第40話 決戦・はじまりの者

 エレベーターの扉が開いた。一歩そとに出ると、そこは暗く静かな廊下だった。非常灯だけが光っているようだ。細長い一本道のむこうにドアがあるだけ。アノヨロシとミナシノといっしょに、横並びで進む。


 ドアの向こうにはどんな部屋があるんだろう。シティの全電力をささえる発電所が、なぜこんな高所にあるんだろう。進めばすべてわかるはずだ。


「ご主人……一人、いるよ。ドアの先」


 そいつが最後の敵ってことか。装備を手にとり、タイミングを合わせてドアをあける。銃口を向けた先にいたのは――。



「やあ。久しぶりだねセイジ君」


 巨大なサーバーを背にして、まっすぐに立つ老人がいた。


「あんたは、ピーター副局長……!」

「21世紀から眠りつづけていた日本人が、これほどまでの行動を起こしてみせるとは予想できなかったよ。君はやはり追い求める人間だ、賞賛に値する」

「……まさか、俺のコールドスリープを止めたのは!?」


「ふむ。それは後ろにいる『彼』が決めたことだ」


 ピーターは後ろの機械を指さした。すると、サーバーがうなりをあげ、どこからともなく声が聞こえてきた。


『こんにちは。シティの管理をしている人工知能、ジョージ。いや、まずは市長として歓迎すべきかな?』



 やや不自然な合成音声だった。タワーのメインコンピュータが、しゃべっている。


「ジョージ・カーシュナー市長を作りだしたのもお前か。俺のことを決めたってどういう意味だ?」

『タワーの打ち上げはずっと前から計画していた……市民が電気を失い、文明が崩壊するのも承知している。だが僕は思ったんだよ。データのすみっこに凍ったままの君の情報があった。このまま死ぬのはかわいそうだ、とね』


 かわいそうだって?

 人工知能の哀れみなんて、未来ならではのシチュエーションだな。まったく笑えない。


「お礼を言っておくよ……おかげさまで命をはれる仲間ができたんだからな」

「シティのモデル……『東京』に住んでいた日本人の力、しかと見届けさせてもらった」


 ピーターが背中にかくしていた武器を取りだした。あれは拳銃なんかじゃない、アサルトライフルだ。威力と連射力、マガジン数において圧倒的に有利な武器。


「積もる話もあるだろうが、急いでいるんだろう? デーモン・コアはサーバーの中に格納されている。両手で持ち運べる大きさだから安心したまえ」

『頼むよピーター。僕の目標は君にかかっている』

「任せてくれ、友よ」



「オーナー!!」


 ピーターがすばやく銃口を向けたのと、アノヨロシが前に飛び出したのはほぼ同時だった。



 タタタタタタ……!


「……折りたたみ式の携帯シールドだと!? バカな、強度が足りないはずだ!」

「それはどうでしょうねぇっ……!」


 もちろん『正面から受け』ればひとたまりもない。アノヨロシは角度をつけて『弾いて』いた。弾丸はわずかに軌道を変えて俺たちから逸れるのだ。

 パン! パン!

 ミナシノが銃を撃つ。しかし相手は訓練された軍人だ。弾幕の隙をぬって確実に距離を詰めてくる。


「もらったぞ!」

「させない!」

 懐にはいられる直前、ミナシノのタックルがきまった。だがそれも予測済みだったらしい。ピーターはふんばって、銃底をミナシノの背中にたたきつけた!

 とっさに受け身をとって射撃体勢をとるミナシノ。だが構えるより早く、相手の蹴りが彼女の腹にめりこんだ!


「ぐぅっ!」

 床に倒れてうごかない……気を失った? まずい、やられる!

「ミーナ!」


 

「ピータァァァァ!」

 俺は生まれてはじめて拳銃を抜いた。そして撃った。撃って、撃って、撃ちまくった。


「射撃の腕はからっきしのようだな、セイジ君」


 だろうな。でも俺の射撃は囮。アノヨロシが姿勢を低くして本命をしかけている。ミナシノばかりじゃない、彼女だって数メートルの射撃なら百発百中なんだ!


 パン! パン!


「甘いな」

「ウソだろ……全部よけられた……!?」

「こいつらのような一般ニューリアンの戦闘技術など、たかが知れている。わたしには通用しない」



 ピーターはゴーグルをはずして、無造作にほうり投げた。あらわれた『金色の目』がギラリと光る。



「まさか、あんたニューリアンなのか?」

「一緒にされては困るが、まあ遺伝的には……認めよう。ニューリアンだ。わたしが誕生したことで、人間どもはニューリアンを作り出すようになったのだよ」


 実験体と人間のあいだに生まれた存在、それを『生産』するようになったのがニューリアンだ。彼の言葉が事実なら、最初のニューリアンということになる。



「そしてわたしは『教育プログラム』の開発に協力しつづけた。知識、技術、思想……あらゆるものを。もちろん戦闘技術もだ」

「だから二人でもかなわないのか……」


 ピーターは戦い方を知り尽くしていた。俺とアノヨロシの攻撃をすべてかわしながら、着実に距離をつめてきた。


「さあ、チェックメイトといこう」



 ここまで接近すれば……確実に通じるはずだ。



 俺はポケットのなかに入っていた物体の『ピン』を引き抜いた。勢いでゴロリと床に転がり落ちたのは――。


「む、それは!?」

「フラッシュグレネード」



 目をギュッと閉じていても関係ないくらい、まぶしい光だった。閃光のなかでピーターの懐に飛びこんだ。


 目を開ける。見える、かろうじて見えるぞ!

 ライフルの銃身を、脇に抱えこむ。こうすれば照準もままならなくなる。


「くっ貴様……!」

「アノヨロシ、今だ――」



 言い終わったころには、腕の力がスルリと流されていた。勢いあまって180度回転してしまう。アノヨロシが青ざめた顔で、俺を見ているのがわかる。


「ピーターを……うぐっ!?」


 喉元につめたい金属の感触。

「……とっさの奇策としては良いセンスだ。だが視力に頼らなくても、このくらいはたやすい」


 俺はピーターに拘束されていた。ライフルが脇から喉、そして肩までがっちりととらえている……動けない!



「オーナー!」

「アノヨロシ、俺にかまわず撃て!」


「武器を捨てたまえ。撃ったとしても、弾丸はセイジ君の体内でとまるだろう。わたしまでは届かない。彼の身体を射線に合わせて動かせば、わたしは安全なのだ」

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