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 七尾市石崎いっさき町。海に面した漁師町である。その中程にあるシオリの家は、瓦屋根の二階建てだが、田舎の家らしくかなり大きい。到着するとすぐ、ヤスヒロが家から飛び出してきた。ぼくの知っている彼の姿とあまり変わっていなかったが、日に焼けて顔も腕も真っ黒だ。野球部のレギュラーメンバーで、セカンドだという。きっと今日もガッツリ練習してきたのだろう。ちなみにシオリは卓球部で、練習場所は基本室内なので、日焼けはあまりしていない。


「おう、カズ! 久しぶり!」満面の笑顔で、ヤス。


「ヤス!」


 いつもの挨拶、ハイタッチを決める。だが、その瞬間。


「……」


 ヤスがぼくに、ちらりと視線を送った。ぼくは小さくうなずく。ヤスはすぐに笑顔に戻った。


「元気そうでよかった。もちろんお前も花火、行くんだろ?」


「ああ」


「三年ぶりだからなあ。めっちゃ楽しみだぜ」


「だよなあ。ぼくもすごく楽しみだよ」


「ウチもねぇ」シオリが口を挟む。「この日のために浴衣新調してんさけね。小学校の時着とったんはぁンね、もう小さくてダメねんて」


「へぇ」


 ぼくの記憶の中の浴衣姿のシオリは、まだチビッ子のままだ。だけど、今のシオリが浴衣になったら……どうだろう。ちょっと想像がつかない。


「あ、そうだ、お前の荷物、部屋に置かないとな。ついてきな」


 そう言って、ヤスがぼくを手招きした。


---


 ヤスの部屋は2階の階段を上がってすぐ手前の部屋だ。その隣がシオリの部屋らしい。能登での滞在中、ぼくは彼の部屋で寝ることになっていた。


「……で、カズ、お前どう思う?」


 部屋のドアを閉め、自分の机の前の椅子に腰を下ろすと、ヤスが真顔でぼくを見つめる。


「わからない。特におかしな所はないみたいだけどな」ぼくは首を捻ってみせる。


「やっぱそうか。おれはいつもあいつの顔を見てるから逆に見逃してることもあるんじゃないか、と思ったけど、お前が見てもわからない、ってことか」


「ああ」


 その時だった。


 コンコン、とドアがノックされる。


「はい」ヤスが応えると、ドアが開いてそのすき間からシオリが顔をのぞかせる。


「お母んが、ちょっと早いけど夕飯食べよう、って。早めに出んとぉ、混むかも知れんしぃ、ってさ。ちょうどおんも帰ってきたとこやし」


「わかった。じゃ、カズ、行こうぜ」


 ヤスが立ち上がった。


---


「おお、カズヒコ! 久しぶりやな!」


 居間の引き戸を開けると、既に畳の上に座っていた、シオリとヤスの父親でぼくの母親の兄、イチロウ伯父さんが笑顔になる。四十二歳。ヤスコ伯母さんとは同い年で、幼馴染み同士だったらしい。


「伯父さん、お久しぶりです」ぼくはテーブルを挟んで彼の真向かいに置かれた座布団に腰を下ろす。その横にヤス、シオリが続き、伯母さんは伯父さんの隣に座った。伯父さん……なんだか記憶の中の姿よりも、ちょっとお腹が出てきているような……


「なんもやって。もう、そんな堅っ苦しい挨拶いらんわいや。ほれ、新鮮な刺身たくさん買うてきたさけ、たぁんと食べまっしま!」


 確かに、テーブルの真ん中に置かれた大皿の上には、美味そうなお刺身が大量に並んでいる。そう。これが能登の大きな魅力の一つ、新鮮な海の幸。ほんとに美味しいんだよな。


「カンパーイ!」


 伯父さんだけがビール、他は全員ジュースを注いだコップで、乾杯。カチン、とガラスがぶつかる音が鳴る。


「いただきまーす!」


 早速ぼくは大皿から刺身を箸で拾い上げる。これは……ブリかな? それと、もう一つは……なんだろう。白身なのかな。でも赤い線が入ってる。


「それはガンド。で、こっちはノドグロ」伯母さんが指を差して教えてくれた。どちらも聞いたことがない名前だ。


「ガンドはブリの若い奴や」と、伯母さん。「東京じゃなんていうか知らんけど。ノドグロは白身やけど、脂が乗ってて旨いげんよ。焼いても煮ても旨い魚や」


「へぇ……それじゃ、いただきます」


 まずは、ガンドから……うん。確かにブリだ。でも、あんまり脂っぽい感じがないけど、これはこれでおいしい。そして、ノドグロ……うお、これも旨い! なんだろう、脂が強いけど全然しつこくない。噛むとどんどん旨味が出てくるような……


「おいしいです!」ぼくが思わずニコニコ顔でそう言うと、


「「ほうやろ?」」伯父さんと伯母さんの声がそろった。


「ほんなら、これも食べてみまっし!」そう言って伯母さんがよそってくれたのは……尻尾がついてて皮が剥かれた……エビ? だけど、なんか尻尾も身もちょっと黒ずんでて、あんまりおいしくなさそうなんだけど……


「これはな、ガスエビって言うんや」伯母さんがニヤリとする。「見た目はちょっと悪いけどな、味はアマエビにだって負けん。うんまいよ~」


 そう言われると、食べなければならない気になってくる。ええい、覚悟を決めるか。


「い、いただきます」


 ほお張った瞬間。


 甘っ!


 なにこれ! 下手すりゃアマエビよりも甘くないか? しかも身がプリっとしてて、噛むとそれがはじけて旨味が……ジュワ―っと……


 やばい! めっちゃおいしい!


「どうや、おいしいやろ?」伯母さんが文字通りドヤ顔になる。


「ええ!」ぼくは満面の笑顔でうなずいた。


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