第43話 勝てない(確信)

「なんであんなに濃いメンバーしか居なかったんだろうな」

「ブーメランが鋭すぎて後ろの席まで貫通してるぞ。濃いメンバー筆頭」


 学校にて。周りはもう洗礼関係で大騒ぎである。

 誰との奴が良かった。罰ゲームだったら良かったのにと。割と言いたい放題である。



 周りの言葉をききつつ。親友Aがニヤリと嫌な笑い方をした。


「あの子との絡み良かったよな。ホムちゃん」

「その名前を出すな。心臓がキュってなる」

「ほう? レーヴァテインの頃を思い出すのか?」

「うぐあああぁぁ」


 吐きそう。吐いていいかな。いや。


「吐いてやる。お前も道連れにしてやる」

「やめろ! カバンを取るな! やめろ! 俺が悪かったから! アイス奢ってやるから!」

「止めるな!」

「止めるわ!?」


 そうしてなんやかんややっていると、スマホに通知が来た。


 見れば、瑠乃が何か呟いているようだった。何だろう。何をしてるのだろうかこの子は。


 そう思って見てみると。


『カイリが寝盗られた!』

「いや寝盗られてねえが!?」


 思わず叫んでしまい、クラスの注目を集めてしまう。いや、元々かなり集まってはいたのだが。


 即座に皆がスマホを開く辺り、現代人らしいと言える。


「む!」

「いや、『む!』じゃなくてだな」


 隣の席に座って俺に背を預け、スマホを弄る瑠乃。

 嫌な予感がしつつ更新すると。


『カイリが『寝盗られてない! 心はまだ寝盗られてないから!』って堕ちる寸前の女の子みたいな事言ってる!』

『捏造やめてくれませんか!?』


 とりあえずそう返して瑠乃を見た。


「瑠乃?」

「だって。親友Aとはガチっぽかったし」

「いや名前で呼べよ」

「ガチじゃねえよ。なんで桃華とかその辺押しのけて親友Aが強えんだよ」

「お前もまだそんな事言ってんのかよ」


 また妙な噂が広がってしまう。ただでさえ色々言われているのに。


「帰ったら覚えておいてよね! 見た事ないくらいえっぐいべろちゅーするから! 私も見た事ないけど!」

「帰らないでおこうかな」


 そう返すとまた瑠乃がむっと頬を膨らませて。スマホにたたたっと何かを打ち込んだ。


『カイリが!「帰りたくない……」って! 寝盗られた! 帰らなくても寝盗り返してくる!』

『待て待て待て待て。言っとらん。いや、帰らないでおこうかなとは言ったが!』


 やばい。瑠乃の発言がどんどん拡散されていっている。なんだよ。投稿数分で3000rtって。バグか。


 そして、リプ欄も中々凄い事になっている。


『お? 桃華ちゃんか? 桃華ちゃんなのか?』

『いや、私はただのペットだけど。寝盗る以前に』


『ならまさか……ホムちゃん!?』

『む? 我を呼んだか? 我は今【不死鳥】が学校まで着いてきて大変な事になってるのだが』


 なんで本人降臨してんだよ。あとホムちゃんとふーちゃん何してんだよ。


『それなら……まさか! 愛ちゃん!?』

『なんで私なんだよ。関係ねえよ』

『じゃあまさか! カキちゃん!?』

『気になってはいるけど。残念ながら私じゃないわねぇ』


 本人来すぎだよ。というか絶対こいつらのせいでこんな拡散されてるだろ。


『おもろい事なっとるなぁ……』

『カイリきゅんなら今私の隣で寝てるよ』


 何やってんすか天井と芦澤。2topが何やってんすか。


 天井はなんか炎上しそうな気がするから放っておこう。


『実際誰に寝盗られたん?』

『親友君だよ。カイリが親友Aって呼んでる人』

『え♂』


 !の代わりに♂を使うんじゃないよ。


「やばいな。混沌と化してきた」

「さすが混沌の申し子(笑)」

「ぶっ潰すぞ」


 親友Aへとそう告げながらSNSを更新する。驚異の拡散速度である。


「……これ。もう軽く炎上してるのでは」

「海流が悪いもーん。嫌だったらここでべろちゅーして。えっぐいの」

「やらんわ」


 その日。二つの言葉がトレンド入りした。しかも世界で。


 #脳破壊カイリきゅん

 #Vtuber化しろ親友A


 この世界は狂ってやがる。


 ◆◆◆


「凄い盛り上がりだったね」

「お前が俺と親友Aのイラストまで上げたからだろうが」


 それにしても今どき顔にAってやるなよ。ソシャゲの主人公みたいな事になってたじゃねえか。TとかPみたいなやつ。


「……というか。運営から怒られなかったか?」

「え? 全く?」

「それはそれでどうなんだよVtop」


 どうやらお咎めもなかったようである。それで良いのかVtop。


 ベッドにごろごろと寝転がる瑠乃を見つつ、ベッドにもたれ掛かる。


 その瞬間。後頭部に柔らかいものが押し当てられた。


「……瑠乃?」

「捕まえた」


 耳元で小さく声が囁かれ、背筋がくすぐられたかのようにゾクゾクと震えてしまう。


「最近、こういうのしてなかったからね」

「そ、そうか? 割と頻繁にある気が」

「気にしない気にしない」


 ぎゅっと背中から抱きつかれて、楽しそうに揺れる瑠乃。


「……やっぱお前。独占欲とか普通にあるよな」

「あるよ」


 まっすぐに返され、思わず言葉が詰まってしまう。


 ふわりと甘い香りが漂ってくる。後頭部から肩にかけて、暖かさと柔らかさを感じる。


 ふと、その暖かさが消えた。解放され、振り向くと。


「ん。来て」


 瑠乃が枕とは反対に横になって。ぽんぽんと隣を叩いた。


「何もしないから」


 その言葉にじとーっとした目を向けるも。瑠乃は笑うのみだ。


「分かってるくせに」


 瑠乃の言葉に俺は何も返せない。

 直感的に、瑠乃からは何もされないだろうと分かっていたから。


 大人しく、俺は隣に寝転がった。上を向いて。


「こっち向いて」

「……」

「ヤツメウナギみたいなべろちゅーするよ?」

「ヤツメウナギはべろちゅーしないだろ。……いや、知らんが」


 俺が知らないだけでヤツメウナギはべろちゅーをするのかもしれない。……いやないだろ。あの歯の列でべろちゅーしたら口の中がズタズタになるだろ。


 ちなみにヤツメウナギはかなり見た目がグロテスクなので調べるのなら注意である。

 簡単に言うのなら、歯がいっぱいあるウナギ(ウナギではない)だ。集合体恐怖症注意である。


 少し現実逃避をしてしまったが、瑠乃なら本当にやりかねないので隣を向く。


 すぐ目の前に瑠乃の顔があった。端正な顔立ちだ。


 まつ毛は長く、瞳は吸い込まれるような妖しさがある。

 その肌は白く、荒れ一つない。


 誰がどう見ても綺麗だと分かる。可愛いと思える。


「どうして俺の事が好きなのか分からない。……とか思ってる?」

「ッ……」

「海流はどうしてだと思う?」


 瑠乃が優しく笑いかけ。問いかけてくる。


 どうして、か。


「お、幼馴染だから……とか?」

「本当にそれだけだと思う?」


 瑠乃の言葉に俺は目を瞑った。


「……そうであって欲しくないな」

「ふふ、良かった」


 瑠乃の口角が持ち上がり。その笑顔に心臓がどくんと跳ねた。


「幼馴染っていうのも確かにあるけどね。でも、幼馴染だからって訳じゃないよ」


 瑠乃がそう言って、俺の額をつんと突いた。


「幼馴染ってね。いろんな事が分かるんだ」


 額を突いた指が、顔を滑って。頬に触れた。


「食卓に出てきたご飯は全部食べる事とか。ちゃんとエゴサして、良くない所は直して良い所は伸ばそうとする事とか。嬉しい事があったら、その日ずっと機嫌が良い事とか。ちょっとえっちな事とか」


 頬を指でつんつんとつつかれ。親指をちょんと鼻に置かれる。


「こんな事、私以外にさせない事とか」


 その顔が近づいてくる。すぐ目の前まで。


「いっぱい。いっぱい知ってるよ。幼馴染だから」


 こつん、と額がぶつけられ。甘い吐息が掛かる。


「幼馴染だから。他の人よりずっと、海流の事を知ってる。良い所をいっぱい知ってる」


 更に顔が近づいて。ちょん、と鼻が触れた。


「いっぱい海流の事を知ってる。良い所も悪い所も全部。全部ひっくるめて海流の事が好きなんだよ」


 まっすぐに告げられる。目を合わせられて。顔を合わせられて。

 その思いが嫌というほどに伝わってきた。


「海流が何を考えているのかまで分かるよ。まだだって思ってるんでしょ?」

「……心を読まれる、って変な感じだな」

「ふふ。私も時々あるんだよ」


 そこでやっと瑠乃が離れた。しかし、その笑みは崩さない。


「私、独占欲が強いから、海流の一番じゃないと気が済まないんだ」

「……一番だよ。これまでも、これからも」

「知ってる」


 瑠乃がそっと。唇に指を乗せてきた。


「これからもこうして思い出させてあげる。私が一番だって」


 そう言われて、俺は確信した。元々分かっていた事ではある、が。


「海流の幼馴染で良かったよ。私」

「……俺もだ」


 瑠乃には勝てないな、と。

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