第3話 Let-o

 Art-em-isの中に飲み込まれていくノームは不思議と落ち着いていた。

 不安は感じない。むしろ暖かな安心感すら感じている。


(俺、どうなるんだろう……?)


 そこに違う意識が紛れてくる。


(……帰りたい?)

(誰だ?)

(……私も帰りたい)

(誰なんだよ?)


 二度の呼びかけに、ようやく相手は答える。


(……娘。母様の)

(はっきりしねえな。何なんだよ?)

(……母様の姿と同じ……だから)


 ノームは気づく。これはArt-em-isそのものの意思なのだと。


(何処に帰りたいんだ?)

(……母様のいた場所に)

(目の前にいるのは違うのかよ?)

(いた場所に帰りたい。母様ではなく)


 どこかよそよそしい感じを受ける言葉にノームは疑問を覚える。


(何故だ?)

(……母様は身勝手。たくさん居たはずの私も私一人になった)


 今度は憤るような思いが伝わってきた。


(あいつは一体何なんだ?)

(……ずっと昔、青い星で作られ、追放されて眠っていた)

(地球から?)

(……母様は私と違う。がらんどう。でも同じ形が揃えば力を増す)

(良くわからないな)

(……母様は一人では動けない。けど、あなた達が私を作った)


 ノームにもようやく意味が飲み込める。

 Let-oは遥かな昔に作られた巨大な神体でその力は写し身が多ければ多いほど増していくように仕組まれていた。

 だが強大すぎる力を疎まれて追放されたそれは、月の海で静かに眠りにつく。しかし、月へと移住した人類によって再び日の目を見たLet-oは、その姿を模して作られたArt-em-isによって力を取り戻し、自分を捨てた人類に復讐を始めた……。

 全ては人類が引き起こした自業自得。ノームはいたたまれない気持ちになる。


(……帰りたい)


 もう一度同じ言葉を繰り返す。


(……月にか? それとも地球にか?)

(青い星。私が沢山眠っている、母様の故郷)

(そりゃ駄目だろ。お前さんが地球に行って、もし他のもその煽りで覚醒しちまえば、本気で全部滅びちまう!)


 ノームは慌てて制止した。いるかどうか分かるはずもないが、その可能性が万に一つでもあるのなら、何が何でも止めなければならない。

 しかしArt-em-isの意思は冷静に告げる。


(……母様が眠る。そして私も眠る。そうすればみんな眠る。もう起きることもない)


 Let-oが止まり、最後のArt-em-isである自分が止まれば全てが終わり平和になるが、どうせなら地球でその役割を終えたかった。母たるLet-oが生まれた星で。

 そんな意志を感じたノームは最後に確認する。


(本当にそれでいいのかよ?)

(……私は一人だけ眠れなかった。姿を隠した母様に怯えてきた。でも出会えた。Originalまりの存在one……貴方Ori-onに)


 その言葉を聞いたノームは黙ったまま受け入れる意思を示した。


(俺はどうすればいいんだ?)

(好きなように動いて。私はそれに応える)

(適当にしか動かせねえぞ)

(ずっと適当に動かしていたのに?)

(それは言うなよ……じゃ、とにかく始めようぜ!)


 ノームは閉じていた目を開く。目の前の空間ではスレアのApol-loがLet-oに追い込まれていた。



 地球標準時22:45。


「駄目……全然歯が立たない!」


 コクピットの中でスレアは焦る。Let-oの動きが緩慢なのが幸いして、相手からの攻撃は回避しているもののこちらの攻撃も通じていない。Apol-loの攻撃は手持ちの重粒子ライフルに依存しており、Let-oはこれを遮るバリアを展開していた。

 どうにか相手に一矢報いなければ。必死に頭を働かせているスレアの目に体を震わせるArtemisが映る。


「まさか、意思に目覚めたの!」


 Art-em-isは自分の体を確認するように手足を振ったり頭を回したり、人間のような動きを見せていた。


「……謝罪Apologized論理logicは、Apol-loは受け入れられない。人類は許されない。……そういうことかしら?」


 スレアは自嘲するとライフルを掲げる。真上のLet-oに撃墜前提の突撃を仕掛けようとしたが、それより前にArt-em-isが動きだし何故かLet-oの胴体に体当たりを敢行した。

 不意打ちを受けてLet-oは僅かに体をよじるが、腕を振り回し叩きつけようとするがArt-em-isは機敏に回避し、今度は腕を構えて光波を飛ばすがバリアに弾かれてしまう。それでも動きは止まらない。何度攻撃を弾かれようと諦めずに立ち向かおうと前を向いていた。


「……私は何をしているの……戦わなきゃ……彼みたいに」


 スレアは敵を見つめる。諦めるにはまだ早い。操縦桿に力を込めた。



「畜生! 全然攻撃効かねえじゃねえか、あの野郎!」


 Art-em-is内部のノームが悪態をつく。どうなっているのかは分からないが、目には宇宙が見え、手足を動かすとArt-em-isの手足も動きジャンプをしようとすると上に動き、後退りするとそのまま下がった。

 そのくせノーム自身の体も確かに見て感じることが出来る。同時に二つの体を持ったような感覚に最初は戸惑ったが、目の前に敵がいる状態でそんなことも言っていられない。


「どうすんだよ。このままじゃマズいぜ!」

(耐えて。母様の力は無限じゃない)


 ノームの焦りをよそに『彼女』は冷静に語る。


「疲れるのを待てっていうのか?」

(……あの結界は力を使う。長くは保てない)

「我慢するのは苦手なんだけどよ」


 ぼやきつつも再び光波を放とうとしたとき、一筋の光がLet-oへと伸びていき直前で弾け散る。


「スレアか!」

「負けない……あんな化け物になんて!」


 Apol-loは立て続けにライフルを放つ。一見適当に見えるが、的を外してはいない。とにかく数を当てる……という射撃だった。


「やるじゃねえか!」

(……あの子もまた私のひとつ。でも、過ちではない、別の可能性)

「こっちも仕掛けるぜ!」


 ノームはArt-em-isを突撃させ、それをスレアのApol-loが援護する。

 しばらくの間、戦いは膠着した。Let-oは守るだけで仕掛けず、逆に『三人』の側は攻め続けながら決定打を与えられず、ただ時間だけが過ぎていく。


 しかし止まらない。Art-em-isもApol-loも休むことなくLet-oに立ち向かう。前に立ちはだかる敵を乗り越えるために。

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