第三十七話 乙女の生き様、見とけやコラァ!

 吹きすさぶ爆風。身体の芯まで響く重厚な衝撃。絶対なる死の熱量。

 照明魔法など必要ないと言わんばかりの大火力。


 しかして、そのすべてを生身で受けきり突き進むたった一人の男。

 踏み抜いたトラップに対して回避行動を取ろうともしないその様子は、まさに狂気以外の何物でもなかった。


「いや、予想はしてたけどね? 勇者はLv1000強だし、さっきの戦いを見てても改めて別次元の存在だとはわかっていたよ」


 だが、これはあまりにも圧倒的だ。私のトラップなど、もはや一つも通用していない。

 それこそ、浜辺に吹く海風のような扱いを受けている。


 周囲を埋め尽くす灼熱も、他のトラップに反応して連鎖的に作動する爆裂も、長肢蜂が打ち込んだ強力無比な毒さえも、彼にとっては回避するほどの脅威ではないのだ。


 この階層。私の予想ではかなり時間がかかり毒の巡りを加速させるものと思っていたが、勇者はすでに次の階層目前まで辿り着いている。


 渦を巻くように通路が構成されている私の迷宮は、中心か端っこに次の階層へ続く螺旋階段が存在するのだ。


「予想よりもずっと到着が早い。あとはもう、第三階層のみんなに任せるしか……」


 第三階層よりも上、第四階層以降も一応トラップを仕掛けてはいるが、蜂は一匹も存在しない。

 実質、第三階層の中心で待ち構えるデューンが最終砦だ。


甲碧蜂クービーバチのみんな、そろそろ勇者がそっちに到達する。燕蜂はすぐに退避すること。トラップも追加で作るから気を付けてよ。……特にジュリーちゃん」


 うちで一番自由奔放な娘に釘をさすと、向こうから反論が飛んできた。

 『感覚譲渡』も『共通言語 Lv4』も持ってないのに意思を飛ばせるのは、相当練度が高いことをうかがわせる。


 ああ見えてジュリーちゃん、戦力としては一級だ。ランクCの中ではぶっちぎりで強い。エイニーちゃんでも、使用禁止毒を使わなければ勝てないほどだ。


 ……と、私が甲碧蜂らに指示を飛ばしていたら、勇者が第三階層へ続く螺旋階段を登り切ったのが見えた。


 そこへすぐさま立ちはだかるのは、たった今忠告を飛ばした甲碧蜂の女の子。


『まさか本当に勇者様と手合わせ願えるたァ光栄だな! あのポンコツ女王にも感謝しねぇと』


 ……人間の姿に変身した彼女は、とても高圧的な表情と立派な仁王立ちで勇者ヒカルを出迎えていた。


『なんのつもりだ、甲碧蜂の女』


 それに対し、勇者は冷たい声音で答える。特段怒っている様子は見えないが、ジュリーちゃんの態度が気に入らないらしい。


『気にしないでくれ、アタシは正々堂々と戦いたいだけだ。通路の中まで入っちまうと、あの女王が罠を使えるんでなァ。それじゃ、アタシの求める闘争にはならねぇ!』


 ……! 螺旋階段を上った直後は、トラップを作っていない! 様式美を意識した造りがここにきて仇になってしまった!


 あそこでは、私がジュリーちゃんを援護することはできない。まったく不可能ではないが、『クリエイトダンジョン』でトラップ生成の設定に追加する必要がある。


 まさかジュリーちゃんにこのことが知られていたとは。しかもそれを逆手にとって勇者との一騎打ちに利用した。


(あの娘、もしかしてあんまりバカじゃない?)


 しかしやはり、甲碧蜂は刹那主義だ。あの勇者相手に一人で立ち向かって勝てるはずがない。

 それを理解していないわけでもないだろうし、自分に訪れる未来も予想が付くだろうに。


(こうなっちゃったら、私に手出しする資格なんてないよね)


 私は彼女たちを仲間にしたとき、勇者に挑もうというのなら止めはしないと言った。

 今まで約束は違えてばかりだったけど、これだけは守らなければ、彼女たちの熱い闘争心を汚すことになる。


『なるほど、ならば相手しよう。正々堂々、真正面から』


 仁王立ちを続けるジュリーちゃんに対し、勇者ヒカルが今日初めてまともな構えを取った。


 右拳を前に突き出し、左拳は心臓を守るように硬く握っている。右脚を前に、左脚を後ろに。身体の軸を横から縦に整えなおした。


『へぇ、魔法を使わないつもりか。……正々堂々って言った手前ちっとかっこ悪いが、正直助かるぜ。アタシも拳で闘うつもりだからな!』


 対するジュリーちゃんは、長い青髪をかき上げると、乱雑に腰を落として腕を脱力させる。

 勇者のように型があるわけではなく、喧嘩のような立ち姿。


 素人目にも、どちらが洗練されているかなどすぐにわかった。勇者は長い研鑽と膨大な知識の中で最適解を見つけ出したようだが、ジュリーちゃんは己の勘と戦闘への欲求でその場に立っている。


 しかし、時にそんな常識すらも打ち砕く力が彼女にはあるのだと、私は知っていた。

 彼女はあの戦い方で、これまでずっと勝ち続けてきたのだ。


 先に仕掛けるのは、もちろんジュリーちゃん。勇者との距離はそこそこ離れているが、一歩二歩と走り出し距離を縮める。


 まるで野球ボールでも投げるかのように大きく振りかぶった右拳が、遠心力をその身に宿らせ勇者へと肉薄した。


 ドゴンッ!


 ……しかして、その拳は突然気分を変えたように向きを曲げる。

 肘が折れ曲がり、遠心力も霧散して。


 そう、勇者は迫りくる拳ではなく、的確に肘を狙ったのだ。

 それも、構造上簡単に折れ曲がる内側から貫いた。


 相手へのダメージを考えるのなら肘を裏から弾いて骨折させるべきだが、攻撃の軌道を捻じ曲げるのなら内側で十分。勇者はこの瞬間にそれを判断し、正確に打ち据えたのだ。


 勢いを完全に失ったジュリーちゃんの拳に対し、勇者の拳は彼女の顔付近に残留している。


 当然の帰結と言わんばかりに、勇者は裏拳でジュリーちゃんの鼻頭を貫いた。


 しかもその拳はスナップを効かせており、反発を利用してすぐさま攻勢に転じる。


 腰を落とす間もなくつま先から伝わる力だけで、勇者はジュリーちゃんの鳩尾へ掌底を叩き込んだ。


 たった一度攻撃をいなされただけで、重たい連撃が加わる。アニメみたいにぶっ飛んで逃げることもできず、ジュリーちゃんは勇者の攻撃を受け続けた。


 彼の攻撃は苛烈だ。一撃一撃が重いながらも、追撃に繋げる動作を忘れていない。

 攻撃の際に膝が伸びあがっても、次の一手を打てば腰を落としている。


 決して速くはない。しかし間に挟まるわずかな無駄のすべてを省いた、まさにステータスが低い者のための技。それが彼の拳だった。


 本来なら対応できるはずの速度にも関わらず、ジュリーちゃんは甘んじてこれを受け続けるしかない。反撃どころか、攻撃を防ぐ隙もないのだから。


『どうした、この程度か!』


 ……しかして、その有利状況を崩したのは勇者だった。


 なんと、それまでまったく崩さなかった攻撃の姿勢を一瞬止め、顔面への防御を間に合わせたジュリーちゃんの腹部に対し鋭いサイドキックを放ったのだ。


 ジュリーちゃんはガラ空きの腹に踵がめり込み苦悶の表情を浮かべつつ、迷宮の壁へ向かって吹き飛ぶ。


 背中から思いっきり打ち付けられた彼女は、しかしグラつく脚に活を入れて踏ん張った。


『やっぱつえぇな、勇者。アタシの拳が当たらないどころか、攻撃する暇すらないなんて』


 ジュリーちゃんは大きな青痣を滲ませるお腹を抱えることもなく、その拳と闘志を勇者へと向ける。


『お前こそ大したものだ。普通、これだけの攻撃を受ければ戦意を失うだろう。少なくとも人間ならこれで終わりだ』


 未だ立ち上がり拳を向けるジュリーちゃんに対し、勇者は賛辞を贈る。

 彼女ほど覚悟の据わった者は、人間でもそういないだろう。


『拳じゃアンタに勝てねぇってわかったよ。それにステータスも。けど、最後にこれを試さないわけにはいかないんでなァ!』


 直後、ジュリーちゃんの身体が元の姿に戻り、そのまま2m近くまで『巨大化』する。


 技術で敵わないのなら、体格差で勝とうと考えたのだ。

 もちろん勇者に腕力で敵うはずなどないが、彼女の誇りがそうさせる。


『お前の覚悟は認めよう。しかし、だからこそ言う。俺に勝ちたいのなら、力に頼った戦い方はやめることだな』


 四本足で身体を支え前面の両腕を大きく振り上げるジュリーちゃんに対し、勇者は先ほどのよりも雑な姿勢を取る。


 だが、それが魔物と戦う時の勇者なのだろう。


 振り下ろした拳は空を裂き、勇者の足で地面に縫い付けられた。

 そして彼は左手の義手を突き出す。


 軽く頭部に指を置き……。


 ほぼゼロ距離からの掌底。衝撃は分厚い外骨格を無視してジュリーちゃんの内臓を駆け抜け、流動的な軌跡を描いて収束した。


『安心しろ、俺も人質を取られている。殺しはしない』


 ジュリーちゃんの巨体がガクッと崩れ落ち、第三階層の入り口に空虚な静寂が訪れた。

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