第6話 修業

そして僕の修行が始まった。


この空間にやってきて、驚いたことがまずある。

空がとてもつもなく高い。

その空の頂点に、小さな点みたいな太陽が一個ある。

地面は果てしなく茶色い。

遠くで砂塵が竜巻のようにうねり舞っている。

見渡す限りあるのは、空と大地と雲と太陽。

それに風だけだった。

振り向けば、さっき僕が通ってきたはずの扉もない。


たしか、僕の住んでいた世界の三倍の広さがあるって言ってたな。

僕一人で住むには余りにも大きすぎる世界だ。

こんな寂しい場所で、僕は10億年も暮らさなければならないんだ。


……。

構うもんか。

母さんやユリウスやリアーナや、他の連中と一緒に暮らしているよりは一億倍マシだ。


あいつらをブチノメすまでは……!

僕は絶対に負けない……!!


そう思った。

その時、何か地響きのような音が聞こえだした。

次第に地面が揺れ始める。


「……っ!?」


気付けば地平線一杯に……太陽に届くとも思われるほどの高さの、とてつもない黒波が押し寄せてきていた。





最初の絶望は津波だった。

走り出す時間は十分にあったのに、僕はただ呆然と迫りくる黒波を見つめていた。

初めてみる自然の驚異。

そしてそれが自分に対して牙を剝いている、という自覚がまだできなかったのだ。

数分後、僕は木っ端のように波に揉まれ、水の中で何度も上下運動を繰り返し、全身がミンチ肉になるまで津波によって運ばれてきた瓦礫と地面と岩石にぶつかり続ける。

僕の体は凄まじく弱い。

デバフスキルのせいで5歳児の女の子にも勝てない程の軟弱体質となっており、更にそこに物理的なダメージの倍化が加わる。

ぶつかる度に腕や足や首が葉っぱみたいに千切れるのだ。しかも死ぬ度に体が再生するため、辺りは僕の血や肉で真っ黒。

しかもこの津波、1週間は止まらなかった。

その間僕はずっと水の中におり、呼吸すらできず生き返っては岩にぶつかりまくって窒息するのを繰り返し続けた。

やっとの事で水が引いた時、僕は完全にボロ切れ同然となっていた。

そして動けないままの僕を落雷が襲う。

空は完全に暗黒に閉ざされており、神殿の柱みたいにぶっとい雷が間髪入れずに落ちまくるのだ。

数秒に1発は僕の所に落ち、僕の体は凄まじい電圧で弾け飛んで四肢が千切れる。

それでもすぐに復活した。

復活した僕を待っていたかのように2撃目が加わる。

次々と重なる落雷で、僕の体は天に登っていった。

地面に落ちる事無く空中に舞い続ける。

残念なことに、高度が上がれば上がるほど僕に落雷が集中する。

何千回と死んだところで僕はついに暗雲の上へと出た。

陽光と薫風。

一瞬の安らぎ。

その後に再び僕の体は暗黒の雲に吸い込まれ、雷によって砕かれ続ける。


この時点でもう訳が分からなかった。


痛みも憎しみも、絶望すらも一緒になり、

全てはただドス黒い感情となって僕の体の奥底に漂い始める。


許さない……!

絶対に許さない……!!

僕がこんな目に遭っているのも全部……!!

全部、あいつらのせい……!!!


考えているうち、雲間から光が見えた。

その光は赤色で、最初に見た時は美しいと思い、心を奪われた。

次第にその赤がなんの赤なのかに気付く。

それは、突然地面が割れ隆起した火山の噴火だった。

火砕流が僕の体を飲み込む。

文字通りの灼熱。

皮膚が蒸発し骨が溶けて一瞬で再生しまた溶ける。

それが火砕流の凄まじい力によって押しつぶされながら続く。

呼吸などもちろんできない。

本来なら目や鼻も痛くて辛いのだろうけれど、そっちは開けるヒマがなく焼き尽くされるので、幸いだ。


うん……!

大分痛みに慣れてきた……!

あいつらを殺そう……!!


そればかり思って死ぬ。




そんな時代が6万年ほど過ぎた。

その頃には僕は大分心の余裕が取れてきた。

もう津波だろうが落雷だろうが、火山だろうが竜巻だろうが隕石の衝突だろうが気にしない。

死ぬのにも慣れた。

こころなしか、肉体が強化されてきている気がする。

再生するたびに体が少しずつ強くなっているのだ。

ありとあらゆる自然災害に耐性が付き、もはや1日やそこらじゃ死ななくなっている。

まだ死ぬけど。

後はやっぱり寂しい。

人恋しくて仕方がないのだ。

もう毎秒母さんやユリウスやリアーナをこの手でブチノメしてやりたくて仕方がない。

あのドラゴンの爬虫類面も一発殴りたいって思う。

ハエのフンなめんなって言ってやりたい。

ああ、楽しみ。



60万年が過ぎる。


もはや一度や二度の災害では死ねなくなった。

今俺は落雷に打たれ続けているが、そんな中でも腕立てに勤しんでいる。

1日1回。

24時間かけてゆっくりと下ろして上げるってやり方だ。

他にも四つん這いのまま山のような土砂を背中で押し上げ続けたり、火砕流に向かって死ぬまでランニングしたり、ぶつかり稽古したりしている。

もっと鍛えてあいつらをブチノメすぞ!!



6000万年が経過した。


以前ここに来る時、場所によって重力変動があると聞いたがちょっと違った。

この空間は、時間が経つにつれてどんどん重くなっている。

この中に居たら気付かないだろうけれど、元居た世界と比べて今の重力は約100倍くらいになっていた。

筋トレするのにいい負荷だ。

増加しているのは重力だけじゃねえ。

災害の頻度も上がってて、もう一日に二度三度の大災害が起きても普通だった。

そんな中、俺はやっぱりスクワットしている。

最近は膝を曲げる度に辺りに衝撃波が生まれてちょっと楽しい。

他にはそこらへんに落ちている石ころを掴んで全力投球すると、火薬を積んでるわけでもないのに火の玉になって爆発する。

全身の筋肉が大分鍛えられているんだろう。

フン。

もっともっともっともっと鍛えまくってあいつらをブチノメしまくってやるぜ!!



6億年が経過した。


もはや全ての自然災害よりも俺の方が強くなってしまった。

津波が起これば拳で波を割る。

雷が起これば拳で天を割る。

地震が起これば拳で地を割る。

隕石が降れば隕石を砕く。

1000倍を超える高重力も関係ない。

この世界で俺より強い存在はいなくなった。

最早死ぬこともない。

そう思った俺は、自分の胸を拳により全力で殴打した。

皮膚が血液と共に飛び散り、あばら骨が砕け散る。

更に俺は生の心臓を抉り出して潰した。

一瞬目の前が真っ暗になって、再び立ち上がる。

こうなれば自分自身が敵だ。

徹底的に自分を破壊し尽くして体を鍛えよう。

あと4億年で、ここを出られる。

だからそれまで毎日強くなり続ける。


クソババア、ユリウス、リアーナ、それにクソドラゴン!

絶対に、許さん……!

今よりも遥かに強くなって帰って、あいつらをブチノメす!!!!

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