第36話 団長の意地

 瀕死のナンバー7が目を覚ますと、そこは団長の腕の中だった。

 熱線が発射される直前、クーデリカがナンバー7の体を抱きかかえて跳んだのだ。

 クーデリカは岩場の陰に着地すると、比較的なだらかなそこにナンバー7を寝かせてやった。


「く、クーデリカ、様……!? 生きておられで……あぐっ!!?」


 ナンバー7が起き上がろうとした。

 途端に全身を太い針で刺されたような激痛が走り、吐血する。


「喋るな。アバラが折れて肺に突き刺さっている。ナンバー3、手当してやってくれ」

「はい!」


 その場にはナンバー3も居た。

 隊服があちこち破れて肩当てが破損していたが、彼女は無事だった。

 ナンバー7と同様、クーデリカが助けたのだ。


「……そういえば、アナタとはまだ再会しておりませんでしたねえ……!」


 ヘルダーリンが憎々しげに言った。

 クーデリカが立ち上がり、剣を構える。


「ふむ。

 ナンバー3がここに居ると言う事は、私がガスター様より直々に預かった悪魔兵300は残らず殺されてしまったのでしょう。

 これでは帰った後私はお仕置きされてしまいます。

 まったく腹が立つ小娘ですねえ。

 もう妾如きでは許して差し上げません。

 わたくし自慢のイチモツでたっぷり調教し尽くした後、このグリフィンのように改造して差し上げましょう。

 悪魔女騎士というのはいかがです?」


「御託はそれで終いか」


 クーデリカはその冴え渡った月光のような双眸で、ギロリ、グリフィンとその上に居座るヘルダーリンを睨みつける。


「ほほん!

 凄んで見せたってちっとも怖くなんかありませんよ!?

 まさかこの私に敗れたことを忘れたわけではないでしょう!

 しかも今はグリフィンのオマケ付きです!

 二対一ではどうやっても負けようがありません!

 しかも残念なことに、私はウサギを狩るにも全力で遊び尽くす(・・・・・)主義です!

 か弱いアナタが大事な部下の前でミジメに命乞いするまで!

 たっぷりじっくりねっとりみっちりイジメ抜いて差し上げますよお!?」


「……」


 クーデリカは珍しく黙っている。

 以前までの彼女であれば、直ちに激昂し飛び掛かっているところだ。

 だが今の彼女の心には、拭っても拭いきれない不安がある。


(バルク……!

 私は……勝てるのか……!?)




 ―――クーデリカの回想―――




 バルクとクーデリカが練兵場で語り合った翌日。

 クーデリカはバルクにより鍛えられていた。

 場所は兵営内にある天然ダンジョンの最下層。

 そこは大気中に比べ魔力密度が2倍も高くなっている。

 そのため身体に掛かる負荷が非常に高く、修行に持ってこいの環境だった。

 ただし、そこでの訓練は命がけである。

 強力なモンスターが随時出現するし、高魔力下のため呼吸するだけで体中の体力や魔力が奪われていくのだ。

 そんな悪環境下で、クーデリカはバルクから実戦指導を受けていた。


「もう一度だ。掛かってこい」

「はああああああっ!!!」


 両手で剣を構えたクーデリカが一気呵成に攻め込む。

 上段・中段・下段・突きと、縦横無尽に飛んでくる刃を悉く躱すバルク。

 だがバルクにしては動きがかなり緩慢である。

 それもそのはず。

 バルクは自分の身体能力を、クーデリカが敗れた風魔将軍ヘルダーリンのレベルまで下げて戦っていたのだ。相手が剣を使うということで、バルクも剣を持っている。

 かつては目で追う事すらできなかったクーデリカだったが、今は互角の戦いが出来る程にまで強くなっている。

 やがてクーデリカの剣が、バルクを持っていた剣ごと弾き飛ばした。

 バルクの体が、近場の壁に叩きつけられる。


「いてえ……!」


 バルクが珍しく苦痛を口にした。


「バルク! 打ち所が悪かったのか!?」


 クーデリカが心配して近寄る。

 そして手を差し伸べる。

 すると、バルクが一瞬ほくそ笑んだ。


「ぐっ!?」


 そしてバルクは差し出された腕を掴み、クーデリカを壁に叩きつける。

 更にボコッと壁の一部が崩れ、


「ウギョルワアアアアア!!!」


 凄まじい咆哮と共に、目玉の付いた触手を顔から多数生やしたゾンビのようなモンスターが這い出てきた。

『リビングステアー』である。

 一定レベル以上の魔力密度があるダンジョンに出現する強力なモンスターの一種で、その触手の先に付いた目玉から各種の状態異常攻撃に加え熱線攻撃まで行う。

 しかも見た目にそぐわぬタフさと俊敏さを持ち合わせているため、一体現れただけで古参の冒険者パーティが全滅することもある。

 それが三体同時に現れた。

 しかもクーデリカのすぐ背後の壁から。


「くっ!?」


 突如現れたモンスターに背後を取られた形となったが、クーデリカはなんとかリビングステアーの触手を躱し、その根元に刃を差し入れるようにして敵の体を両断した。

 だが次の瞬間、バルクの手刀が首筋にピタリ当てられる。

 クーデリカは沈黙した。


「卑怯だと思ったか?

 だが敵はもっと卑怯だぞ。

 不意打ち、裏切り、多対一、人質、

 勝つためならどんな手段も使ってくる。

 油断するんじゃねえ」


 バルクの感情の欠片もない冷え切った言葉が、クーデリカの無防備な耳に注がれる。


「……わかっているバルク! もう一度だ!」


 クーデリカは再度剣を構え直した。




 ―――――回想終わり―――――




 クーデリカは思う。


 自分はできる限りのことはしてきた。

 今ならあの将軍が相手でも遅れを取らない自信がある。

 だがそれでも勝てるかと問われると怪しかった。

 バルクと出会って以来、クーデリカはここぞという勝負で全て負けている。

 特に今目の前に居る二体は、いずれも自分が敗れた相手だ。


(敵は余りに強大……!

 果たして勝てるのか……!)


 そんな思いが、クーデリカの闘志を挫いていた。

 また無様に負けるのではないか。

 そんな恐怖で体が怯え竦む。


(……愚問だ。

 今私が戦わなければ、世界がこいつらの魔の手に堕ちる)


 クーデリカはそんな情けない自分を叱咤した。

 部下を殺し仲間を辱めた敵を目の前にして、怒り以外の感情を持ち合わせようだなどと、そんな怠惰な事が自分に許されるはずがない。


(なぜなら!

 私はもう二度と、大切な人々を失ってはならぬと、そう誓ったからだっ!)


 そう考え、改めて剣の柄を握り直し構える。


「はああああっ!」


 そして息を吐くと同時に、天に向かって高く剣を突き上げる。

 すると黒雲もないのに、クーデリカの刃にズドンと雷が落ちた。

 あたかも天がクーデリカの決意に応えたかように。


「正義よおおおおおおっ!!

 我に勇気を与えたまええええええっ!!」


 吠え猛り、真っすぐに駆け出す。

 向かう先はグリフィン上のヘルダーリンだ。


「ほほう! あくまで私に逆らいますか!! イジメて差し上げなさいグリフィン!!」

「グルギャオオオオオオオウ!!」


 勝ち誇ったヘルダーリンの指示に従い、グリフィンがハエでも叩くように前足を振る。


(みえるっ!!)


 クーデリカは刃先を合わせるように振ってグリフィンの前足を叩き伏せると、直上に跳び上がった。


「剣聖神技ィィィィ!! 【滅尽雷光閃ライジンスラッシュ】!!」


 クーデリカの剣を中心に、雷のような閃光が縦横無尽に迸った。

 雷の魔力を伴った、上段からの唐竹割りだ。

 一方グリフィンは上体を持ち上げて、主であるヘルダーリンを庇おうとする。

 一見無防備に見えるその地肌には、鋼鉄よりも硬い毛と3000枚の魔法障壁が施されている。


「相変わらずのポンコツ娘ですねええ!! その技は効かなかったでしょうが!!! グハハハフゥ!?」


 しかしヘルダーリンの予想とは異なり、3000枚の魔法障壁も、鋼鉄より硬い地毛もクーデリカの剣を阻むことができなかった。

 それ程にクーデリカの剣は太刀筋が洗練され、同時に魔力が高まっていたのである。


「グルギャアアアアアアア!?!?」

「ひいい!?」


 雷の迸るクーデリカの剣は、そのままグリフィンの巨体を真っ二つにし大地までも削る。

 辛うじて直撃を避けることができたヘルダーリンだったが、崩れ落ちるグリフィンの巨体に巻き込まれて地面に叩きつけられてしまった。


「……!」

「すごい……!」


 その様子を傍で見ていたナンバー7と3が息を呑む。


「…………」


 だが誰よりもその成長を驚いていたのはクーデリカ本人であった。


「……自分でも信じられない……!

 私がこれほど強くなっていたとは……!」


 呟くクーデリカの心に、歓喜が満ちる。


「護れる!

 これならどんな敵が相手であっても!」


 そんな風にクーデリカが勝ち誇っていた時だった。


「これならどうですううう!?」


 不意にヘルダーリンのがなり声がした。

 気付けば斬り倒されたグリフィンの尻尾を持って、その砲の射出口をクーデリカに向けている。


「何をしている」


 クーデリカが落ち着き払った声で尋ねた。

 ヘルダーリンはそれに高らかな笑い声と共に答える。


「グフフハハハハァ!! この砲はたとえ本体が死んでも使えるんですよぉ! まだ魔力が残っていますからねえ! そこに私の魔力を加えれば、凄まじい出力が出せまぁす!!」


 言って、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「フン……今さらそんなものが当たると思っているのか? だとすればお笑いだぞ」

「当たらないかもしれませんねえ!? ですがアナタが避ければ、後ろのナンバー7とナンバー3が死にます!」

「なに……!?」


 クーデリカが振り返る。

 そこには拙い治癒魔法を使って、ナンバー7を回復中のナンバー3が居る。

 もし発射されれば、二人とも直撃は避けられない。


『敵はもっと卑怯だ』


 バルクに言われたことが身に染みる。


「クーデリカ様、いけませんわ……!」

「クーデリカ様! ボクたちに構わず斬ってください!」


 ナンバー7と3が叫ぶ。


「黙まるんですよクソガキども!

 さあクーデリカ!

 あの子らを殺されたくなかったら、大人しくしなさい!

 そうですねえ!

 まずは剣を置き、裸になって土下座して頂きましょうか!

 メス騎士の分際でこの私をここまで追い詰めたことを誠心誠意詫びるのです!!

 その後で剣で腹を切って頂きましょう!!

 軍団長であるアナタの首を持ち帰れば、ガスター様もきっと今回の不首尾をお許しくださる!!!」

「……」


 この期に及んでまだ自分が生き残ることを考えているのか。

 とクーデリカは呆れている。


「グフフ安心なさあああい!!

 残されたナンバー3と7は、私が責任をもって救って差し上げますから!!

 2匹とも私専用の変態奴隷騎士としてねえええええ!!

 エロバコバコバコブヒイイイイイッ!!」


 ヘルダーリンが舌先をチロチロ出しながら笑った。

 その余りに醜悪な姿にクーデリカの眉根がギリリと吊り上がる。


「撃ってみろ」


 クーデリカがそう言って、ヘルダーリンの元に向かい歩みだした。


「は?」


 ヘルダーリンは怯えた顔で砲をクーデリカに向ける。


「死ぬんですよお!? 例えアナタが避けても、後ろの子たちがあああああ!!!」


 叫び散らすが、クーデリカは一向に歩みを止めない。

 あと10歩も進めば、ヘルダーリンが魔力を注ぎ込むよりも先にその腕ごと斬り捨てられる距離に至る。


「ぐ……ぐぞおおおおおおうううううっ!!

 だから私はああああ!

 そういうお前の生意気な態度が許せんというのだあああああ!!!!」


 砲に莫大な魔力を注いだ。

 四大魔法スキルのうちの一つ、【風魔皇】を持つヘルダーリンは、人身にして竜巻を起こせるほどの魔力を持っている。

 元々蓄えられていたグリフィンの魔力。

 そこに【風魔皇】の最大パワーが合わさり、発射される。


「私にチンコを勃てさせろおおおおおお!!!!」


 その威力は絶大だった。

 大地を砕き海を蒸発させ空をも覆い尽くす魔力の奔流が、狂瀾怒濤の勢いでクーデリカたちを飲み込んでしまった。

 かつて山の一部分であった場所はまるごと消滅し、土と瓦礫だけの谷となっている。


「ハアッハアッハアッ! バカめッ……! 死におったわ!! グワハハハ!!!!」


 殆ど全ての魔力を砲に注ぎ切ったヘルダーリンが言った。

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