第八話 女王蜂にレベル上げは難しいです!

 あれから二週間が経過した。結局迷宮は七階まで作り、罠を設置する体力もなくなって放置している。


 それでもまだ、この世界樹から見れば1%にも満たない規模だ。

 円周は両腕を広げたシャルルが200人いても足りないほど。高さは雲すら突き抜け、まさに天を支えているかのよう。本当にデカい。


 各階層には数か所、蜂サイズでなければ通れない穴を用意し、わざわざ入り口まで行かずとも外へ出られるようになっている。さすがにここまで大きくなると、入り口から最奥までとてつもない距離だから。


 しかし、どうやらこの『クリエイトダンジョン』というスキル、そこまで万能ではないらしい。使っているとすぐに体力が持っていかれるのだ。


 現状、一階層作るのに丸一日かかる。そのうえ、次の日は疲労で動けない。迷宮の拡張に二週間もかかるとは私も予想していなかった。


 できれば早急に罠設置を進めたいところだけど、今日も疲労がたまっていて無理そうだ。昨日はかなり無茶をして迷宮の作業に取り掛かったから。


「というわけでだね、シャルルくん。私は疲れているのだよ。わざわざ最奥の間に呼び出して、いったい何の用かな?」


 外へ探索に出ていたシャルルが、帰ってくるなり私を呼びつけた。


「……少し事情が変わった。勇者に関してはまだ時間があるが、今すぐにでもレジーナにはレベルアップをしてもらいたい」


 ふむ、どうやら真面目なお話のようだね。まあ、シャルルがわざわざこんなところに呼び出したんだから、そりゃ当然か。


「何があったか聞いても?」


「当然だ。主に隠し事はできない。……俺の、昔の巣にいた女王が、ここを見つけ出した。どうやら向こうは、俺を取り返したいらしい」


 ……なるほど。それは少し厄介な問題だ。

 蜂系統の別勢力。つまりは、縄張り争いの延長というところか。


 確かにシャルルは強い。事実、蜂最大の武器である毒を持たないオスでありながら、私の迷宮における最高戦力だ。取り戻したいという気持ちはわかる。しかし……。


「シャルル一人では対処できない。そして、向こうさんはシャルルの意思を尊重するつもりがない。……そういうことだね?」


「話が早いな、その通りだ。本来自由であるはずのオス蜂を、あの女王は支配しようとしている。そしてまた、彼女に協力する者たちも、それを良しとしているんだ」


 オス蜂は生来、自由である。少なくとも迷宮蜂においては、オス蜂がひとつの場所にとどまることはない。よほど良い環境でなければ。


 それは、種の繁栄のためでもある。オス蜂が他の巣を訪れ、女王と交配する。そしてまた新しい巣が出来上がり、迷宮蜂は勢力を拡大していく。そう、今の私たちだ。


 つまるところ、シャルルが昔の巣に戻らなければならない義理はない。これは迷宮蜂としてではなく、その女王個人としての考えだろう。


「わかったよ。世界樹の迷宮にいる間は安全とは言え、最大戦力であるシャルルが探索に出歩けないのはこっちとしても困るからね。私としても早めに対処したい」


 現在この世界樹周辺には、ランクBのワイバーンが住み着いているらしい。もう少し落ち着いたら対処しようと思っていた。


 そこには当然、シャルルも連れて行かなければならない。その障害となるのならば、先にそちらを潰しておくのが良いだろう。


「それで、具体的に私は何をすればいいのかな? 今からシャルルよりも強くなれっていうのは、ちょっと厳しいんだけど」


「そんなことはないさレジーナ。まずはLv10を目指してくれ。そうすると、『Queen Bee』に『経験値再分配』というスキルが追加される。これがもたらす効果は……言わなくてもわかるな?」


 『経験値再分配』。たぶん、眷属のレベルを操作するスキルかな。


 今私の迷宮には、平均レベル30の長肢蜂が20匹いる。全員ランクはDだ。

 そして、その彼女たちからレベルを1ずつ貰えば……。


「簡単にランクCに昇格できる。『アストラの承認』があれば条件は解放されるから、CどころかAまで飛び級できるってことね」


「その通りだ。ランクSにはまだなれないが、『経験値再分配』があれば、Lv90でレジーナはランクAに進化できる。迷宮蜂にとっては、女王が高レベルであることこそ群れ全体の戦力を引き上げることにつながるんだ」


 こりゃとんでもない。迷宮蜂の女王にはそんなチートスキルがあったのか。でも、それってつまり……。


「それじゃあ、向こうの女王もすでにかなりのランクに昇格してることにならない? お手軽にレベルだけ上げられるのは、何も私だけの特権じゃないし」


「いや、それはない。むしろ迷宮蜂の女王は、進化が一番難しい種族としても知られているんだ。それは当然、大主神アストラに認めらるだけの功績を上げられないことにある。自ら戦うことのない女王蜂に、進化の権利は与えられない」


 簡単にはいかない。そうか、やっぱり『アストラの承認』を持って生まれた私は、かなりラッキーだったってことだ。


「Lv120のCランクと、Lv90のAランクでは天と地以上の差がある。スキルの数に身体能力、魔法適正、作り出せる迷宮の大きさに関しても、進化前と後では次元が違うんだ」


 シャルルは力強い視線でそう言った。本来Lv30で進化できるところをLv48まで進化できなかったシャルルには、並々ならぬ思いがあるんだろう。


「それにな、レジーナ。Lv1の身体は弱い。君は戦力の増強をしたいと言っていたが、Lv1では出産に耐えられないぞ。少なくともランクCに昇格しなければ、生まれる子が死ぬどころか、君だって死ぬ。これだけ大規模な迷宮を満たすのなら、それこそランクA以上でなければ」


 ま、マジか。いや、そうだよな。出産はどの生物にとっても大きな危険を伴う。レベルを上げて頑丈な身体を手に入れなければ、危険極まりない。


 私はこれから、多くの子どもたちでこの迷宮を埋め尽くそうというのだ。それが、出産の最中に死にましたでは話にならない。


「けどねシャルル、重大な問題がひとつ。この迷宮、世界樹の力が強すぎて侵入者が来ないんだよ。今から罠を設置しても、それを踏んでくれる敵がいないんじゃレベルの上げようがない」


「な、なるほど。確かに、女王蜂の戦闘力は働き蜂に劣る。罠で経験値を稼げないのならば、いったいどうすれば……」


 それを私もずっと考えていたんだよね。もちろん、私だって低レベルでいるつもりはない。けど、敵を倒せないんじゃどうしようもないんだよ。


 この世界樹からあふれ出している魔力、どうにかして止められないもんかなぁ。強い敵が来ないのは良いけど、レベル上げを封じられるのはめっちゃ困る。


「働き蜂は生まれながらにして通常スキル『加速』を持っている。だから、普通の魔物程度に追いつかれることはない。だが、女王蜂にはそれがない。戦闘をするのに、離脱用のスキルがなければ危険だな」


 そうそう。ただでさえ戦闘系のスキルが全然ないんだよ。まともな攻撃手段は『毒創造』くらいで、他は全部群れを指揮するようなスキルばっかり。


「まあ、迷宮蜂はもともと高い機動力を持ってるから、低レベルの魔物に追いつかれるわけないけどさ。それでもランクCとか、ちょっと強いやつに当たったらおしまいなのよ」


「むむむ、女王蜂は『経験値再分配』を手に入れるまでが困難だったということか。それは知らなかったぞ」


(いや、普通の女王蜂なら迷宮に敵がやってくるんじゃない? それこそ虫系統の魔物とか)


 と、思いはしたが、あえて口にすることもあるまい。


「レジーナ。ならいっそのこと、迷宮内部から敵を先制攻撃する罠を設置してみないか? 威力は大したことないと思うが、多少ダメージを与えられれば、あとは長肢蜂に任せて経験値が手に入るはずだ」


「え? そんな便利魔法があったの!? ちょ、それを先に行ってよ!」


 シャルルめ、そんな魔法があるならこんなに悩むこともなかったのに。多少時間がかかるとしても、Lv10まで行けば私の勝ちだもんね!

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