【短編】科学者と人形の○○しい物語

山鳥 雷鳥

episode A/E

第1節 命の誕生


――主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。


 一人の科学者は大きな白板を目の前にして、静かに目を瞑る。

 目元には大きな丸メガネを輝かせ、身に纏う白衣は風もないのに揺れ始める。


「始めよう」


 科学者はそう言い、シンプルなデザインチェアから降り、背後にある机で患者衣を身に纏い寝ている人形を見つめる。

 そこに寝ていた人形は、端正な顔つきをしており、銀と若竹色の経路が非現実的な存在だと認識させるが、仄かに彩る鴇色の唇が、小さく開いている。

 その姿に、一瞬でも生きている人間だと錯覚させるほどのもの。


「起きなさい、ツゥーバ」


 科学者がそう言うと、机の上で寝ている人形がゆっくりと目を覚ます。

 白い肌の瞼の下から現れる露草色の瞳に、光が灯ると、人形はどこか眠そうな瞳で辺りを見渡す。


「……ん……?」

「…………」


 目を覚ました人形は、何も言わずにどこか戸惑ったような様子を見せる。

 それを見ている科学者自身もまた、その様子に何も言わず、ただ何も言わずに眺めている。


「……私は? ここは?」

「目が覚めたか、ツゥーバ」

「ツゥーバ?」

「あぁ、お前の名前だ」

「ツゥーバ……そうですか、私はツゥーバと言うのですね」

「あぁ、そして、だ」

「人間、ですか」


 戸惑うツゥーバに対して、科学者はただ淡々と言葉を述べる。


「では、貴方様は私の創造主、という事になりますか」

「……賢いな、その通りだ」


 ツゥーバは戸惑いながらも、すぐに納得するような顔を見せる。

 その姿に、科学者はどこか納得しながらも、満足しているような笑みを僅かに見せる。


「私は、一体、何をすれば」

「……学べ、その為の生き方はインプットされているはずだ」

「……」


 科学者はそう言い残すと、その場を去り、薄暗い部屋の中にツゥーバだけが残った。


「学ぶ、ですか」


 残されたツゥーバは、机の上から身を起こし、降りる。

 ぴたっ、と鳴る無機質で冷たい床に足を着け、ぺたっ、ぺたっ、と鳴り続ける足音が、薄暗い研究施設の中を歩き始めた。


「そう言えば、あの人のことを何と呼べばいいのでしょうか?」


 自身が目覚めた場所から離れたツゥーバは、ふとそんな事を口にする。

 ツゥーバ人形は、己の名前を創造主から与えられたというのに、創造主の名前を知らない。

 呼び方も知らない。

 愛称やニックネーム、綽名と言った、気軽に言える呼称さえも、ツゥーバは知らない。

 知っているのは、無機質的な話し方と日々、何かを作っていると言う事だけだった。


「なんて、言うのでしょう?」


 研究施設を歩き続けるツゥーバにとって、自身の生み出した存在をどのような認識を抱けばいいのか、どのような呼称で呼べばいいのか、分からなかった。


「……ここなら、分かるでしょうか?」


 疑問を抱き続けるツゥーバは施設にあるデータベースへと入り、机の上に設置されているパネルに触れ、疑問の元となる言葉を探す。

 創造主、あるじ、お母さん、親、製作者、製造者等々、手元にパネルから映るデータベースの検索内容に、ツゥーバはどこか納得しない。


「なんでしょう、少し、違う気が……」


 該当しない言葉の羅列。

 それら全てにツゥーバは首を傾げながら、何度も検索をかける。

 検索し、該当し、閲覧し、満足できずに、再度、検索をかける。

 何十回も何百回も、似たような言葉を探してみるが、満足しない。


「かみ……さま……」


 すると、ツゥーバはとある言葉を見つける。

 極東に伝わる一つの言葉。



『カミサマ』



 その言葉を見た瞬間、ツゥーバの脳裏に電流が走る。

 今までの言葉とは違い、自身の創造主に対する敬いと一つの言葉から漏れ出す様々な意味。

 神様であり上様でもある科学者に、ツゥーバは「そうだ、今後、こう言おう」とどこか納得するような様子を見せる。

 自身の疑問が晴れたツゥーバは、パネルの電源を切り、カミサマ、カミサマと小さく呟きながら研究施設を歩き始めた。

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