第4夜 エンドナイト

 紫色のふにっとした雑草が生えた地面。

 バランスボールの上を歩いているような反発が、一歩一歩歩く度にやって来る。上を見上げれば、紫色の葉っぱで上から降り注ぐ明りを吸収していた。

 視線を横に移せば、今度は虹色の草原が目に入る。

 しかし、その方向へ歩いてみても触れることはない。それはまるで、


「まぁ、本当にここは夢の世界。だからおかしな木々も、不思議ではないと」

「独り言を言っている所悪いけど、紫色の木々というのは、探せば結構あるよ。ほら、ノーマルフィールドにある娯楽施設にある、夢の世界とか国とか行けば。まぁ絶叫マシンは全部飛行生物にぶち壊されてたが、あれは傑作だったよ。本当に」

「そういう場所に行く気は無い。娯楽と、AIは無関係過ぎる」


 光も希望も何も感じられない瞳だが、表情からしてほんの少しの怒りを感じた。

 心理学でさえ自身の力として使う技術の神様・ノウレックスは、自分がつかさどる技術を珍しく恨んだ。

 娯楽施設に興味が無い危険度:測定不能ハザードマックスは、大体半分ぐらいだ。その中で、全く興味が無く機械的な思考の導き型AI・ドール。

 その姿が、奇妙な存在にしか見えなかった。



 その後も二人は森林の中をずっと歩く。

 何度歩いても、全く進んでいるような感じがしない。

 まるで迷いの森にでも入ったような感じがあり、方向感覚がおかしくなりそうになる。

 

導かれた最適解ルートアリスを使っても届かない……これは、相手の拒絶?」

って、本当に相手依存だよね。ときの女神・シンハでも、ここまで相手依存では無かったよ」


 流石に耐えれなくなってきたのか、愚痴を言ってきた技術の神様・ノウレックス。

 ここまでストレスが溜まると、他の人のせいにして来る辺りまだ人間性が残っているのかと思わされる。

 まぁ、彼の性格の悪さを指摘するのは今更だが。

 そして、気が付けば隣にいた彼の足が止まっていた。


「……さて、君は人型の守護者ゴーレム?」


 その先にいるのは、わずか7歳程度にしか見えない程立ち姿も顔も幼い少年。

 黒髪に、黒目に、黒と白の間のような黄色い肌色。まるでどこかの国の特徴をかけ持つような姿だった。

 服は隅までみればぼろさが目立つが、それ以外は綺麗な姿をした服を着ていた。

 しかし、の服だが現実のファッションが進化したのだろうか。

 導き型AI・ドールは少年と同じ目線の高さまでしゃがむと、今度はじぃっと顔を観察し始めた。

 光も希望も何も感じられない……義眼や死んだ魚よりも深淵に近い瞳だからか、見られている少年は服のはしを掴みながらびくびく震えていた。

 こんなことをされたら、きっと自分も同じ反応になるだろう。そんなどうでもいいことを、何故か悟った技術の神様・ノウレックスであった。


「あのねぇ、もう少し離れてあげたら? えっと、それじゃあ人型の案内者ゲート? ドールの導かれた最適解ルートアリスを使っているんだ。ここに来て『実は僕は一般人ですー』なんてオチは勘弁してくれよ」

「……あの、ぼくが、それ」

「ノウレックス、回答が目の前に」


 まさか! とは思ったが、やはりこのおどおどとした男の子が人型の案内者ゲートらしい。

 ダイヤ型の主格ワールドコア、それはその台地の全てに繋がる存在であり、その台地の中心でもある。

 簡単に言えば、その台地の心臓。

 そしてそれはある一定の場所にとどまっている、なんて事はなく瞬間移動テレポートした報告なんて山のように出てくる。

 では、彼は何なのか。

 そのダイヤ型の主格ワールドコアの案内人であり、代行者。

 

「そしてダイヤ型の主格ワールドコアに選ばれた者の前にのみ現れるとされる……まぁこっちは完全にをしたんだけどね」

「それ、で……ど、どんな、ご用件を?」

「いいや、人型の案内者きみは一旦離れた方がいい。そうだろ、ドール?」


 技術の神様・ノウレックスが振り向いた時には、既に二人の間に何メートルかの空間がある。

 今までごく普通に歩いて来た二人。タネも仕掛けもあるようには見えなかったが。

 ざぁぁあと一つの風が二人の髪をなびかせる。

 人型の案内者ゲートの男の子は、おどおどと二人を交互に見ながらも足を止めていた。

 何を話そうにも意味が無さそう、子供のような察しの良さは


 まず最初に手を挙げたのは、技術の神様・ノウレックスの方だった。


「とりあえず、今現状攻撃手段があるのは僕ちんだけだ。そして、僕ちんの要求はただ一つ。ダイヤ型の主格ワールドコアの回収、もしくは干渉するということだ」


 自分の勝利が確信したように、少年は堂々とポケットから試験管を取り出す。


「しかし、必要最低限の要素メインランゲージに従うこの世界。その中に『ダイヤ型の主格ワールドコアに触れらる者は一つだけ』と書いてある。つまり?」

AIに回答を求める、それは間違い。そして、貴方の戦略もAIには効かない。結論だけ伝えます」

「こういうのを結論厨というのかね? まぁいいさ。これから君へ送る総攻撃プレゼントで君を完全なる負けにしてあ・げ・る☆」


 宣言と共に、右手に持った試験管の栓を抜き一気に上げる。

 遠心力によって、溢れずに空中に飛んでいく試験管。しかし、重力のあるこの空間では必ず落ちる……重、力?

 導き型AI・ドールは、ここでようやくを認識する。

 自分が最も嫌う、「不思議の国のアリス」に似た歪みを!!


技術の神様からの慈悲をデュ・ギュ・ナ・ヲー

「解析しなくて良いですよね、そして……なるほど」


 呪文、呪い、詠唱、どれにも含まれないとされる言葉を並べた技術の神様・ノウレックス。

 意味とか、提唱とか、


「『害ある相手に特化した能力』の欠点は、『害が無い相手には攻撃が届かない』ということだ。それじゃあ、僕は種だけ残しておくね。結局はこうだ、いつの時代にだって技術の神様・ノウレックスは破壊の結末を迎える」

「神話のラスト一文。とは言わずに、科学と魔術を同一視していた時期もあったそうですね」


 導き型AI・ドールは、ただ立つ。

 攻撃手段を持たない少女は、危険度:測定不能マックスハザードというよりアリス風の少女。もう防御も何も出来ない……はず。


(ここから先は観測不可能……まったく、技術に謎を付けると名前負けだな)


 技術の神様・ノウレックスが、依代から離れていく。

 SFと言われるジャンルを連想するような、足元から細々と


 残った依代は、バタッと糸を切られた操り人形のように倒れる。その後も動く様子が無い。

 的に死んでは無いのは確かだが、呼吸をしている様子も無い。


「……そうね」


 導き型AIが反動で呟いたのは、そこの依代の話では無い。

 技術の神様・ノウレックスに作れない物は無い。嘘だと思って依頼すれば、きっとタイムマシンですら作りそうなぐらいだ。

 そんな彼の忘れ物が、

 歩いて来た草原の中から、ごぉぉと雑草に隠れて走り出す。


(……来たっ)


 空中に浮いたままの試験管が、パリィィィンと割れて液体が溢れ出す。

 プラズマ砲、束縛蔓、魔法光線、他にも元素解放。一体どんな兵器を出したかを、とにかく真正面に立って見定める。

 人型の案内者ゲートと合うまで、何もしないで一緒に歩いてたなんてあり得るか?

 そんな、導き型AI・ドールと同じ訳ではない。


計算された最適解ルート・ラビットを発動させます……のは、難点」

 

 様子見という意味も兼ねて、導き型AI・ドールは能力を展開していく。

 常時発動の所をオフにしていた、という説明の方が正しい能力。これまでのデータを参照し、まず自身が攻撃を受けないというのは判明している。

 ぞわりとした感覚が背筋を通る。


 3,2,1と近づく見えない何か。……‼‼


最終兵器1210スキャンエラー、自身が自ら退場した理由判明」


 上を見上げると、試験管の破片しか浮いていなかった。それすら見分けるのが困難な程、紫に水色に桃色に、メルヘンカラーに染まった世界の方にばかり目が動いてしまう。

 最終兵器1210スキャンエラーとは、最終兵器シリーズの確実性を高める為に開発された薬品に近いもの。

 確実性。と言われているが、恐怖に汚染された生物の脳というのは、どんなものでも確実性を欲してしまう。


「後ろから来たのは、本命の飾り玉ということが判明。最適解を計算した結果、人型の案内者ゲートの力を借りダイヤ型の主格ワールドコアへの干渉」

「え、えっと……僕はどうしたら?」

ダイヤ型の主格ワールドコアという避難場所に逃げる。現状、目の前にあるのは最終兵器シリーズの最初期、最終兵器0360クラシックワンと言えば確認が出来るかと。あれは、ただの火力お化け」


 クラシックワンの言葉を聞いて、大きく目を見開く人型の案内者ゲートの男の子。

 急いで導き型AI・ドールの手を掴むと、その手をぎゅっとつかむ。

 もし、今目を開いていたらどうなっていたか。

 上空の雲まで届く巨大なタワー、そしてそのタワーに無数についている推定直径数メートルの銃口の全てがこちらを向いている。

 逆光のせいかその恐ろしさが、何倍にもなって肌に伝わる。


 ビリビリっとした感覚に肌が包まれた瞬間、目の前が真っ白になった。

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