第25話 情報の整理


 拠点奪取は成功した。


 喜ぶべき事柄だが、達成感に浸ってはいられない。俺達は機械軍の少年兵として駆り出されていた可能性が浮上した。


 この推測が本当なら、おそらく施設内は機械の監視下に置かれている。俺達が気付かなかっただけで、自室に盗聴器の類が仕掛けられていてもおかしくない。


 大規模な作戦を終えたことで特別休暇が与えられた。


 訓練をサボると体がなまる。俺はそれを言い訳にして早朝のジョギングに努める。ミカナと肩を並べて、靴音をカモフラージュにして言葉を交わす。


「例の手記だけど、罠じゃないの? 私達にそう思わせて離反させるための」

「可能性はある。でも思い返すと、俺達が生きてきた環境には不自然な点が多すぎる。例えば俺達が遊びに行った遊園地だ。人が少な過ぎだよ、あれは」

「それは私も思った。どうやって維持費を捻り出しているんだろうって不思議だったんだよね」


 俺達は軍人。土日でも出撃することは多々ある。


 一般人はそうじゃない。プランテーションが少年兵育成の区画だとしても、住み着く人全員が軍属なんてあり得ない。電気や水道、その他もろもろの専門知識を持つ人材がいなければ施設での生活は成り立たない。


 機械の反乱が起こってから、人類は優れた人工知能の生産を規制している。過度な危険が伴わない仕事は人が行う。


 プランテーションでの作業も同様だ。その手の職に就く人々は、土日や祝日に休みを謳歌するはずだ。


 俺達が遊園地で見かけた人の数は片手で足りた。あの類のアトラクションには運営費や維持費の問題が付きまとう。過疎にしたって限度があるのだ。


「不審な点は他にもある。ミカナは、遊園地で見かけた家族以外に大人と会ったことあるか? もちろん三上さんを除いて」


 ミカナが渋い顔をする。十一歳の母扱いされたことを思い出したのだろう。


「会ったことはないけど、少佐は? 私達を指導してくださるじゃない」

「ホログラムに投影された姿でな。映像なんていくらでも作り出せる。言葉を発していたのが人なんて保証はない」

「でもツムギちゃんを治療してくれたのは大人たちだよ? 戦力が欲しくて少年兵を治療するなら分かるけど、ツムギちゃんは文民になるための教育を……」


 ミカナが口をつぐむ。

 思い至ったのだろう。孤児のツムギが、普通じゃ考えられない厚遇を受けた理由に。


「ツムギはギフテッドだ。大方、その頭脳が欲しくて高度な治療を施したんだろうさ」


 目と耳が不自由だったにもかかわらず、たった二週間ほどで同級生を置き去りにした。一からパソコンを組み立てて教師陣を驚かせた。同じことができる子供は、果たしてプランテーション内にどれだけいるだろうか。


「でもギフテッドは出生前診断で分かるでしょう? ツムギちゃんが未開拓地域にいた説明がつかないよ」


 未開拓地域に居付くのは、領から追放された犯罪者くらいだ。ツムギは未開拓地域の小屋にいた。追放するなら、ツムギを残して両親だけ放逐すればいい。


 しかしそうはならなかった。だったら結論は一つだ。


「多分ツムギは診断を受けてないんだろうな。ギフテッドと認定されたら、子供は専用の教育機関に入れられる。あくまで推測だけど、ツムギの両親はここが機械領だと気付いたんじゃないか? 領の外に逃げようとしたけど失敗して、あの場所に留まらざるを得なくなったんだと思う」

「じゃあ、やっぱりツムギちゃんの両親は……」


 言葉にするのも忍びない。俺は首を縦に振る。

 ミカナが目を伏せる。


「……他には、あるの?」

「軍用車両。窓がないのは非合理的だ。外がどうなっているか分からないし、運転を全部人工知能に任せたらクラッキングに対処できない。今までは少年兵に対する風当たりを誤魔化す策だと思ってたけど、俺達の所属が機械軍だとすればどうだ? 妙にしっくりこないか?」


 ミカナがハッとして顔を上げる。


「まさか、私達に別の区画を見せないために?」

「おそらくは。プランテーションはドームに覆われている。外で機械がうじゃうじゃしていても、内側にいる俺達からじゃ分からない」

「そう考えると、中々にホラーね」


 ミカナが小さく息を突く。心なしか、顔色が少し悪いように見える。


 無理もない。俺の推測が合っているなら、プランテーションの外は敵であふれ返っている。逃げ場はない。何がきっかけで皆殺しにされるか分からない。俺もこの想像に至ってからは寝付くのに苦労した。


 怯えるのは仕方ない。

 大事なのはその後だ。これからの行動次第で、俺達の歩む未来は分岐する。


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