第2話

その声が届いたのは、東京のとある古びたビルの地下1階。



ソファにテーブル、デスクがひとつ。

パーテーションを兼ねた本棚の奥に、男がひとりいた。


パソコンの画面には、先ほどのバーにいる女の姿が映っている。


男は、キーボードを押し、答えた。


「あとは頼んだ」


「了解」という返答とともに、画面が暗くなる。



男は、ゆっくりと背伸びをし立ち上がった。テレビをつけると、ちょうどCMが流れていた。


「寂しいとき、悲しいとき、嬉しいとき、楽しいとき、どんなときも。豆でその日の気分が変わる。だからコーヒーはやめられない」コーヒーメーカーの広告である。


「寝る」


テレビを消すと、そのまま隅にある和室へ行き、敷いていた布団に入った。


男は、大きな声を出した。

「電気、消しといてくれ」


その声に、扉の奥にいた女が返事をする。

「はーい」

カメラ、レコーダーなどの電子機器や、カツラ、アクセサリー、スーツや作業着など多様な衣類が所狭しと溢れている別室。そこにいたのが、返事をしたこの太った女である。ポテトチップをつまみながら、分厚いファイルに綴じられた記録をじっくり読んでいた。

「電気? あら、もうこんな時間」

女は、コートを羽織り、バッグを持ちドアを開ける。

「じゃ、お疲れさまでーす」

電気を消し、階段を登って帰っていった。



寝ている男がひとり。

開かれたままの記録。

洗われていないマグカップ。

ドアだけは厳重な指紋認証式のロック。


看板も出ていないここは、探偵事務所。

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