第十七話 猛将VS勇将

~SIDE シャルル~


 俺はたった一人、長い道を歩く。ただひたすら、まっすぐに。

 行先はわかっている。方角も道順も、すべて頭に入っているのだ。


 それはなぜか。行く、というよりは、帰る、に近いからだろうな。

 この先の道は、昔幾度となく通った場所だ。思い出も多い。


「だけど俺は、今からその思い出を打ち砕きに行く。美しく強い女王とともに、新たな道を進むために」


 俺の目的はたった一つ。かつてこの世界樹の森で栄華を極めた、俺の古巣を叩き潰しに行く。それだけだ。


 時刻は昼を過ぎ、夕方の少し前。この時間はワイバーンも遠くへ行き、森を歩くのに危険はない。


 なぜならば、ワイバーン以外にこの俺を止められるものなど、もうこの周辺にはいないからだ。

 もっと奥、妖精王の領地まで行けば俺など羽虫同然だろうが、この森では強者に当たる。


 今の俺はLv84。結局あの後、心配だからと言って多めにレベルを渡されてしまった。


 しかし、レジーナには気を付けてもらわなければならないな。彼女のレベルは、彼女の眷属たちから集めたものだ。もちろんどんなふうに使おうと彼女の自由だが、一人を贔屓することは、集団として褒められたものではない。


 だがちょうど良かった。なぜなら俺は……。


「ッチ、間抜けが多くて困る」


 森を歩く俺の前に、一匹の鷲が降り立った。その鋭い眼光は、今すぐ俺を射殺さんとしている。


 ……歩みを進めれば、当然魔物に遭遇するものだ。知能の低い魔物は常に力を欲し、自分の危険など顧みずにレベルアップを目指す。だから、より強いものに挑もうとするのは魔物の本能だ。


 当然ながら、俺にもその本能はある。知能の高い種族とはいえ、生物の根幹に刻まれたそれは、そうやすやすと覆せるものではない。


 ……しかし、俺は彼らを哀れに思う。そしてまた、その本能に従順になることの危険性を、改めて理解した。


 後ろを振り向くと、そこには間抜けにも俺に挑んだ魔物の死骸が転がっている。

 クマだのオオカミだの、はては巨大ゴキブリだ。そのすべてが、なすすべなく命を落とした。


 当然今現れた鷲も、もう俺の敵ではない。拳の一撃で仕留めて見せた。


「……カール!」


 一直線に森を歩いていると、不意に樹上から声をかけられた。その声は疲弊している。けれど聞き馴染みのある声であったのは、間違えようもない。


「やはりだ。カール、俺たちのところへ戻ってくる気になったんだな!」


 声をかけてきたのは、古巣の同士。同じ戦士階級の男、サーデンだ。

 猛々しかった金髪は力を失い、たくましさを見せつけた肉体はやせ細っている。


 迷宮一番の力持ちだった猛将が、見る影もない。


「……その名はもう捨てた。今の俺はシャルルだ。……お前たちの掲げるカール帝は、もうこの世に存在しない」


「安心しろよ、女王ももう気にしていない。きっと寛大な心でお許しくださるはずだ。それに、お前がいれば俺たちはまたやり直せる。クソったれのオベイロンをぶっ倒して、俺たちが天下を取るんだ! そのために、お前もここに来たんだろ?」


 早口でまくし立てるサーデンの言葉が、今の俺にはとても不愉快だ。


「……あの女王の下で、妖精王オベイロンに勝てるわけないだろ。お前たちは見通しが甘すぎる。そんなんじゃ、オベイロンどころかティターニアにだって敵わない」


 その昔、俺たちの迷宮は妖精王に蹂躙された。当時この世界樹の森を支配していた俺たちも、ランクSが二人もいる集団に敵うはずがなかった。


 ……彼らの目的は世界樹だった。そこまで行くのに、俺たちの迷宮は目障りだったそうだ。

 ただそれだけの理由で、俺たちの家は壊され仲間は殺された。


 さらに言うのならば、オベイロンとティターニアが求めていた世界樹は、アレではなかったらしい。


 彼らが求めていたのはアクシャヤヴァタではなく、ユグドラシルだったのだ。

 彼らはそれを知ると、妖精王の領地へと帰って行った。


 勝者の権利を、彼らは放棄したのだ。隷従も占領もなく、本来の目的すら投げ出し、彼らは帰った。残された俺たちは、ただ己の弱さを見せつけられただけだった。


「俺はあの女王の下に帰るつもりはない。決着を付けに来た」


 女王は妖精王オベイロンを敵視している。彼を倒すために仲間を産み、戦わせ、また産んでは戦わせる。彼女はもう、繁栄ではなく闘争を望むようになった。


 俺だって、妖精王への復讐を考えなかったわけではない。むしろ、俺はアイツに再戦し勝つつもりだ。しかし、狂気の女王では無理である。


 そう、『支配』のスキルで配下を従わせ、時として仲間同士ですら争わせるあのような女王の下では、繁栄と祝福の溢れる妖精王には敵わない。


 だからこそ、俺はレジーナに近づいた。最初は本当に、それだけだったのだ。

 彼女ならば、妖精王にも勝てる可能性がある。そう思ったから……。


「お前こそ、俺のところに来るつもりはないか? 全盛期を取り戻せてはいないだろうが、俺が今仕えている女王ならば、お前の力を正しく扱えるはずだ」


 サーデンは強い男だ。スキルは筋力に偏っており、己の数十倍もある魔物を小枝のように振り回す。全盛期の彼ならば、戦力として申し分ない。


「流浪の勇将カール帝。主を転々とするお前にはわからないだろうが、俺は女王以外にこの拳を捧げるつもりはない。オベイロンへの復讐もあるが、俺は女王のために戦う」


 ……一応『解析』を使っておいたが、女王に支配されている様子はない。

 進化が難しい女王種が、まさか俺の『解析』を掻い潜れるとも思えない。


「そうか。……なら仕方がないな! かつての友よ、俺はお前をこの手にかけなければならない」


「やはり、そうなるのか。お前は徹底して、古巣を潰しにかかるな」


「俺がそうしようと思ってしているわけじゃない。お前たちがしつこいからだ。これ以上は、うちの女王様にも被害があるかもしれない。それに……」


 ……こんな間抜けどもが下手に妖精王オベイロンを刺激して、こちらに矛先が向かないとも限らない。


 こっちはただでさえ勇者相手に忙しいのだ。そこに、またランクSの敵が襲ってきてはたまらない。


「拳を握れ、サーデン!」


「最期の闘争だ。楽しませてくれ、カール帝!」


 ……悪いな、サーデン。お前を楽しませるほど、余裕はない。


 樹上から拳を向けるサーデンに対し、俺は跳躍で答えた。


 俺の肉体は瞬時に木の幹を駆け上がり、サーデンの拳をすり抜けて胴を弾く。


 『格闘』のスキルが乗った拳が与えるダメージは、ただの鍛錬でどうこうできるものではない。

 俺ほどの高レベルであれば、ただ一撃で致命傷を与えることも可能である。


 ……しかし、昔の猛将は健在だったらしい。

 俺の拳をまともに受けたにも関わらず、そのまま組んだ拳を振り下ろしてきた。


 上下の有利を生かした最上の一手。だが、素直に受けてやるわけにはいかない。


 俺はサーデンの拳を右手で受け、右足を幹について軸にし縦方向に一回転。衝撃を完全に受け流し、その勢いすら利用して打撃を叩き込む。


 俺の左脚は大きく弧を描き、遠心力を極限まで乗せてサーデンの肩を打ち抜いた。


 樹上で体勢を崩したサーデンはそのまま落下し、その巨体を地面にたたきつける。

 今度は俺がマウントポジション。木から落ちつつ、最上の一撃を狙う。


 しかし、背中から落下した状態のサーデンは、軽く引いた腕をこちらに構えていた。


「かかったな、カール帝ッ!」


 迫るサーデンの拳。彼の瞬間的な対処能力の高さには、本当に驚かされる。攻撃を受けつつ、こんな罠を用意していたとは。だが……。


「悪いなサーデン、これはただのレベル差だ。『剣術』」


 貫手の状態で構えた俺の手は、サーデンの分厚い拳を切断しそのまま胸を貫く。スキル『剣術』に『限界突破』を付与すれば、素手でも刃物さながらの切れ味を生み出すことができる。


 そのまま手を一周。内臓や筋肉を切断して心臓を抜き取り、サーデンは絶命した。

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