第32話 【Vtop】新人加入【洗礼】一日目! その3

「私もこんなふうにカイリ君に刺青彫られたいな」

「メイクから刺青を連想するの怖ぇよ。俺にどんな技術を期待してるんだ。……一応聞いてみたいんだが。どんなのを彫られたいんだ?」

「『メスブタ』とか『カイリ専用雌奴隷』とか」

「鬼畜系エロ漫画とかイラストでしか見た事がないしペンで書くやつなんだよ。なんで鬼畜の一歩上を行くんだよ。重すぎるんだよ。取り返しがつかないんだよ」

「だから良いんじゃない!」

「助けて瑠花」

「え? 私に彫って欲しいって事?」

「そうはならんやろ」

「どうする? カイリの似顔絵とかつける?」

「お願いします!」

「お願いするな。状況を悪化させるな」


『あれ??? これひょっとしなくてもいつもの配信と変わらないでは??』

『公式放送で刺青の話は草』

『大丈夫? ちゃんとメイクしてる?』


「ちゃんとしてるから安心して。喋ってないとカイリがかわいすぎてちゅーしたくなっちゃうからね。えっぐいやつ」

「桃華! 話題を! 話題を百個くらいくれ!」


 叫びながらも顔は動かさない。もう慣れたものである。ちなみに隙あらば顔を近づけてこようとするのはマジである。


「わ、話題……き、昨日カイリ君のドSボイスにお世話になった話で良いかしら?」

「ギブミー話題! 視聴者!」

「『実際先輩達と上手くやれそう?』だって」

「まだ会ってない先輩の方が多いんだが……まあ、でも。上手くやれ――」

「ああん?」


 視線を動かしてそちらを見た。向こうは見えないのだが、めちゃくちゃ睨まれてる気がする。

 気がしたと言うのも、向こうとはカーテンのような仕切りで分けられてるのだ。お互い見るまでのお楽しみらしい。


「――る可能性はなくもないかな。うん」

「うふふ。ダメですよ? 愛ちゃん。後輩ちゃんを怖がらせたら」

「ごめんねー? この子素直じゃなくってさ。またコラボのお誘いもするから許してね」

「アッ、ハイ」


『カイリきゅんがコミュ障みたいになってる……』

『友達の友達と二人きりにさせてみたい』

『人の心とかないんか?』

『そこにないならない定期』


「自分でも引くレベルでコミュ力ないんだよな……」

「大丈夫。代わりに私が対応するから」

「ダメ男になっちゃうよ? 俺」

「好都合だよ。あ、次口紅塗るから喋らないでね」


 何か言い返そうとしたものの、瑠花のその言葉で封殺される。


 仕方ないとモニターに映し出されたコメントへ目を向けた。


『口紅……もしかして瑠花チャソの!?』

『エッッッ?』

『まあ別に今更……瑠花チャソがカイリきゅんにご飯もぐもぐして口移しとかしてそうだし』

『カイリきゅんは瑠花チャソの子供か? 子供だったわ』

『子供にもやんねえよ』


 そのコメントに俺はハッとなった。見れば……瑠花が持ってるの、いつも俺に使ってるやつだな。


「……なあ。一つ良いか?」

「どうかした?」

「なんでいつも俺に使う口紅持ってるんだ?」


 今日がいつも俺にメイクをする日ならばまだ分かる。しかし、今日はその日でもない。


「……? メイクを直すためだけど」

「…………それ。俺専用にするから大丈夫だって言わなかったか?」

「私が使わないとは言ってないけど」

「『専用』という言葉を辞書で引け」

「常識を持っているようじゃVtuberは務まらないよ」

「全世界のVtuberに謝れ。今すぐに」


 公式放送なのにとんでもねえ事を言う瑠花。さすがの桃華も呆れ顔である。


「……さすがに常識は持った方が良いんじゃないかな」

「お前が言うな選手権があれば優勝してるぞ。頭の中ショッキングピンク」

「んっっっ……」


『言い過ぎじゃ……って思ったけどそれご褒美なんだよな』

『やっぱりカイリきゅんご主人様なのでは???』

『というかカイリきゅん実質瑠花ちゃんの口紅使ってた事になるのか。ドスケベでは?』


 相変わらずコメント欄もコメント欄である。帰りたくなってきたな。


「はい、という事でカイリ。お口チャック」

「ぐぬ……まあ。もう今更なのか」

「唇を舐め舐めする仲だもん」

「寝てる時にお前がやってきただけだろうが」

「舐め舐め……私もカイリ君の足舐め舐めしたい」

「やめろ気持ち悪い」

「ありがとうございますっっっっ!」

「カイリ? お口無理やり閉じさせた方が良い?」

「申し訳ありませんでした」


 大人しく口を閉じると。視界の端であきふゆコンビが動くのが見えたのだった。


 ◆◆◆


「さあさあ三十分経過だよ!」

「視聴者さんは少し眠くなってきてないかな? いや、ないよね!」

「これでも私達、プロだからね!」

「まあまあそれは置いといて! テコ入れの時間だよ!」

「テコ入れ〜? 何するの?」

「ふっふっふ。聞いて驚け見て驚け!!」

「な、なんだってー!」

「まだ言ってないだろ「カイリ」はいごめんなさい」


 完全に悪い癖である。いや、元を辿れば瑠花達の影響なのだが。


 大人しく口を閉じて続きを聞く。


「という事でやるのは〜」

「こちら! ドドン!」


「【メントスコーラやってみた】」

「流行に乗り遅れてるしVtuberとめちゃくちゃ相性が悪い企画がやってきたな!?」

「お、突っ込んでくれた」

「む……カイリ。口紅、私に塗ってちゅーで塗り移した方が良い?」

「効率が絶望的すぎるからやめて」


 というか。あきふゆコンビも俺達で遊びすぎである。


「さてさて冗談はこれくらいだー!」

「本当はメントスコーラでも1000度の鉄球でもないぞー!」

「五年前のYo「カイリ」はい」


 そろそろ本当に怒られるので口を閉じる。


「という事でやる事は〜」

「こちら! ドン!」


「【質問コーナー】」


 めちゃくちゃシンプルな奴だった。


「結構質問来てたからねー!」

「じゃんじゃん読んでくよー!」


 という事で質問コーナーが始まったのだった。


「まずはー? 瑠花ちゃん!」

「『やっぱり絵が上手くなる代償として頭がおかしくなったんですか? ……という冗談は置いといて。どうやって絵が上手くなったのか教えて欲しいです』との事です!【明日の昨日は一昨日】さんからです!」

「絵かぁ。そんな特殊な事はやってないけどなぁ」


 口紅を塗り終えた瑠花がうーんと唸る。


「元々描くのが好きだからね。毎朝毎昼毎夜毎晩カイリの絵描いてたくらいかな。大人化ショタ化おじいちゃん化TSロリ化大人化おばあちゃん化」

「業が深いよ。てか多いよ」

「あ、そうそう。カイリがいっつもほめてくれてたからでもあるよ。好きな人に褒められるのってモチベすごいから」

「お、おぉ……急に真面目になるな」


 瑠花がちらりと俺を見てニコリと笑う。やめて。ドキドキするから。


『カイリきゅん堕ちてそう』

『もう堕ちてる定期』

『そっかぁ。まずは褒めてくれる恋人を探さなきゃいけないのかぁ』

『大人しく描き続けるが吉やな』


 まあ、試行回数は大切だろう。瑠花の事だから、何も考えないで描いている訳ではないだろうが。


「という事で次行くよ〜! 次は……おっ、桃華ちゃんにだね!」

「『こんにちは! 桃華ちゃん! 桃華ちゃんに質問です! カイリ君には瑠花ちゃんっていう実質嫁みたいな子が居ますが、どうしてそんなにアプローチ出来るんですか!』との事です。こちらは『昨日の明日は明後日』さんからですね」

「さっきの人と兄弟かなんか? てかすごい質問きたな!?」

「私は実質嫁っていうかもう嫁だからね。一周まわってママであり娘でもある」

「意味が分からんって言おうとしたけどママなんだよな」


 カイリ・ホワイトを描いてくれたのは瑠花である。つまりは俺を生み出したママなのだ。さっき視聴者も言っていたが。


 まあ、それは置いといて。桃華を見ると、キョトンとした顔をしていた。


「なんでって……好きだからじゃない?」


 さも当たり前かのように。桃華はそう言った。


「どれだけ人を好きになっても、行動しなければ何も始まらないでしょ? 私だって色々葛藤はあったけど。二人がコラボ相手を募集するから応募しただけだし。運良くチャンスを掴み取る事が出来たのに、立ち止まるのは意味がない……とまでは言わないけど、立ち止まるよりは歩いた方が変化はあるから」


 至って真面目な表情で。桃華はそう言った。



「なんかすっげえ自分が恥ずかしくなってきた。めちゃくちゃ誤解してた」

「まあ、別に二番目でもいい……というか二番目の方が興奮するからってのもあるけどね」

「誤解してなかったわ」

「でも、視聴者さんの質問にならこっちの答えの方が合ってるかなって」

「なぜいつもそっちを出さないんだ……」

「自分の配信だといつもこんな感じだけどね」

「それは知ってたが。実際に目にした時の破壊力やばいなって」


 正直めちゃくちゃビビった。いつもの桃華ド変態はどこに行ったのだと。


「……そういえば、さっきから思ってたんだけどさ。この時点でカイリ君の変わり方すごいけどね? いい感じに踏まれたい事になってるけど」

「いい感じに踏まれたいってなんだよ。瑠花。今どれくらいのペースなんだ?」

「九割は終わってるよ」


 もうそれくらい行っていたのか。いつもより早いな。


「服装も選ばないといけないからね。折角だから色んなの着せたいし」

「俺は着せ替え人形か」

「でも前言ってたよね?『メイド服とか似合いそう』って」

「あの頃の俺はっちゃけすぎじゃないか!?」


 確かに言った記憶はあるが! なんであの頃の俺こんな事言ったんだよ!


「さあさあお喋りはそこまで!」

「お次の質問は〜愛ちゃん!」

「愛ちゃん言うな!」


 仕切りの向こうからそんな声が聞こえた。


「『カイリきゅんからVtuberを見始めた初心者です。Vtuberを目指すようになったきっかけってやっぱりカナタちゃんなんですか?』だってさー。【来年の去年は一昨年】さんから」

「流行ってんのか!? その名前!? センスが絶妙にアレだぞ!? 学生の悪ふざけか!? 俺の知り合いなのか!?」

「まあまあ。あ、カイリ。ちょっと目瞑って。ちゅーするから」

「瞑らないが?」

「もー、ジョークだよジョーク。ちゅーで終われる訳ないじゃん」

「ヘルプミー桃華!」

「え、えっと……目瞑ってってキスされそうな展開だったのにいきなり殴られるのって良いわよね?」

「女の子が可哀想な目に遭うのはNGで」


 単純に心が痛くなる……っと。ちょっと時間取りすぎたな。


 大人しく口を閉じると、向こうから視聴者へ回答する声が聞こえてきた。


「Vtuberを目指した理由がカナちゃん先輩なのは間違ってねぇけどな。でも、ただ盲目になった訳ではねぇよ」


 視聴者に向けた言葉だからか、その言葉は少し柔らかいものとなっている。


「【血に飢えた狂犬】とまで呼ばれていたカナちゃん先輩が。武装した十人以上の大人に囲まれながらも笑っていたカナちゃん先輩が。もう喧嘩はしないって言った。『他にやりたい事が出来た』からだって」


 すっごい突っ込みたい。一人だけ世界観がヤンキー漫画とか叫びたい。でも我慢だ。空気を読まねば。


「それが今じゃ【歯抜けの乳飲み子チワワ】って呼ばれるようになっちまった」

「う、うごご……」

「カイリ、ステイ……ステイ」


『裏でカイリきゅんが耐えてて草』

『あの二つ名はVtopでも中々酷いのは分かるけども』


 なんだよ。その属性盛々チワワ。属性盛々チワワってなんだよ。いや我慢だ。我慢。


「何度カナちゃん先輩に当たったか分からねぇ。……でも、気づいたんだ」


 良かった。本題に入ってくれそうである。というか俺も気になってたんだ。


「カナちゃん先輩。今まで見た事がないくらい楽しそうだったから。そこからVtuberってやつに触れて、色々あって今に至る。最初はアレだったけど、もうVtuberは下になんか見てねぇ。楽しいのも確かだ。まだ学ぶ事は多いけどな」

「愛ちゃん……」


 少ししんみりした声が向こうから聞こえた。


「愛ちゃん。暴言吐かなくても喋れたんだ」

「同期さん? 俺めっちゃ我慢してたんだけど?」

「だあああ! もう! だからヤだったんだよ! ほら、良いか! これで!」


『愛ちゃん助かる』

『愛ちゃん可愛いよ愛ちゃん』

『先輩大好きで可愛い』

『なんだかんだ言って同期の子達も大好きだもんね愛ちゃん』


「お前らも! 愛ちゃん言うな!」


 どうやら愛ちゃんは愛されキャラのようである。良かったね愛ちゃん。


「という事でありがとうございました! 愛ちゃん!」

「愛ちゃん可愛いよ愛ちゃん! 絶妙に尺を使うところも愛おしいよ愛ちゃん! 他の子に質問する時間なくなっちゃったよ! 八割くらいは新人ちゃんが喋ってたからだけど!」

「絶妙に毒舌! ごめんなさい愛ちゃん!」

「愛ちゃん言うなぁ!」


 と、そうしている間も瑠花が色々やってくれて。メイクは終わった。何度か服を着替えさせらたり、ウィッグを被ったりする。桃華がめっちゃ見てきたが、まあ。そんなに気にならない。


 丁度決めた瞬間、アラームの音が鳴った。


「さあさあ! メイク&お着替えパートは終わりだあああああ!」

「二組ともいいかん……え? やばくない? え、この子が新人ちゃん? 別人用意してない?」

「…………すごぉ。いやまあ! それは一旦置いとこー! お次はお次は何をやるんだいふゆちゃん!」

「はっ……そう! 今からやるのはお絵描きパートだあああ! スタッフ準備!」


 そうして。またスタジオが慌ただしくなっていったのだった。めちゃくちゃスタッフさんに見られた。

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