか?」


 なんて言ってみたけど、鍛えているのは魔王軍の兵隊だって同じだし。

 そんな正攻法な答えじゃないってことは、雰囲気で何となく察した。


 けど待てよ。

 さっきまで話していた、使用者に力を与える呪薬。話の流れを考えると、これはひょっとして。


「まさか、呪薬を使ってたって言うんじゃ?」

「その通り。彼らの力の秘密は、呪薬にあった。元々は、魔王軍が使っていた呪薬だけど、太陽の騎士団はそれに独自の改良をして、自分達で使っていたんだ」

「そんなバカな!」


 思わず叫んだけど、確かにそれなら辻褄は合う。

 太陽の騎士団は、呪薬の呪いで強化された人間の集まりだったんだのかよ!


「マジか!? けど、呪薬ってたしか、目の色が変わる以外にも副作用があるんじゃ?」

「ああ。激痛に襲われる者や精神が不安定になる者もいて、戦いで亡くなったとされる騎士団員の何割かは、本当は呪薬による自滅だったんだ。体を酷使しすぎて限界が来たり、発狂して自らの喉に、剣を刺した人もいたって聞いてる」


 その姿を想像して、気分が悪くなる。

 嘘だろ。だって本には、そんな事書かれて……いや、そんなの当たり前か。


 この前エミリィが言っていた、昔は人狼が家畜のように使われていたって話。あれと同じようにアタシの知らない裏事情なんて、いくらでもあっておかしくないんだ。

 けど、それにしたって。


「当時の騎士団だって、呪薬が危険って分かってたんだよな。なのにどうして、そんな物に手を出したんだよ」

「決まってるだろ。魔王軍を倒すためだ。普通に鍛えただけじゃ、勝ち目ないからな。多大なリスクがあるって分かってても、頼らざるを得なかったんだよ」


 ハイネが苦虫を噛みつぶしたような顔で言ってくる。

 マジなのか。絵本の中では、太陽の騎士団は強くて格好いいヒーローだったけど、裏の姿を知って印象が変わってくる。


「人間と魔王軍との衝突は激化していて、敗北は許されなかった。もちろん呪薬を使うなんて非人道的すぎるから、秘密裏に行われていたんだけどね。だからこの話は、表には出ていない。俺ハイネは、太陽の騎士団の団員だった祖父や曾祖父から、話を聞いているけど」


 そうか、二人のじいちゃん達って、太陽の騎士だったっけ。

 つーかトワのじいちゃんとは何度か合ったことがある。

 顔に刃物傷があり左目を失っていて、トワのじいちゃんとは思えない、厳格で強面な人だったけど。あの人も昔、呪薬を使って魔王軍と戦っていたのか。


 するとトワが、寂しそうに笑う。


「どう? 太陽の騎士団の真実を知って、幻滅した?」

「いや、その……。驚きすぎて、まだピンと来てない。けど呪薬を使ったのって、当時の騎士団員だったトワやハイネのじいちゃん達なんだよな。それなのになんで、二人にも呪いが出てるんだよ」


 そうだ、考えてみたらおかしい。

 太陽の騎士団が呪薬を使っていたのは事実だとしても、それは何十年も前のこと。二人に直接は関係無いはずだ。

 すると。


「じいさん達が呪薬を使った影響が、俺達にも出てるんだよ。魔王軍と戦おうってくらいだ。当時騎士団が使っていた呪薬は、最近出回っているようなちゃちな物とは違う。呪薬の中でも特に強力な力を与えられる代わりに、その呪いは子供や孫まで受け継がれる、酷い代物だったってことだ」


 ハイネがさらっと、とんでもないことを言ってきた。

 呪薬の呪いが、代々続くってのか!?


 けどこれでようやく納得がいった。

 さっき二人は、呪薬を使ってないのに呪薬の呪いに掛かってるって言ってたけど、それって。


「つまり二人は直接呪薬をやったわけじゃなくて、だけど昔じいちゃんが呪薬を使ったから、力を使えるってことか?」

「そういうことだ」

「この事は今まで、他のガーディアンのメンバーにも言っていなかったんだけどね。密売人を捕まえるため、呪いに掛かってるのを見せたら相手も油断するって思ったんだけど………ルゥに見られちゃうとは」

「うっ、ごめん」


 項垂れて、しゅんと尻尾を垂らす。


 けど売人に呪いを見せるなんて。もしもその時他の奴らに見られたら、バレてたんじゃねーの?


 トワやハイネがその可能性に気づいていなかったとは思えない。

 それなのに危険を犯してそんな作戦を取ったのは、そこまでしてでも呪薬の密売を潰したかったからなのかも。

 自分達に掛かっているのと同じ呪いを、これ以上広げないために。


「気持ち悪いか?」

「えっ?」

「理由はどうあれ、呪薬の呪いに掛かってるんだ。目の色が変わるなんて不気味だし、体だって普通じゃない。昨日、あのサキュバスを取り押さえたの見ただろ。魔族を組伏せられたのは、呪いの力があったからだ」


 吐き捨てるように言うハイネの目は、あの時と同じように赤く染まっている。

 そうか。あの時ハイネは、呪薬の力を使ってたのか。

 よく考えたら相手は女とは言え、魔族だ。なのに圧倒できたのには、そういう理由があったのか。

 だけど。


「気持ち悪い? 目の色が変わるだけで、なに言ってんだよ」

「目の色が変わるだけじゃないだろ。力だって……」

「そんなの、鍛えて強くなるのと一緒だ。強いから気持ち悪いなんてことはないだろ」

「なら、この前のモシアン先輩。あの人は呪薬の影響で、狂暴になってただろ。今は抑えられているけど、俺だってああなる可能性はあるんだ」


 うん。確かにモシアン先輩は、血が出るまで後輩をぶっ叩いたり、模造剣でアタシを斬りつけてきた。

 だけど呪薬の呪いに掛かってるのは同じでも、ハイネは違うだろ。


「呪薬を使ったら精神が不安定になって、狂暴になるって話はそれは知ってる。けど、ハイネもトワも全然そんな風にならねーじゃん」

「まあ俺達は、産まれた時から呪いを受けているから。暴走しないようコントロールする術は、身に付けているつもりだ」

「けどそれは、あくまで抑えているってだけ。何かの弾みで抑えが効かなくなって、その時もしかしたら、傷つけてしまうかもしれない。それでもルゥは、俺達を受け入れてくれる?」


 トワは赤い目で、じっと見つめてくる。

 だけどそれ以上に、気になったのはハイネだ。アタシから目を逸らさないトワとは反対に不安そうに目を反らしていて、こっちを見ようとしない。


「別にいいさ。嫌なら嫌って、ハッキリ言っても」


 つっけんどんな物言いをしてるけど、まるでハイネの方が何かに怯えているように見える。


 でもそんな姿を見ていると、何だかイラッとしてきた。

 おい、何だそれは。アタシにキモいとか、怖いから近寄るなとか、言ってほしいのか。


 胸の奥が無性にムカムカしてきて、アタシはトワから視線を反らすと、ズカズカとハイネに歩み寄った。


「ルゥ?」


 トワが呼んだけど、アタシは返事をせずに。依然目を合わせようとしないハイネの頭を。


 パコーン!


 思いっきしひっ叩いた。


「痛っ!?」

「ふざけんな! 何が嫌ならハッキリ言えだ。バカにしてんのか!」 


 本気でそんな風に思っているのなら、侮辱もはなはだしい。

 そんなことで、嫌ってたまるかよ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る