第23話 クーデリカの悩みと偽りの忠義

「…………っ!」


 俺が女騎士たちと遊んでやっていると、クーデリカが1人落ち込んでいるのが目に入った。

 その悩まし気な顔を見ただけで、奴が何を考えているかが分かる。


 俺との力の差を目の当たりにして、己の非力さを責めているのだろう。

 団長たる私がこんなザマでは正義を貫けない、とか思っていそうだ。

 後は、団員たちの前でこれ見よがしに落ち込んでしまっている自分自身をも恥じているな。

 そこから悩みが無限大に広がっているのだろう。

 メンタルケアが必要だな。


 俺は一瞬でそう分析すると、お手玉していた女たちをポンポン放り投げた。

 隊服姿の乙女たちが夏空を舞い、そのまま着地して楽しそうに草原を転がっていく。


「落ち込むのはいいことだぞ」


 その様を見やりながら、俺はクーデリカに声を掛けてやった。


「いいこと……? 落ち込むことが……?」


 クーデリカが首を上げて俺を見る。


「そうだ。俺との力の差を感じて落ち込むってことは、俺より強くなることをまだ諦めてねえってっことだ。その強い気持ちがあればお前はもっと強くなれる」

「……っ!!」


 俺の言葉に、クーデリカの瞳が輝き出した。

 俺のかけた言葉に、感動しているらしい。

 救いでも見出したかのような顔をしている。

 まあ実際、こいつみたいなタイプは意志の強さで限界を突破する事があるからな。

 口から出まかせ言ったわけじゃねえ。


「よしお前ら、俺が特別に稽古つけてやる。俺が直接しごけるのは、お前らくらいだからな」


 俺はクーデリカを含め団員たちに言った。

『お前ら』だけだと告げて、特別感も刺激してやる。


「あ、ああっ!! ぜひ頼む!!!」


 早速クーデリカが俺に頭を下げる。


「「「よろしくお願いします!!」」」


 団員たちもそれに続いた。


 こいつらは俺の軍の中核になる連中だ。

 一度きちんと鍛えてやる必要がある。






 5分後。

 だたっ広い練兵場のど真ん中で、俺はクーデリカを初めとする第七連隊の騎士たちに囲まれていた。

 これからこいつらに稽古をつけ、実戦で勝てる戦力にする。


「最初にはっきり言わせてもらうが、お前ら全然ダメだ。話になんねえ」


 そう思った俺は、まずこいつらのやってることを否定した。

 叱りつけられたと思ったのだろう。

 全員の表情が一斉に険しくなる。


「なにがダメなのだ?」


 クーデリカが訊いた。

 明らかに不満そうだ。


「ダメな点は幾つかあるが、一番はお前ら弛みすぎだ。

 仲がいいのは構わねえが、ここはガキの遊び場じゃねえ。

 どいつもこいつもヘラヘラしやがって、今日アレックスターに攻め込まれたらどうすんだ。

 お前らが負けたらお前らだけじゃねえ。

 国民まで皆殺しなんだぞ。

 もっと緊張感を持て」


 俺がはっきりそう告げると、騎士たちは申し訳なさそうな顔で足元を見た。

 自覚はあったらしい。


「だがバルク。彼女らは強い」


 すると、クーデリカが騎士たちを庇うように言った。


「先の戦でも、ロートリア城こそ占拠されたが、彼女らの隊は我々が城を開放するまでずっと戦い続けていた。一度も敗れたことはない」

「いや。本当に強いのならそもそもロートリア城を占拠されていないだろう。お前らがやっていたのは、敗北が決定したあとの悪あがきだ」

「……っ!」


 俺がそう言うと、クーデリカは黙ってしまった。

 団員らも悔しそうに下唇を噛んでいる。


「城を占拠された時点で負けは負けだ。それを受け入れられないのなら、やはりお前らは無能だな」


 俺は更に厳しめな言葉を掛けて、こいつらの反応を見た。

 ここで素直に反省できるのなら、これ以上厳しい言葉は要らねえが。


「で、でも……! クーデリカ様はつよいよ!」


 すると、茶髪短躯の猫みてえな女騎士、ナンバー3が言った。


 あ?

 こいつ何を言い出したんだ?

 急にクーデリカの話になったぞ。


「そうですわ!」

「わたしたちは無能かもしれませんけれど、クーデリカ様は最強です!」

「お言葉を撤回してください!」


 ナンバー3の言葉に、他の騎士たちも続く。

 そいつらの忠義に殉じるような、高潔そうな顔を見て、俺はすぐにそんな事を言い出した当てがついた。


 ははあ。

 どうもこいつら、あくまで自分たちが弱いって現実を受け入れたくねえみてえだな。

 だからクーデリカを口実に自分たちの弱さを誤魔化そうとしている。

 まあスペックが高い連中だから、自分たちが弱いと思いたくないんだろう。

 クーデリカもそうだが、こいつら基本的に自分の能力を過信し過ぎているからな。

 だからいつも格上過ぎる相手に準備もせずに挑んで、派手に負けることになる。先の戦争で城を取られたのもそんな感じだろう。

 それで落ち込むだけならまだいいが、そのうち『私はダメだ』とか言い出して、自信を失い、無能な自分を嫌いになって人生すらも諦めるようになる。

 せっかくいいスペック持っているにも関わらずだ。

 そんなのは惜しい。

 だから、ここでこいつらの過信をぶっ潰しておく。

 具体的には、こいつらが慕うクーデリカがいかに弱いかって事を示してやるのだ。

 俺が今思いついた方法なら、それがこいつらの自信にもなる。

 クーデリカには痛い目見てもらうことになるが。


「現実を教えてやる。クーデリカ、それとそこの茶髪。こっちに来い」

「え……?」

「茶髪って、ボク……?」


 俺はクーデリカを呼んだ。

 更にもう一人、ナンバー3も呼ぶ。


「そうだ。これからお前らに戦ってもらう」


 俺がそう言うと、


「「はっあああああ!?!?」」


 ナンバー3とクーデリカの驚きの声が重なった。

 他の騎士たちも同様だった。


「むむむむりむりむりだよぉ!!? だってボク、だんちょーの太刀筋みえたことないもん!! 一度だって勝った事ないんだよ!?」

「そうだぞバルク! それになぜ我々が戦う必要がある!?」

「簡単なことだ」


 俺はアゴの先で騎士連中を示した。


「聞け。お前らは皆クーデリカの強さに縋っている。

 だからクーデリカがいかに井の中の蛙かってことを証明する。

 それには俺が直接お前を倒すよりも、格下と戦って負けるって現実を見せた方がいい」

「「……!!」」

「格下と戦って、負ける……!?」

「そうだ。それで漸くお前らは本気になる。自分たちはもちろんクーデリカまでも弱いと分かれば、もうふざけた態度で訓練などできないはずだ」


 クーデリカを含む、騎士たち全員が一斉に息を呑んだ。

 果たしてそんな事が起こり得るのかといった顔だ。


「バルク、お前の言っている事は分かった……だが、いくら何でもそれは無理だ。仮にも私は【剣聖】なんだ。ここに居る連中は強者ぞろいだが、パワーもスピードもスタミナも、全てにおいて私と彼女たちとでは圧倒的な差がある。まして剣の勝負では負けようがない」


 ほほう。

 負けようがない?

 こいつもやっぱり自分の実力を過信してやがる。

 ちょうどいい。


「いいや。3つの条件さえ守れば、こいつらでもかなりの確率でお前に勝てる」


 俺ははっきり全員に聞こえる声でそう言った。

 途端に騎士どもがざわつき始める。


 確かに同じ第七連隊でもナンバーが下位の奴では物理的に難しくなるが、こいつなら高確率で勝てる。


「それは……本当なのか……?」

「俺が冗談を言ってると思うのか」


 俺がキレて言い返すと、一同何も言えなくなった。


「わ、わかった……! ナンバー3、手合わせ宜しく頼む」

「う、うん……!!」


 クーデリカとナンバー3が頷いた。


「手合わせじゃねえ。本気の勝負だ。殺す気でやれ」


 俺は更に脅しつける。

 本気じゃねえと意味ねえからな。

 それにプレッシャーを掛けた方が、より条件がハマりやすくなる。


「いいか。クーデリカに勝つには……」


 俺はナンバー3に3つの条件を伝えた。

 その内容を耳にすると、「うそ、そんなことで……!?」ナンバー3は心配そうに俺を見返してきた。

 伝えた内容が簡単すぎたためだ。


「ほんとーにだんちょーに勝てるんですか?」

「俺の言う通りにすればな」


 俺は頷いた。


「わかりました……バルク様、ボク、やってみます……!」


 ナンバー3は不安そうな顔でクーデリカの前に立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る