ワンモア

「女王陛下に認められたレースだって、震えるよね」


「主催者がなんで一番ブルってるんですか」


 柴田さんが呆れながら俺を見る。

 前夜祭が終わり、スタッフ達で飲食物の片付けをしながら卓上に残ったものを個別に分けていく。欲しい人が個別に持って帰るのだ。

 多めに用意したのとジョッキーたちの体重管理のこともあり、そこそこの量が残ってしまっている。


「お待たせしました、お待たせしすぎたのかもしれません!」


 内藤さんが、会場の入り口から慌てて中に入ってきた。彼には西島御大の送迎を頼んでいたのだ。


「そんなに慌てなくてもよかったんですよ」


「いやいや、西島さんと同じ宿にいるのは無理ですって。宮家さんを生贄にして逃げ出してきたんで手伝わせてくださいよ」


 生贄て。あんだけベロンベロンの大御所の相手したくないのは分かるけど。


「よかったら後でになりますけど事務所で余りの食事を食べてください。進行で食事できなかったでしょう?」


「ありがとうございます。是非ともご一緒させてください」


 そんなこんなで片付けは順調に進んでいく。後夜祭でまた使用するからテーブルとかはそのままだしね。

 粗方片付け終わり、少し会場で休憩していると大塚さんと山田君のペアが会場に戻ってきた。


「大塚さん、騎手の皆さんは?」


「全員コテージにお送りしました。お酒はあまり飲まれていなかったのでトラブルなんかはなかったですね」


「音花ちゃんとほむらちゃんも先程送ってきました」


 ふむ、ならこれで今日の仕事は終わりだな。

 明日は十一時に予選開始なので俺は機材の確認して帰るとするか。


「内藤さんは事務所でお食事をどうぞ。みんなも料理の残りを持って帰っていいからね」


 片づけに残っていた十数人のスタッフと内藤さんが異口同音に返事をして、挨拶と共に会場から出ていく。

 

「山田君も大塚さんもお疲れ様。明日もよろしくね」


「お疲れ様です。あの子たち大人しくしてたかしら…」


「お疲れさまでした。さっき事務所に行ったときは爆睡してましたよ」


 二人も会場から出ていき、この場には俺一人になった。


≪ミッションの達成を確認しました≫


「おわっ!」


 久しぶり、本当に久しぶりなアプリからの音声にビビり散らす。

 時間を確認するとちょうど日付を越えたところだ。だからか。


≪報酬をお送りします≫


「あ?」


 ガラの悪い声が出るとともに足元が少し揺れる。

 嫌な予感、俺が大塚さんに怒られるフラグがビンビンする。

 妙に重い腰を上げて会場の外に出る。牧場内には変化がないようだが…。


 おもむろに明日のレースの会場であるシミュレータールームに向かってみる。

 重い引き戸を開けて、電気を付けて中を確認する。よかった、何も変わりがないようだ。

 安心して外に出る。一歩進んだところでシミュレータールームの隣の空き部屋のことを思い出す。

 倉庫として使うつもりだったが、サイズが大きいかつ牧場の中心に位置しすぎてどこにものを運ぶにも遠いので空っぽの倉庫だ。

 気になったのでガラリと引き戸を開けて中を確認する。


「うーん」


 中には十八機の新品のシミュレーターが。


「さて」


 正面の投影装置こそないがターミナルが設置され、サテライトのVRヘッドギアが備えられてある。

 つまり、もう一セットのシミュレータールームができたわけだ。ははは。


「どう言い訳したもんかね」


 諦めて倉庫の扉を閉めると、俺は喫茶スターホースに知恵を借りに向かった。



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