第十一話 全員ウチで面倒見てやんよ!

「ったく、急にレベル1にするとか、レジーナも容赦がないよな」


 迷宮の入り口。一番大きな穴で、私とシャルルはみんなの帰りを待っている。あれほどのことがあったのだから、最奥の間で待っていることなんて私にはできない。


「でもびっくりしたよ。人間に変身してたシャルルが、急に蜂の姿に戻っちゃうんだから」


 そう、私が彼のレベルを吸い上げた瞬間、彼は蜂の姿に戻っていた。

 私の個人的な趣味で人間の姿をさせていたから、あのときは本当に驚いたものだ。


「当たり前だろ。Lv48を下回ったら、俺はランクDに降格する。進化で獲得した『変身』『解析』『隠蔽』とかのスキルは失われるんだ」


 Lv1になった瞬間、シャルルは急激に弱体化した。あらゆるスキルが制限を受け、ランクも降格。本人も体力的にキツイところがあったらしい。


 レベルを急激に落とすのは、身体への負担もあるみたいだね。私は11しか下がってないけど、シャルルは49も下がったからなおさら。


 ちなみに、私たちのレベルはもう戻してある。どうやらシャルルも、Lv48を超えると再びランクCに昇格できるようだ。スキルも戻ってきた。


 ひとまずはこれで元通り。エイニーちゃんが戦闘中に獲得した経験値は、すべて彼女のものになっている。


「……ありがとうございました、女王レジーナ様。あなた様のおかげで、誰一人欠けることなく無事に帰ることができました」


 と、そんなことを話していたら、エイニーちゃんたちが帰ってきた。彼女は私と目が合うなり、感謝の言葉を口にする。


 その声にはどこか熱がこもっていた。どうやら、相当怖かったみたいだね。

 私は思わず、蜂の腕で絡みつくように彼女を抱きしめた。


「お礼なんて言わなくていいよ。みんなを危険に晒したのは私だから。怖い思いをさせちゃったね。今日はもう探索には行かないで、巣でゆっくり休んで」


「女王様……。ありがとうございます」


 私がエイニーちゃんを強く抱きしめると、彼女も私のことを抱きしめ返してくれた。どうやら、蜂でもこの感情は伝わるらしい。愛だね。


「にしても安心したよエイニー、お前が進化していなくてほっとした」


 私たちが熱い抱擁をかわしていると、横からシャルルがそんなことを言ってきた。


「どういうこと?」


「エイニーは一時的にしろLv90になってただろ? もしその状態で進化してたら、進化条件のレベルが30から一気に90まで引き上がるんだよ。ホラ、俺だってLv48にならないと進化できないだろ?」


 あ、そうか。レベルを吸い取るとランクは下がる。そのとき、再び進化するのに必要なレベルは固定されるんだ。


 エイニーちゃんにずっと私たちのレベルを預けておくわけにはいかなかったし……もしかして、めっちゃ危険なことやっちゃった!?


「あれだけの数を相手にしたから、大主神アストラがエイニーの功績を認めるかと思っていたが……どうやら杞憂だったみたいだな」


「はい。数こそ多かったですが、今回はずっと一方的な戦いだったので、功績としては認められなかったようです」


 よかった。これでもし進化しちゃってたら、エイニーちゃんは一生Lv90にならないとランクCにもなれない身体になるところだった。


「本当にごめんね、エイニーちゃん。私、そういうの全然考えてなかったよ。ホントに軽率だ」


「女王様が謝ることなどありません。それに、もし私が進化できない身体になっても、女王様の迷宮にいれば安心ですから」


 本当にいい娘だなぁ、エイニーちゃん。私のポカで一生モノの傷を負うところだったのに。もっと私を責めてもいいんだよ?


「あ、そういえば女王様。外で待たせている人がいます。ついてきていただけますか?」


「待たせてる人? わかったよ。他の子たちは先に巣へ行って休んでて。ここからは私の仕事だよ」


 私は他のみんなを先に巣へ戻し、シャルルとともにエイニーちゃんの後ろをついていく。


 疲れているだろうにこんな役を買って出てくれるとは、エイニーちゃんは働き者だなぁ。

 ……そこがちょっと心配でもあるんだけど。


 連れてこられたのは、以前エイニーちゃんと出会った花畑だった。思えば、ここでシャルルやエイニーちゃんと出会ったから、こうして生きていられるんだ。


「こちら、我が迷宮の主、女王レジーナ様です。レジーナ様、こちらは燕蜂の長代理、クオン様です」


 お、おう。マジか。


 紹介されたのは、先ほど壊滅させた燕蜂の代理さんだった。当然ながら、目を合わせてこない。ステータスを見せたくないんだろう。


 全身真っ黒の外骨格に、胸の部分だけが赤い。長肢蜂のエイニーちゃんよりも小さく、お尻には針がない。オスか。


 老齢……とは言わないけど、少なくとも現役ではない。しかし、いつでも現役を取り戻して戦えるという気迫を感じる。


「ご紹介に預かりました。ワタクシは燕蜂の女王サザーラ様の側近、クオンと申します。本日は、女王レジーナ様に折り入って頼みがあり、このような場をいただきました」


 女王の側近クオンさんは、とてもかしこまったようにそう言った。ってか、燕蜂の黒い外骨格がめっちゃ怖い!


 ……ってあれ? このクオンさんは迷宮蜂ではないし、当然私の眷属でもない。けど、『共通言語』が問題なく発動してる。どういうこと?


「は、はあ。それでお話というのは?」


「実は、先ほどの攻撃魔法で我らの巣が滅んでしまいまして、偶然外に出ていた者以外は巣ごと死んでしまったのですよ。もちろん、女王様も……」


 ギラリ。目は合っていないのに、確かに彼の視線が鋭くなったのを感じる。


(もしかしなくても、めっちゃ怒ってるよね!? 巣を壊した挙句生き残った仲間もめっちゃ殺しちゃったから、すごく怒ってるよね!?)


 ちょ、ヤバい。お互いステータスを見られないよう目線を合わせないけど、それ以上に怖くて目が合わせられないよ!


「……そこで、まことに勝手ながら、迷宮蜂の女王レジーナ様の傘下に加わりたく!」


「す、すいません本当にすいませ……へ?」


 い、今この人なんて言った? 傘下に加わりたい? 私の幻聴じゃなきゃ、仲間になりたいって言った?


「聞けば、女王レジーナ様は世界樹に迷宮を持つお方だと。そして先ほどの攻撃。かなり高レベル、高ランクの女王様とお見受けします。禍根もありましょうが、ワタクシどもも群れの存続が最優先です。何より、強き者に従うのは本能にございます。どうか、我らの忠誠をお受け取りください!」


(す、すいません! Lv11のDランク、クソ雑魚女王です! たぶん、クオンさんが期待しているほどの力はうちにはありません! ってか、勇者に狙われてて世界一死が近い迷宮蜂なんです!)


 と、声に出して言えたらどれだけ良かっただろう。


「どうしようシャルル。巣を壊滅させたのは私なのに、なんか悪いよ」


 私は小さな声でシャルルに耳打ちした。こんな時相談できるのは、やはり経験のあるシャルルだ。


「レジーナ。巣を壊滅させたのなら、生き残った者の面倒を見るのは義務だ。このまま彼らを放置すれば、もっと最悪の結果が待っている。言っただろ、女王を失った巣に未来はない」


 そ、そっか。生き残った者の面倒を見るのは義務か。

 ……うん、そうだよね。このままクオンさんたちを見捨てることなんてできない!


「わかりました。それではクオンさんのお仲間、全員私の迷宮で面倒を見ます。数はどの程度ですか?」


「はい、生き残ったのは全部で152匹でございます!」


「ひゃ、ひゃく!?」


 あれだけの攻撃を受けて、そんなに生き残っていたんだ。


 いや、長肢蜂みたいに小規模の巣を作る種類じゃない。そのくらいいて不思議じゃない……?


「わ、わかりました。それでは全員、私の眷属になりなさい! 『Queen Bee』!」


 ま、まあ迷宮は七階層まであるし、どうせもっと巣の規模を大きくしたいと思ってたからちょうどいいかな。


 けど……迷宮蜂の迷宮に、本当の迷宮蜂はたった二匹ってどうなの?

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