第16話 戴冠の儀

 1か月後。

 戴冠の儀の日がやってきた。

 儀式はロートリアの街中にある大神殿にて行われる。

 朝から俺の親族や大臣、兵士や町の有力者まで、総出でこの神殿に詰め寄せていた。

 この国を救った救世主の戴冠式ということで、町の中から神殿に至るまでお祭り騒ぎとなっている。以前、俺が第2王子としてスキル授与を行った日よりも遥かに賑やかだった。


 ちょっと前まで、ここに居る連中全員からイジメられていたガキが今や国王なのだ。

 しかも、どいつも俺の事を尊敬し、俺こそ国王に相応しいと心から思っている。

 まったく笑いが止まらねえ。


 とはいえこの1か月、苦労も多かった。

 朝から晩まで仕事である。

 戦争被害により、国の少なくない人間が困窮状態にあったからだ。

 特に俺が城を占拠していた連中を追い払った当時は、酷い有様だった。

 王都であるこのロートリア城下町でさえ、ちょっと裏路地に入れば餓死者が転がり、働き手である夫を失った母親が体を売る始末。当然秩序は乱れに乱れ、略奪が横行し疫病の気配も漂っていた。


 だからこの1か月はこれまで国庫に蓄えられていた財源……余りに大量だったために、アレックスターの兵にまだ持ち出されていなかった金銀宝石等……を全て使って、生活困窮者に与えるための臨時給付金や食糧配布等各種支援策の施行をしたり、各種道路や水道などの修復のために公共事業をバンバン行った。

 更には年間予算の30パーセントを占めていた王族の遊興費(ピクニック行ったり豪華なメシ食ったり何着ものドレスを買ったりするフザケた金だ)を1パーセントにまで削減し、その財源を使って王国の基本税となる人頭税を撤廃。その他、主に一般庶民が払っている税金を10パーセント安くした。

 治安維持に関しては敗戦を機にこの国を牛耳ろうとしたごろつき共が3000人ほど徒党を組んで城を包囲しやがったので、全員ぶちのめして舎弟(労働力)にしてやった。

 するとすぐに国民たちから感謝の書状やら皆で集めた基金やらが俺の下に届くようになった。今じゃ直接俺にお礼を申し上げたいなんて連中が、毎日のように城までやってくる。

 なんでも、『こんな事をしてくれた王様はロートリア歴代初』らしい。

 今までの王たちは、戦争で被害を受けたら税を上げたり更なる兵士や兵糧を求めたりしたらしいのだ。裏で暗躍していた悪人どもも、取り締まったりせずむしろ仲良くしていたらしい。

 ベルダンディみてえな連中が、私腹を肥やすために分かっててやったのだろう。

 国が滅びても自分さえよければいいという発想だ。

 クーデリカ辺りがブチギレそうな案件である。

 俺も当然ブチギレた。

 俺の国だぞ!

 無能どもがムダな事してるんじゃねえ!!

 ……。

 一応俺の考えを言っておくと、そいつらの考えについて一定の理解はできる。

 最低限、理に適っているからだ。

 自分一人が生き残りたいのであれば、或いはそのやり方でもいいのだろう。

 だが、それでは余りに無能すぎる。

 真の有能は、自分と自分についてくる者全てを勝たせる。

 よって俺は俺一人が勝つだけでは満足せず、俺と俺についてくる者全てを勝たせる。

 それも圧倒的に。

 それぐらいの力がなくては、とても有能とは呼べないだろう。

 そして、そういう有能な男のことを、人は『王』と呼び尊ぶのである。

 俺はこの世界の誰よりも『王』でありたい。


 ちなみにだが、国庫の財源は空になったものの、既に王都の市場や商館はかなり活気を帯びている。既に王都の税収は去年の同じ月と比べ30パーセントもプラスになっていた。戦争があったのにこの数字である。悪くない。

 加えて国民からの基金により、兵士たちの給金や大臣連中の生活費ぐらいなら充分まかなえていた。地方に関してはまだこれからだが、再生にそう時間はかかるまい。


「始めろ」


 そんな事を考えながら、俺は言った。

 俺は今、神殿の中心にある祭壇の上、巨大な聖像の前に立っている。

 これから神官役を務めるベルダンディが、王の装具を持った四人の従者を引き従えて、俺の下で儀式を行うのだ。


 祭壇の周囲には椅子がびっしり設けられていて、そこには騎士服姿のクーデリカを始め、大臣や町の有力者が並び、その外にはこれまた有力者たちが立ち並んで儀式の成り行きを見守っている。

 更にはこの神殿には壁が殆どないから、外に詰めかけた領民たちにまで儀式の様子が丸見えだ。

 俺が戴冠する姿は、ここに居る全ての人間が目にする事になる。


「座れ」


 俺は、目の前までやってきたベルダンディに向かって跪くよう指示した。

 ベルダンディとその背後に居る四人の従者が同時に跪く。


「私、前王ベルダンディが偉大なる戦神アスターシン様の御前に誓います。王位継承者バルクに正統な王位を継承致すことを」


 母親とその四人が持っているのが、歴代のロートリア王がそれぞれ所持した王の装具である。それらを新王である俺に授与することが、戴冠の儀の中心となるイベントである。

 一つは、金でできた、薔薇の彫刻があしらわれた腕輪。

 一つは、バカでっけえサファイアが嵌め込まれた指輪。

 王笏と宝剣。

 更には、過去にロートリアが征服し吸収した4つの王国の王冠。


 そして、ベルダンディが両手に持っているのは、ロートリアの王冠。

 王冠には400個近い金や銀や宝石が嵌め込まれていたが、今はない。

 アレックスターの連中に奪われてしまったからだ。

 後でたっぷり仕返ししてやる必要があるだろう。

 他の腕輪や指輪も同じで、今は代用品を使っている。


 それから1時間ほどかけて、王位交代の宣言と装具の授与が終わった。

 これから俺は新しく配下となった連中を引き連れて街を練り歩き、城へと帰還する予定だ。


 さて。

 町に行く前にやる事がある。

 俺の臣下が全員揃ったこの戴冠式の場で、ベルダンディを服従させるのだ。


 俺の有能さを示す意味でも、そして後顧の憂いを断つ意味でも、こいつが一生俺に逆らえねえようにしておく。


「よし、前王を始末する」


 俺は言った。

 途端に場が凍り付く。

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