18

 気が付くと、ぼくは八幡神社の鳥居の近くに転がっていた。


「う……うう……」


 起き上がってみる。特に痛いところはない。少し衝撃波をかぶったみたいだが、大したことはないようだ。助かった……


 隣を見ると、ヤスもぼくと同じように地面に横になっていたが、彼も気が付いたようで起き上がろうとしていた。


「カズ兄! お兄ちゃん! 大丈夫け?」


 シオリだった。心配そうに駆け寄ってくる。


「あ、ああ、大丈夫だよ」立ち上がってぼくが言うと、ヤスも立ち上がり、


「やれやれ……間一髪、ってところかな。危なく爆発に巻き込まれるところだった」


 と、ほっとした表情でつぶやく。


「もう……二人とも、いつになっても来んしぃ、めっちゃ心配してんさけぇね!」


 怒った顔で、シオリ。


「ごめんな。小学校の子どもたちが、意外に人数多くてな」と、ヤス。


「それでシオリ、村人たちは?」


 ぼくが聞くと、シオリは神社の境内を指さした。五十人くらいの人だかりができている。一人だけみんなの前にいて、何か説明しているようだった。他の人たちはみなそれを黙って聞いているようだ。


「ほら、今説明している人ぉンね、小学校の先生なんやって。何が起こったのか聞いてきたしぃ、説明してあげてん。ここは百年以上未来の世界で、街中で大きな火事が起こるから、こっちに連れてきてんよ、ってね。ウチも先生って立場の人なら、みんな言うこと聞くかな、って思ってさ。ほやけどぉンね、最初はなかなか信じてもらえんかってん。ほんでぇ、『神』様に頼んでぇ、ワームホールちょっとだけ開けてもろてぇ、実際に火事になっとるところ見せてあげてん。ほしたらぁンね、信じてくれてんよ」


 ……すばらしい。もう完璧すぎる対応だ。


「やるなぁ、シオリ」


 そうぼくが褒めたら、シオリがドヤ顔になる。


「ふふん。ま、当然やわいね」


---


 さて、これで作戦の第一段階は終了だ。しかし、ゆっくりしてはいられない。最初のワームホールが開いている間に、避難してきた人たちを元の時間に戻さなくては。


「それじゃ、作戦の第二段階を開始しよう。みんな、今回はアルミポンチョを被って防塵マスクを付けた方がいい。火事の中を歩き回ることになるかもだからね」


 言いながら、さっそくぼくはポケットからアルミポンチョを取り出し、広げて被る。ヤスとシオリを見ると、二人とも同じようにポンチョを被っていた。あらかじめ用意してきたペットボトルの水で防塵マスクのフィルターを十分濡らし、装着。ヤスによれば、こうすることで煙だけじゃなく一酸化炭素中毒になるのも防げるらしい。


「準備、できた?」


 ぼくがそう言うと、二人ともコクリとうなずく。


「OK。シオリ、『神』とのコンタクト、頼むよ」


「了解や!」


 一瞬敬礼した後で、シオリがぼくとヤスの手を握る。ぼくはスマホを取り出して入力する。


『爆発一分後の、今の和倉温泉駅の場所にワームホールをつないでほしい。今回は時間加速はなしで』


 "了解した。だが、火がかなり燃えさかっている。注意することだ"


『分かった』


 ぼくは神社の扉を開ける。


「うわっ……」


 凄まじい熱気。目の前に燃えさかる炎が広がっていた。本当はもう少し炎が治まった時刻の方がいいんだが、そんな余裕はない。


 ぼくはシオリを振り返る。


「シオリ、みんなを集めてくれ」


「了解!」


 言うが早いかシオリが駆けだして、ある中年の男性に声をかける。その人がもう二人の男女に声をかけて、三人が協力して避難民を集め始めた。


「あの二人も先生ねんて。ほやさけぇ、子供たちも大人もぉ、あの人らが言うことやったらぁンね、みんなちーんとして静かにして聞くげんね」


 帰ってきたシオリが言うとおり、村人たちがぞろぞろ神社の扉の前に集まってきた。ほとんどが女性と子供だ。全員で五十人というところか。着ているのは和服……なんだと思うけど、見慣れた晴れ着とは全然違う。普段着なのだろう。


 全員が集まったのを確認して、ぼくは話し始める。


「これから皆さんを皆さんの時代の石崎に戻します。ただし、今、石崎はものすごい大火事の状態です。しかもこの炎は水では消せません。火が収まるまで近づかないで下さい。分かりましたか?」


 ぼくが見渡した限り、子供たちはほとんどがポカンとしていたが、大人の一部の人たちはうなずいていた。そして、その人たちが方言に翻訳して他の人たちに伝えてくれたようだ。


 ぼくはヤスとシオリを振り返る。


「それじゃ、今からこの人たちを元の時間に連れて行こう。ぼくとヤスが行くから、シオリはここにいて、この人たちを誘導してくれ」


「え、なんで?」シオリがいぶかしげに首をかしげる。


「だって、扉は狭いし、一人か二人ずつしか入れないだろ。ちゃんと順番を守るようにいれさせないと」


「ほやけどぉ、ウチが向こうの世界におった方がいいんやないかなあ。だって、『神』様と直接コンタクト出来るの、ウチだけやし。だからお兄ちゃん、ここにおって誘導してくれん?」


「え、おれが?」ヤスはキョトンとした顔になった。「いや、それでもおれはいいけどさ……お前、向こうに行って、大丈夫なのか? ものすごい火事だぞ? 危ないぞ?」


「そんなん分かっとる。ほやさけウチが行かんなんがやって。向こうの方が危険なことが多そうなんやろ? きっと『神』様に助けてもらわんなんことも出てくるわいね。ほしたらぁンね、やっぱウチがおらんとどうにもならんやろ?」


「……そうか。分かった」ヤスがコクリとうなずく。「確かに、お前が向こうに行った方がいいかもしれん。だけど……十分気をつけろよ?」


「分かっとるわいね。ほんならカズ兄、ウチと二人で行こ?」


 あまりに無邪気にシオリが言うのに、ぼくは戸惑ってしまう。


「シオリ……お前、本当に怖くないのか?」


「大丈夫や。ウチ、カズ兄と一緒なら、なんも怖くないさけ」


 シオリの言葉には、何のためらいも感じられなかった。


「分かったよ。それじゃシオリ、一緒に向こうの世界に行こう」


「うん!」シオリが元気よくうなずく。


「ヤス、村人の誘導は任せたぞ」


 ぼくがそう言うと、ヤスが右手でサムアップサインをしてみせる。


「ああ。全員向こうの世界に戻したら、おれもそっちに行くよ」


「よし」


 ぼくは村人達に向き直る。


「それでは、今からぼくについてきて、この神社の扉の中に入って下さい。そこが皆さんの石崎です」


 そう言って、ぼくは扉を開けた。

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