希望退職募集する会社、希望しない女

すぎたに あきら

第1話 希望退職者募集が発令

「40歳以上150人 希望退職者募る。だって」

「150人って40歳以上全員じゃない?うちって600人弱でしょ全員で」

「何言ってるの40歳以上で400人はいるよ」

「マジか!高齢者偏重組織なのね。そりゃ、普通の会社になる為には募りたくもなる。わかる気がする。」

創業100年を超える地方都市のアパレル会社。といっても、創業当時は繊維問屋そしてお着物を卸していた会社が、高度経済成長とバブル期と渡り歩きイイ感じで上場にたどり着いた会社です。出路が古いせいか、昭和を引きづっているのは否めません。

いい所もあります。社員を大切にします。バブル崩壊後もリーマンショック後もリストラなんてしませんでした。それが、美徳であるというように。

心の病気もちゃんと付き合ってくれます。一年も二年も。

一度昇格したら、何があっても役職からは降格しません。かわいそうだから。

人に優しい会社。社員に優しい会社。皆、胸を張って自慢できます。

その会社が、急に40歳以上はいらない!という。希望しろと言わんばかりの提言をしたのです。会社はザワつき。仕事そっちのけで、その話題に全員夢中。


55歳デザイナーエリさん。

「エリさんどうするの?」59歳総合職のいさ子さんがききました。

「私。今からデザイナーとして転職もできないし。困る。絶対やめない。定年までいるつもり。」

「私もそのつもり。転職できる気がしない。一人で生きていくのに今更、無職のおばさんじゃ、住むところも借りれないよ。」

エリさんもいさ子さんもいい時代を駆け上がってきた、独身です。結婚なんて、って思い。自由に比重をおいてきた女たちです。

「エリさん。大丈夫よ、あくまでも希望退職だし。希望しなきゃ今まで通りよ。」

「そうよね。希望しなきゃ関係なのよね。」


希望退職者募る!から間髪入れずに、面談が始まります。自分の2コマ上の上長とです。直結上長は、情が移りやすく、知りすぎていることもある為、1コマ開けるのですね。平社員なら課長じゃなくて部長。課長職なら部長じゃなくてその上。

早速、エリさんの元に、今までそんな話したこともないおじ様からのメール。

「○月〇日 〇時 面談; 他業務があっても本面談を最優先にすること」

つまりは、来客予定や出張予定があってもそれをさておき面談に臨むこと。これが業務命令なのです。中には、展示会中で、お客様が来ていても「ちょっと申し訳ないです。面談が、、」と席を離れ戻らなくても許す。という命令です。

もちろんお客さんは不信感、不快感です。そして、他でしゃべるいいネタにもなってしまします。それもやむ無し。という方針です。会社も逃げれないように手を打っています。


「エリさん。面談どおだった?」

面談終了後のエリさんの声をかけるいさ子さん。顔色からは、疲弊の辛い表情がにじみ出ています。いま、世界各地で起きている紛争や貧困。飢餓に苦しむ子供たち。

そんなことよりも私が最も不幸です。と言わんばかりの表情で見上げます。

「私は辞めません。って言ったのに。次回もあるらしい。面談。」

「え。希望しない確認が取れたのに次回があるの?。そりゃ、辞めるってい言うまで続けるつもりなのね。」

「私。耐えれないかも。辛すぎる。会社で、どんな仕事、役割でもします。デザイナーとしてではなくても、商品の検品でも検寸でもやります。って言ったのに。そういう仕事は、今後会社の事務の女の子たちが兼務するから。もう、役割はありません。って言われたの。」

希望退職の意志の有無ではなく、希望を促す、希望を強制する面談なのです。しかもエリさんの今のキャリアは、お洋服を作ったこともない女の子達でも十分できます。という言われ方。無理に決まっているのに。エリさんのプライドをポイって丸めて放り投げる発言。

ここでの大きなポイントは、ポイって感じで言われたことです。

プライドを踏みにじるとは、相手も意識して故意に攻撃しているのです。その場合、社会でもまれた、女性達は慣れています。クッソォと思い戦うのです。臨戦態勢をとることも精神のバランスには大切です。エリさんもいさ子さんも長年社会で生きているだけあって、何度もプライドを傷つけられた経験があります。悔しくてもそれを原動力にもして闘えていたのです。

丸めてポィって感じになると、かなり違います。戦いのきっかけが見つかりません。喪失感と、やり場のない憤りを受け止めなくてはならないのです。


確かにここ何年かは、今後の自分の生活を考えながら、年金、貯蓄、社会制度なんてものに興味をおいて、会社には安穏としていたかもしれません。

昔なら、もっとこうするべきだ、とか業界で注目されるには、とか底辺社員デザイナーながら語っていたものです。それが薄れ、言われた通りの安穏さに慣れてしまっていました。これは、会社への罪の意識かも。

だから、ポイって言われたとき咄嗟に反論も出なかったのです。


59歳総合職いさ子さん。

いさ子さんも同じような1回目面談を終了しエリさんいさ子さん2人は、自然とひかれあい飲みに行くことにしました。

「いさ子さんは、なんて言ったの。」

「退職希望しません。って。私は、残ります。もちろん、配送センターでも今までのキャリアに関係ないとこへの異動も覚悟です。って」

「で、、」

「もっと今のキャリアで次の人生を考え直しなさい。だって。何で夫でも彼氏でもない上司らしきおじさんにそんなこと言われなきゃいけないの、、って頭にきた。しかも二回目の面談が明後日だって。馬鹿にしてるよね。」

「辞めさせるノルマがあるのよね。きっと。標的になってる」

「再就職サポートがあるから大丈夫。ってそのサポートのセミナーに出ろってさ。

何も言えないからわかりました。って言うしかないよね。終わらないし。次の面談者がドアの向こうで待ってるしさ。」

再就職サポート資料を渡され分厚い冊子を目の前にして思いました。

59歳になる年齢、ここ10年は、営業の一線からは離れたものの、スタッフ部門として中国の工場管理や不良品率を出して改善を促す仕事。特に思い入れもなくわりきって仕事してきました。今のキャリアっていってもな、、、、。

プライドをかなぐり捨てて、退職希望しません、居続けます。と懇願に近い闘いができるか、それとも、将来の不安は見ないようにして、プライド高く、かっこよく去るのか。 次の章に続く。

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