第十九話 大勝負ッ!

『ご覧になりましたか、レジーナ様』


「ええ、もちろん」


 私はエイニーちゃんの目を通して、シャルルの戦いの全容を見ていた。もしシャルルに危険が迫ったら、私の全レベルを捧げてでも守るつもりで。


 もしそれでシャルルが進化してしまっても構わない。私が強くなって、彼のレベルが高い状態を維持できるようになればいいだけだ。そう、思って。


 ……しかし、そんなものは杞憂に終わった。


 シャルルの戦いは、どこまでも一方的で作業的だった。


 エイニーちゃんの目を通して『解析』を使ったけど、相手の戦士階級は平均レベル70のCランク。働き蜂も平均レベル50以上と、決して弱い集団ではなかった。


 そして女王はLv97。ランクこそDだが、いくつも強力なスキルを有しており、経験と組み合わされば私でも苦戦する相手のはずだ。


 それがただ一方的に、なんの反撃も許されず全滅。数値上のことだけを見れば、絶対にありえないはずだった。高レベルの集団が、レベル差10程度の相手一人に嬲られるなど。


『どうやら私たちが思っていた以上に、シャルル様はお強いようです』


「そうね」


 ここで素直に、シャルルがかっこよかったとか素敵だったとか喜べたら、どれほど良かっただろう。私にはそんな甘い思考ができない。


 『感覚共有』を通じて伝わってきたのは、戦い方だけではない。断片的にではあるが、女王とシャルルの会話も聞き取ることができた。


 その中で幾度も出てきたキーワード。『流浪の勇将』。


 推測するに、シャルルは私のところに来るずっと以前から、各地の迷宮を渡っていたのだろう。

 そして今の私と同じように、迷宮の作り方をレクチャーし、戦力としても活躍した。


 目的は当然、迷宮蜂という種の繁栄。私の目には、彼が嘘を言っているようには見えなかった。


 もちろん、オベイロンに対する復讐もあるだろう。しかしそれは希望であって、目的ではないような気がした。

 彼はきっと、オベイロンなどどうでもいいのだ。倒せるのなら倒したい。それだけ。


 しかしわからない。彼が何故、そこまでして迷宮蜂の繁栄を望むのか。自分が仕える迷宮の繁栄ではなく、迷宮蜂全体の繁栄。


「こればっかりは、本人に直接聞かないとわからないかな」


 シャルルのことわかってたつもりだけど、本当は私なんにも知らなかった。

 あの子が何を考えているのか、何を望んでいるのか、ちゃんと話し合わないと……。


『女王レジーナ様、これでシャルル様の一件は終わりです。気になることもあるでしょうが、貴女様には他にやるべきことがあるでしょう』


「そうだね。シャルルのことはシャルルのこと。私のことは私のこと」


 エイニーちゃんに指摘されて思い出した。彼に夢中になっていたら、彼が帰ってきたときなんて言われるか。


 私はおもむろに、『Queen Bee』に意識を集中させる。


 このスキルには、蜂関係や支配関係のスキルがいくつも統合されているのだ。『解析』を使って、ようやくその全容がわかった。


 中でも今重要なスキルは『産卵』。女王として必須のスキルだ。

 これを使えば、つい先日受精したばかりであっても今すぐ子を成すことができる。


 しかし、何の代償もなしにというわけにはいかない。子どもを急成長させるのだから、私の体内にあるエネルギーはほぼすべて持っていかれるのだ。


 当然ながら、普通に暮らしている程度のエネルギーで子どもたち全員分の肉体を作り出すことはできない。だから、不足分はすべて魔力で補われる。


 要するに、このスキルはかなりの高レベル、高魔力でなければ危険なのだ。知らずに使えば、子ども共々死に絶えることになる。


「ま、流石にLv100を超えてれば大丈夫だけどね。私ランクAだし」


 進化する前なら、きっとこのスキルは使えなかっただろう。魔力が足りず干からびていたはずだ。


 と言っても、『世界樹の支配者』を獲得した今なら、世界樹から無理やり魔力を引き出すことも可能なんだが。


「レジーナさま! 第七階層の巣、準備が完了しました。今長肢蜂の皆さんが集まってくれています! 予定通りお願いします」


 私がスキルの確認をしていると、最奥の間にサガーラちゃんが入ってきた。


 彼女に連れられて向かうのは、第七階層にいくつも存在する巣の一つ。一般的なスズメバチの巣がすっぽり入る大きさの穴だ。


 ここには燕蜂のみんながすでに巣を作ってくれている。かなり立派な巣だ。

 迷宮の一部ということで、『迷宮強化』と『巣強化』によってとんでもない頑丈さになっている。


 中には多くの長肢蜂が集まっており、今すぐ子育てを始めようという雰囲気だ。


「じゃ、じゃあ、始めます!」


 私は本格的に、『Queen Bee』へ力を込める。すぐさま、体内で栄養と魔力が消失していくのを感じた。


 今までに感じたことがないほど、一息に体力が奪われていく。きっと、シャルルと出会ったばかりの私であったのなら、この段階で死んでいただろう。


 しかし、栄養が尽きかけた時点から、吸収されるものは魔力だけに限定されていく。


 私の魔力は膨大だ。普段使うことはほとんどないが、シャルルとクオンさんを足しても届かないほどに膨大だ。これが、女王蜂の特性なのだろう。


 蜂のお腹の中で、確かに卵が急成長するのを感じる。それに合わせて、私のお腹も膨張していった。


 しかし、不思議と苦痛はない。もともと迷宮蜂は痛覚の薄い種族だが、ことさらに苦しくないのだ。これは、我が子を産むという現象がそうさせているのだろうか。


 お腹をさすると、私の子どもたちがそこにいるのがわかる。まだ卵の中だけれど、確かに命を感じるのだ。早く生まれたいって、そう言っている気がした。


 大きいお腹。身体は普段よりもずっと重く、しかし苦しくはない。不思議な感覚だ。


 私は巣にある六角形の穴に張り付くと、お尻をそこに差し込む。自分が楽な姿勢を取り、六角形の側面にお尻を押し当てた。


「ん、……はぁ。はぁ」


 ゆっくり、じっくり。卵一つに長い時間をかけ、慎重に産んでいく。

 人間とは違い苦痛がないのは幸いか。


 というか、苦痛がない分幸福感がある。私は今、産卵をしているのだ、と。シャルルとの間に生まれた大切な子どもたち。私の新しい家族。


 私はこの瞬間、確かに満たされていた。シャルルと交わったあの時もそうだったが、蜂になった今でも、私は人間のような感情を忘れずに持っている。


「んん。っあ!」


 ぬるりと、私のお尻から卵が出て壁に張り付いた。

 今はとても小さな卵だけれど、私のスキルでまた急成長するだろう。長肢蜂のみんなも、子育てを楽しみにしている。


「……でも、これがあと何十個、何百個ってあるんだよね。蜂のママも案外楽じゃない」


 シャルルが調子に乗って『強制受精』に『限界突破』を加え、私もその場の勢いで『Queen Bee』に統合されている『排卵』のスキルをフル稼働させた。


 その結果、おそらく通常の蜂には考えられないほどの受精卵が私の体内にあるはずだ。

 だからこそ、燕蜂のみんなにはわざわざフルサイズの巣を用意してもらった。


 私はスキルによって奪われた体力を魔力で無理やり補い、次に控えている子どもたちのために頑張る。もし私がここで産卵をやめてしまえば、この子たちは産まれてこれないのだ。


「シャルル、私も頑張るから……!」


 シャルルが帰ってきたら、話を聞く前にいっぱい褒めてもらおう。いっぱい触れ合おう。

 そしたら、私もシャルルのことを褒めるのだ。頑張ったねって。真面目な話をするのは、それからでいい。


 生まれてまだ数週間。前世を含めた私史上最大クラスの大勝負に、私は挑んだ。

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