銀二さん、再雇用です!

@abo24

第1話 再雇用です

 ─この世界には古くから平和を守る「灯屋」という人達がいると教えてもらいました─




 何も無いだだっ広い空間にデスクが一つ。それと今しがたこの空間に入ってきた木製のドアと他に二つの同じようなドア。


 相も変わらずデスク上には様々な書類が散乱していて持ち主の性格が伺える。

 その持ち主の女は咳払いをしながらネクタイを締め直すと口を開いた。


白波銀二しらなみぎんじさん、今までおつかれさまでした。若い頃から今日こんにちまで数々の死線をくぐり抜け、無事定年を迎えれた事、このアマテラス嬉しく思います!」

 アマテラスが指を鳴らすと「祝 白波銀二さん定年」というキラキラした派手な幕が現れた。


「いやほんとに。その死線に向かわせたのはどこの誰かな?ん?おかげで全身傷だらけです」


「まぁまぁ銀さーん!そんな意地悪言わないでくださいよっ。私だってね下唇噛んで唸りながらの決断で銀さんにお仕事してもらってたんですよ!でも銀さんならやってくれる、必ず完遂してまたここに帰ってきてくれるっていう信頼もあるからこそなんですよ、その辺は分かって欲しいなぁ」


「分かった分かった。で、話は済んだかい?済んだなら」

「それがですねー、あのーなんと言いますか」


 嫌な予感がすると銀二の直感が訴える。アマテラスはこちらの顔色を伺うようになにかもじもじし始めた。


(なんかあったかな?心当たりがありすぎる)


「銀さん、我々“灯屋”《ともしや》は古来より様々な怪異、魑魅魍魎達の退治、対策等、常に危険と隣り合わせの仕事してきました。中途半端では務まりません」

「そうだな」

「その為に若手の教育と技術伝承は必須です!」 

 「中堅の頑張り所だな」

 なんか嫌な予感がする。そう思いながら銀二は適当に相づちをうつ。



「それでですね、そのー、一旦定年退職ではあるんですが、再雇用という形で引き続き残っていただいて若手の教育をしてほしいんですよ!ほら!シニアエキスパートってあるじゃないですかぁ?今流行りの!」

「別に流行ってねぇわ。でもな、私だってもう歳だ。一応鍛えてはいるが膝の古傷は痛むし、若い時に比べたらもう私は…」

「いやいやいや、銀さんには居てもらうだけでもありがたいんです!銀さんの貴重な経験や技術を若手に継承して次の世代へとですね」

 そう言いながらなにやらがさごそとデスクを漁り始めた。普段から整理してないからそうなるんだ、と銀二は呆れた顔で見つめた。


「あー、えっと、どこやったかな…。これだ、これ!渡したい物があって、これをどうぞ」

 アマテラスがくしゃくしゃの紙袋から取り出したのは装飾が施された浅葱色あさぎの小さな正方形の箱と封筒だった。


「引退は先延ばしになりましたけど、ご褒美がなんにも無いのは悪いと思いましたんで。一旦退職祝いです!上手く使ってくださいね!」


 アマテラスは銀二の胸に押し付ける様に渡した。


「なんだ、そんな気遣いできたのか」

「失礼なっ!」

「冗談だよ、ありがとう」

「フフっ。それじゃあ改めてよろしくお願いします。白波銀二さん」


 ──── ̄

 扉を出るとコーヒーの芳ばしい香りが漂ってくる。アマテラス達のいる灯屋の事務所「タカマガハラ」への入り口の一つ、ここは「喫茶御天道」。今年で創業60年を迎える木造建家の小さなお店。ちなみにコーヒーと一緒に付いてくるクッキーがとても美味しい。


 二階の扉から出て階段を降りると2代目マスターの桐生が笑顔で接客をしている。銀二に気付くとコーヒーを一杯入れカウンターから差し出してくれた。

 コーヒーも絶品だが、なによりもこの目当てに来る客も少なくない。

「お疲れ様です、銀さん。その様子じゃあアマテラス様にまた何か言われましたか?」

「あぁ、再雇用と言われたよ。シニアエキスパートとして残って欲しいと」

「まぁ!アマテラス様もそんな横文字なんて使うんですねぇ」

「え、あぁそうだね。まぁ言いたいだけだろうけどね」

 おっとりとした口調に天然な所が良きかな、とアマテラスを見ている時とは別人の顔で銀二はニコニコしている。

「あっ、再雇用の話ですよね!けど銀さんはのんびり余生を過ごすよりは働いてる方が性に合ってますよ。どうせじっとなんてしてらんないと思いますし」

 桐生はショートヘアをゆらゆらと揺らしながらくしゃっとした笑顔で笑う。

 そんな幸せに浸っているとポケットから鈴の音が聞こえてくる。それはタカマガハラから支給された灯屋仕様の携帯からだった。



(今日くらいは休ませてもらえないもんかね)

 店のドアに向かうと桐生は預けていた杖を持って待っていた。

「行ってらっしゃい、銀さん」

「はい、ではでは」


 ───── ̄


 現場の廃ビルに辿り着くとどんよりした空気が体を包む。

 廃ビルの入り口には少年が一人不安そうに中の様子を覗いていた。


「灯屋に電話してくれたのは君か?」

「う、うん。あ、あの春太君はるたが探検に行くって言ったんだけど、ぼ、僕止めたんだけど」

「それで帰って来ないと」


 (先に見つかってなければいいが…)


「少年、名前は?」

「市原光太」

「光太君、お友達は私に任せなさい。ただ、30分経って出て来なければまた灯屋に連絡するといい。“銀さんが帰ってこない”と言えば伝わるはずだ」



 ──── ̄


 湿気た匂いの中、階段を上がると広い空間が広がる。元々会社の事務所だったのか机や椅子などが片付けられずそのままになっていた。

 その真ん中に佇む、黒い襤褸ぼろを纏った長髪の者は紅い眼を光らせこちらを睨む。

 

 “カゲボウシ”、暗がりを好み影から人を襲う怪異。形態は様々で獣の姿をしたものも確認されている。

 銀二は周りを見渡すが光太の言っていた友達の姿は今のところ見えない。

 まだ遭遇してなくて、どこかに隠れている可能性に賭けることにした。

 カゲボウシは不気味に体を震わせると、こちらに向かって飛び上がった。


「人型か。年寄りの私が相手するにはちと重たいな」

 鋭い爪を持った手を杖でいなし、後ろに回り込み杖で地面へと叩きつけ、カゲボウシの反撃をかわすように距離を取る。

「!!」


 カゲボウシはデスクを銀二に蹴飛ばし、手当たり次第に椅子を掴み投げつける。

「こらこらこら」

 自分の周囲も物でごったがえしている。ここは退かない、前へ。

 向かってくるデスクの上を転がり、前へ進みつつ避ける。我ながら良い体捌き。そのまま一気に懐へ潜り込む。相手は咄嗟に両腕を構え防御姿勢を取る。


「そんな防御でいいのか?」

「?!」

鬼逸きいつ流斬術“ゆがみ”』

 左手に持った杖から鈍く光る銀色の刀身が姿を現す。勢いよく真一文字に振り抜いた太刀筋とはカゲボウシの下腹部を斬った。

 何が起きたか分からず怯んだスキを見て追撃しようと踏み込んだその時。


「うぅ、うわぁぁー!!」


 少年の声に一瞬、その場の空気が止まる。

 隠れていたが我慢できずに飛び出してきてしまったようだ。

 カゲボウシの意識が一気にそっちへと向かう。こちらには見向きもせず少年へ走り出す。


「待てっ!っく」

 あぁこんな時に。昔怪我した左膝が痛み力が入らず咄嗟の一歩が出ない。


「うわー!こっちにくんなー!」

 気が動転していて階段とは反対の何も無い方へと進んでいく。



 ──上手く使ってくださいね!


 脳内で再生される今日のやり取り。

 結局あれから説明書も読まずスーツの内ポケットにしまっていた箱を取り出す。


「頼むぞなんか起こせ!」

 箱を握りしめた瞬間、吹き出した煙が全身を包み込む。そのとたん膝の痛みは和らぎ、体は軽くなった。

(全くもって問題ねぇ!これなら余裕で届く!)


 少年にカゲボウシの鋭い爪が迫る。、血飛沫をあげながら迫るその姿を見て少年は恐怖で更に叫び声を上げたその瞬間、銀二は少年とカゲボウシの間に入りそのまま少年を掬い上げた。

 ところまでは良かったが、本人の思っている以上に勢いがあり雑に積まれたデスクの山に突っ込んだ。

 腕の中の少年を見ると気絶はしているがそれ以外に怪我は見当たらない。


 少年を後ろに寝かせカゲボウシへと向かう。

「待たせたな!ま、すぐ終わるけどな」

 体だけでなく気持ちも軽い。

「お返しだ、さっきの!」

 カゲボウシに向かい机を蹴飛ばす。上に飛び上がって避けたところに椅子をヒットさせ、デスクの山の上に落ちたカゲボウシを真っ二つに斬り伏せる。

 斬られたカゲボウシはぼろぼろと光の粒になって消えていった。

 「なかなかいいモンくれたじゃねえか。説明書は帰ってからちゃんと読むか」

 銀二は寝かせていた少年を抱えてビルの玄関へと向かった。

 光太は出会った時と変わらず入り口近くをオロオロと落ち着かず歩き回っていた。


「よぉ光太!友達無事だったぞ!怪我もねぇし良かったじゃねぇか」

 銀二は安心させる為に声をかけたが何やら様子がおかしい。まじまじと銀二の顔を見ている。

「どした?なんか顔に付いてるか?」

「いや、あのーおじいちゃんはどうしたんですか?背の高い白髪の」

「ん?目の前にいるじゃねぇか。何言ってんだ」

「い、いや、流石におじいちゃんとくらい分かるよ!」


 銀二と光太とでどうにも話が噛み合わない。

「光太よぉ、携帯のカメラをインカメにして見せてくれよ」


 銀二は携帯の画面を覗き、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 


「お、おれ、若返ってるーー!!?」


 ───── ̄


 アマテラスはデスクの片付けを諦め、熱いお茶を淹れた。

 ほっと一息つきながら銀二の資料に目をやる。


「改めて見ると輝かしい功績の数々だな」

「うぅわふぉい!!急に話しかけないでよツクヨミ!驚いて資料の山が崩れるとこだったわ!」

「知るか、大事なら整理整頓をしろ」

 ツクヨミは眼鏡を拭きながら脱線した話を戻す。


「銀さんに渡したんだろ、【タマテバコ】」

「えぇ、30で心身共に若返る神器。24時間のインターバルはあるけれど、銀さんにはぴったりだわ」

「扱き使うなぁ」

「うっ」

「まさかとは思うけど今日は仕事振ってないよな?」

「ぐぅぇ」

「…信じられん。それって雇い主としてどうなんだ」

「ちょ、ちょうど近くにいたもんで」

「人手不足で忙しいがどこかで休養は取らせるように」

「あい…」

「全く」


 こんなアマテラスだが、それでも灯屋達からは信頼されているから分からないもんだ。と、ツクヨミのことを少し羨ましく思った。





 ───────



 ここまで読んでいただきありがとうございました!


 灯屋用携帯…通称Amaphone(アマフォン)

 アマテラスと灯屋開発班が製作した携帯。

 出動要請や日々の連絡、怪異のデータも見れるぞ!



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