第38話 セリザワ・セイジ、デビュー

 まさか、平和局にやられた? ツバメが? ていうか、なんて用意周到なんだよ平和局!


「ツバメ! 返事をしてくれ、ツバメ!」


 Vグラスで呼びかけても反応がない。頼む、つながってくれよ……!


 誰かに肩をつかまれて振り返ると、アノヨロシがいた。彼女が首を横に振る。あきらめろっていうのか? いや違う。混乱のなかにあるライブ映像の一か所を指さした……とても小さく『Emergency LINE』という赤いボタンが表示されていた。


「……えめーじぇんしー?」

「エマージェンシー。緊急回線です」

「ひょっとしてツバメが?」


 はやる気持ちのままにボタンを押す。すると、目のまえが……Vグラスのレンズが暗くなり、ライブの音量が一気に大きくなった。


「あれ? どうなってるんだ?」



 前方から声が聞こえる……?



『おい、今度は男が映ったぞ!』

『誰だあれは?』

『あらチョットかわいい』

『そっちこそどうなってんだよォ!』



 これって、もしかして?

 アノヨロシのVグラスでライブ配信を確認すると、なんと『俺のホログラム』が会場に浮かびあがっている!


 ツバメ……ツバメさん。回線を俺にまわしましたね?

 あなたは『人々へのメッセージ』を俺にたくしたということなのでしょうか……!

 突然の配信デビュー。しかもシティをかけた大勝負のなかで。


 ええい、ままよ!



「……はじめまして。原作のマンガを翻訳・販売しているスター・セージ社の代表、芹沢星司です」



『ウオオオオォォォォ!!』

『あなたが神か!』

『サンキューセイジ!』



 お、意外と受けてるぞ。もちろん批判されるよりはマシだ。このまま――。


「み、みなさん……」


 けれど。けれども。

 俺は何を言おうとしているのか。タワーの打ち上げを食いとめろと呼びかけるのだろうか。人々が戦えば、確実に死人がでる。そんな扇動をして許されるのか? でも、俺がやらなかったら誰がやる。とにかく時間がない。あと数時間もたてば、この星から電気が失われてしまう。



 深く息をすいこむ。正しいやり方かどうかなんてわからない。それでも、やれることをやる。何が起きても背負ってやる、命をかけても。


「マンガを好きになってくれたみなさん。登場した敵キャラクターを思い浮かべてください。彼らはどうして主人公たちと敵対したのでしょうか。彼らの共通点は人から奪い、人を踏み台にすることです。今、市長は同じことをしようとしています」


 われながらすごいことを言ってるなと思う。


「主人公は、どんなに傷ついても立ち上がって、最後に勝ちます。なぜか? 仲間がいるから、守りたい人がいるから。そして、絶対にゆずれないものがあるからです。俺にも仲間がいます。家族がいます。そいつらだけは絶対に守りたい。生きていてほしい、そう思わずにはいられない!」


 アノヨロシ、ミナシノ、ツバメ、おつう……そうだ、何があっても。


「だから俺は戦います。市長と平和局を倒して、タワーを止めます。俺といっしょに戦おう!」



 数秒の沈黙のあと、Vグラスが壊れそうなほどの雄たけびをあげた。


『うおおおぉぉぉぉ!!』

『やったろうぜセイジ!』

『俺たちだってやってやるさァ!』

『やられっぱなしでたまるかよォ!』



 観衆が拳をふりあげている。イベント警備についた平和局の職員は、うろたえているように見える……だが武装しているんだ。その気になればすぐに撃てる。つまり、会場が盛り上がるだけでも、皆は命がけなのだ。


 俺も、安全地帯でしゃべるのは終わりにしよう。



 マイクをオフにする。

「……さて、俺は行くよ。みんなは俺がどうなったかわからないように隠れて――」


「オーナーのバカ! ついていくに決まってるじゃないですか! 絶対にゆずれないものがあるんですよ、こっちだって!」

「アタシにも生きていてほしい人がいるんだよ、ご主人?」

「ますたあと可愛い姪っ子のために」


「ずっとオーナーといっしょじゃないとイヤです!」



 まいったな。こうなったらテコでも動かないよ。


「わかった……ありがとう」



***



 俺たちが拠点に住んで2か月あまり。この場所は生活のうえで訪れる必要がない。けれど、たまに来てしまうところでもあった。なぜならロマンがつまっているから。


「オーナー、ここって……」

「ブリッジだ!」

「……橋?」

「微妙に当たってるね。『艦橋』って意味だよ。車でいえば運転席!」


 そう、家として使いつづけていたが、こいつはもともと宇宙船なのだ。

 ブリッジにはメーター、スクリーン、そのほかたくさんのコンピュータがならんでいる。まさしくSF映画に出てきそうな空間だ。艦長席に座って指示を出したいところだが、動かせるのは俺だけ。『ワンマンネイビー』とでも言おうか。



「実はこっそり動かしかたを調べてたんだ。さすが未来の宇宙船。ひとりでも簡単な制御なら問題なくできるんだって」


 ミナシノがウロウロしながらたずねる。

「どうやって調べたの? 見ただけでわかちゃったとか?」

「あはは、それはさすがに無理だよ……じゃん! 机にマニュアルが置いてあったんだ」

「読んだだけで理解できたならすごい……」


「あのー……この宇宙船を動かして何をするつもりなんですか?」


「さっきも言ったけど、すごいムチャなこと」

 まさに大事なのは『何をするか』だ。

 俺の呼びかけはシティとバッドランズ、すべての情報端末で配信されたはずだ。もし応えてくれる人がいるなら、タワーへ向かうにはゲートだけでは狭すぎる。つまり――。



「こいつで壁をブチ破るんだよ」



「えーっ!?」

 三人の驚きの声を背中で聞きながら、『緊急制御装置』についた大きな赤いボタンを拳でたたいた! 船全体がちいさく震えだし、機械の駆動音がグンと高なる。目の前のコンソールパネルに緑色のラインが走る。レーダーだ。方角を確認する……進路は、タワーに一直線だ。





 地響きのような震動とともに、機体がうごきはじめた。慣性の法則で、強く後ろに押されるような感覚。


 よし。

 一度は言ってみたかった言葉を、ここで叫ぶ。



「スター・セージ号、発進!!」


 名前は今、自分でつけた。

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