4 王子様、貴族様、司祭様

 私は、この世界の荒れた姿しか知らない。


「ここね」

「止まれ。

 ここは世界樹の街メリアス。

 来訪の目的を告げよ!」


 私は、この王国の再生する姿しか知らない。


「大きいわね。

 世界樹」

「きゅ?」

「銀時計……っ!

 し、失礼しました。

 どうぞこちらへ」


 私は、この世界樹の朽ち落ちた所しか知らない。


「大きな町ね」

「王都に次ぐ都市ですから。

 エルフをはじめとした他種族も多数いるので常に賑やかですよ」

「衛兵さん。

 魔術学園に行きたいのだけど、何処にあるのかしら?」


 私はこの都を廃墟としてしか知らない。

 だからこそ、熟れた果実のように絢爛豪華な世界樹の街メリアスの魔術学園に着いた時、その華麗さとその後の没落を知っているだけに何も言葉が出なかった。


「じゃあ、行きましょうか。ぽち」

「きゅきゅ」


 シボラから馬車に揺られて数日。

 私はぽちと共にメリアスの門をくぐった。


 メリアスの街は世界樹を中心に放射線状に街が広がっており、人口はおよそ10万。

 世界樹の麓にある為に世界樹に登る事ができ、枝部にも街があったりする。

 なお、この魔術学園は枝部の見晴らしの良い所に建てられているので、景色は絶景なのだ。

 で、馬鹿となんとかは高い所が好きとは良く言ったもので、庶民層はその麓の市外地に住んでおり、日当たりはあまりよくない。

 それでもこの街が繁栄していたのは豊穣の加護の起点な為で、メリアスの周囲には大穀倉地帯が広がっている。

 という訳で、世界樹外周の階段通路をてけてけと登ってゆく訳だが、露骨なまでにすれ違う人々の視線が私の胸元に集まる。

 胸は今の所日本人的に大きめだが、彼らが見るのは制服である胸元の魔術学園のエンブレム--世界樹がモチーフなのは言うまでもない--とその下につけられた三つの勲章である。

 多く飾っても何がなんだか分からないので、一番アピールをしたい勲章を三つまで飾るのがこの世界のおしゃれ。

 私が向こうにまで持って帰った思い出の品でもある。

 私の胸元には、ポケットにしまわれている上級文官の資格の証である銀時計の鎖。

 統合王国官僚のキャリア組と呼ばれるそれは、王家直轄領の知事や長官・大臣職必須の資格である。

 当然偽造防止の為に王家秘伝の魔法による認証がかけられている。

 基本この銀の鎖を見せていればどこの関所もフリーパスで、王家直属の近衛騎士団にしか逮捕されないという特権もある。

 ぶっちゃけるとメリアスの街のトップがこの銀時計持ちの太守なのだ。

 そんな人が魔術学園の制服を着て木を一人で登るのだから、噂にならない方がおかしい。

 残り二つの勲章もぶっ飛んでいる。

 大勲位世界樹章のネックレスの証である、世界樹の樹液を固めた深緑琥珀が日の光を浴びて輝く。

 これだけでも街が買えるマジックアイテムだったりするのだが、国家及び王室に多大な貢献をした者にしか与えられないそれを見せた時、ヘインワーズ候だけでなく大賢者モーフィアスですら目をむいたというどこぞのご隠居様の印籠みたいなものである。

 で、どどめが従軍経験賞につけられた五枚葉で、統合王国における五枚葉は軍団長。

 騎士団を束ねたのが軍団で、実質的な総司令官の証。

 もちろんこれらも魔法認証によって偽造を防止している。

 こんなものをぶら下げて歩いているのも、悪役令嬢に『仕立て上げられる』予定の私の仕掛けである。

 使われている技術は同じで発行が未来なんてネタ晴らしは、ヘインワーズ候と大賢者モーフィアスが黙っていれば分からないし、勲章が本物なだけに王家も下手な介入ができない。

 本物でも勲章偽造という形で潰せるのだが、それが事実である場合文武ともに王家が認めたそれを敵に回すという事を意味している。

 主人公のお披露目と箔づけが目的でヘインワーズ候までは潰せるのだろうが、私が敵に回ると大反乱に発展しますよという明確なる脅しである。

 そんなのより、いちばんやばいのは今、私の肩で丸まっているぽちなのだが。


「こら!

 毛虫なんて食べちゃ駄目っ!!

 ぺっしなさい!」


 でかい木の下の街だから毛虫はある意味仕方ない。

 とはいえ、食い意地の張っているこいつにはちょうどいいおやつらしい。

 話がそれた。

 まあ、下々にはこういうものを見せ付けてそれとなく噂を広げておくと己の身を守る盾になるという訳だ。



 メリアス魔術学園到着。

 噂のヘインワーズ候の娘が一人で、しかも下から登ってきたものだから、慌てて飛んできた案内人も面食らっている。

 ファンタジーの世界である。

 その気になれば飛竜やペガサスで直接行くことも可能なのだ。

 そのあたりを考えていただろう案内人が私の胸に飾られている勲章を見て更に固まったのは言うまでもない。

 この手のはギャップが大事なのだ。


「こちらが中央校舎。

 教室や職員室はこの中央校舎にあります。

 右手が貴族用寮で、左手が庶民寮になります。

 エリー様には貴族寮に入ってもらう事になります。

 ちなみに、お付の方は?」


 学園の案内人が恐る恐る私に尋ねる。

 いったいどんな噂が飛び交っていたのか気になるところだが、とりあえず無視。


「馬車が遅れて後で到着する予定ですの」


 貴族たるもの、自分でできる事を人にさせる事で仕事を与えているとも取れる。

 特権は義務の裏返しという訳だ。忘れている人はとても多いけど。

 個人的には庶民寮に入って気楽な学生生活を送りたいのだが仕方ない。

 彼らはヘインワーズ家の監視者であるのは問題がないのだが、ヘインワーズ家の意向に沿っている主人公に勝手に介入しかねないからだ。

 最初ぐらいはと私がわがままを言って、馬車をわざと遅らせたのは一人で回りたいというのとこっちでメイドを雇う為である。

 最低限ヘインワーズの紐がついていない人間を雇う必要があったからだ。

 露骨に政治が絡む権力闘争において絶対という言葉は無いが、信じないと何も始まらないのが政治のやっかいな所でもある。


「で、そこで隠れているお方?

 覗き見とはあまり良い趣味ではありませんわよ」

「!」


 背中に乗っていたぽちが警戒し、それに気づいた私の声で姿を表わす。

 出てきたのは、ゲーム一のイケメン王子様。

 最も人気があった攻略キャラである。


「驚かせてしまったね。すまない。

 噂の姫君をご尊顔を拝見したくて、こうして忍んでいたという訳だ。

 許してくれないかな」


 彼の背後の悪友にそそのかされたというのが真相なのだが、さっと自ら前に出る自己犠牲精神とその紳士ぶりに多くの乙女を虜にした顔が私に微笑みかける。

 オークラム統合王国第一王子アリオス。

 『世界樹の花嫁』にて主人公と恋に落ちて駆け落ちをした結果、オークラム王室にお家争いを引き起こした元凶を前にして私は愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。

 彼が王位を継いでいればオークラム統合王国は崩壊しなかっただろうと言われるほどの傑物でもある。

 容姿はまさに王子様で、肩まで波うつ黄金の髪は日の光に鮮やかに煌き、高い身長とマントの下にあるだろう肉体は鍛えられているはずなのだが、バランスが取れて華奢な印象すら受ける。

 そして何よりも怜悧な顔から現れる優しい笑顔が美しいことこの上ない。

 さすが乙女ゲー。完璧超人しかいない。

 今回の世界樹の花嫁を選ぶ為に、王都の学園から転校してここにやってきている。


「シボラの街の君主に連なる者の娘、エリー・ヘインワーズと申します。

 どうぞよしなに」


 礼法に乗って殿下に挨拶をする。

 称号つき自己紹介が私の今の身分でもある。

 未成年なのでまだ爵位はないが、シボラの街というのがヘインワーズ家が統治している商業都市。

 直系ならばここが『君主の娘』になるが、『連なる者の娘』という事で一族の娘という扱いな訳。


「オークラム統合王国の君主の息子、アリオス・オークラムだ。

 こちらこそよろしく」


 爵位を省いたがこれも王家の特権。まぁ、一番上だからというのもあるが。

 これでゲームよろしく駆け落ちしたとしても、臣籍に落ちて大公になるあたり、身分制度はかなりしっかりしている。

 この人の駆け落ちがまた凄く、臣籍に落ちて主人公と己の財産を船に積んで西の新大陸目指して旅立つエンドという浪漫たっぷりものだが、その後の『ザ・ロード・オブ・キング』をすると何で帰ってこなかったとプレイヤーから罵倒されるというヘイトぶりがまた。

 まぁ、私もそうだったのだが。


「それで、殿下にこのような事をさせたご学友の方は自己紹介なさらないので?」


 私の言葉にアリオスの目が細くなり、その後ろからアリオス王子と同じぐらいの年だろう男性が姿を見せる。

 彼もまた攻略キャラだ。


「見破られておいででしたか。

 近衛騎士団に属しアリオス殿下の盾にして剣、ユーリ・グラモール騎士と申します。

 どうかお許しを」


 ユーリ・グラモール卿。

 アリオス殿下の幼馴染にして護衛騎士。

 その若さで統合王国トップクラスの実力を持つ。

 彼も従者としてアリオス殿下の出奔についていったものだから以下略。

 彼との駆け落ちも凄く、家を捨てて主人公と西の新大陸目指して旅立つエンドというは同じだが、主人公との駆け落ちの責任を取ってベルタ公が失脚。

 王家を守っていたベルタ公亡き後の王位継承争いの泥沼化によって、オークラム統合王国は内乱と異民族侵入の果てに崩壊する事になる。

 なお、彼のエンド時にアリオス王子は触れられておらず、歴史の闇となっている。

 その後の『ザ・ロード・オブ・キング』をすると何で帰ってこなかったとプレイヤーから罵倒されるというヘイトぶりがまた。

 話がそれた。

 王子が絵になる男ならば、グラモール卿は戦に映える武人。

 鎧はつけていないのに、その服からも分かる筋肉は敵から恐れられ、戦場では多くの味方の歓声を浴びるだろう。

 兜をつける為だろうか

 丸刈りに近い青髪がまた清潔感を出すし、謝罪している顔にも愛嬌があった。

 だが、その見かけに騙されてはいけない。

 彼の父親はベルタ公で、長子である彼はアリオス王子即位後にベルタ公としてアリオス王子を助けることが内定しているお貴族様で、アリオス王子について王都の学園から移ってきたのである。

 彼がベルタの名前でなく母方のグラモールの姓を名乗っているのは、ここでベルタの名前をかけた権力抗争をしないというアピールでもある。

 なお、貴腐人界隈では、アリオス王子とグラモール卿というのは定番カップリングでどっちが攻めかで百年戦争が勃発しているのはどうでもいい話。


「あら?

 その戦争従軍章は何処で?」


 グラモール卿につけられた戦争従軍章が気になって、私はグラモール卿に質問する。

 胸の勲章を見ればどういう経歴を持った騎士かというのは分かるようになっている。

 アリオス王子とグラモール卿も三枚葉従軍章がつけられており、実戦参加経験者(そしておそらくは剣を血で染めた)であるという事が分かる。

 貢献章も二人ともあるから大手柄を立てたと。

 なお、この手の勲章をあげるのはその騎士団の持ち主、つまりアリオス王子とグラモール卿は近衛騎士団だから国王陛下という訳で、この国で一番評価が高いという訳。

 たしか、統合王国内において王家が認定した戦争はこの時期無かったはずと首をひねろうとしたら、グラモール卿があったりとネタをバラす。


「殿下の初陣であった東方騎馬民族との小競り合いで頂かせてもらいました。

 陛下の武勲のおこぼれをもらっただけです」


「よしてくれ。グラモール。

 敵騎馬のほとんどを焼き払った君に言われると私の立つ瀬が無い」


 そこで、彼につけられていた兵種章に目がいって唖然とする。

 竜騎兵。

 一騎で街すら滅ぼせる戦略兵器扱いの最強兵種が二人。

 という事は殿下も竜騎兵って……なんであんたら(天丼禁止)。


「きゅ?」


 ああ。なるほど。

 竜騎兵ともなると、擬態してもぽちを感じずにはいられない訳だ。

 ぽちの気配で何事と隠れて様子を見ていたと。


「かわいいりゅ「とかげのぽちです」……え?」


 よじ登ってきたぽちを見つけたアリオス殿下の言葉を無礼だがぶったぎる。

 ここで神竜なんてばらしたら、後々厄介事に巻き込まれるのが目に見えているからだ。

 どうせ既にばれてるとは思うが、上流階級ではこの手の建前は凄く大事。

 グラモール卿と同じく、ここではぽちをとかげと扱いますというアピールの為、私はぽちを掴んで二人の前に差し出す。


「とかげのぽちです。

 ほら。挨拶しなさい」


「きゅー。きゅきゅ」


 無邪気に手と尻尾をふるぽちと笑顔で圧力をかける私にひとまず諦めたのだろう。

 苦笑とため息でそれ以上この話題を振る事はなかった。


「殿下。

 こちらにおられましたか?」


 そんな声と共に神官の法衣服をつけたイケメンがまたこっちにやってくる。

 あ、こいつも攻略キャラだ。


「すまない。

 ヘルティニウス。

 こちらがかのご令嬢たるエリー殿だ」


 アリオス殿下が話を振って、私が自己紹介をした後にヘルティニウスと呼ばれた青年が私に自己紹介をする。


「白き女神イーノ神殿に属し奇跡の使い手、ヘルティニウス司祭と申します。

 噂の姫君に会えて光栄です」


 この大陸にはいくつかの宗教が存在しているが、その中で最も大きいのがこの白き女神イーノを崇める神殿、通称女神神殿だ。

 神殿に入ると苗字を捨てて名前だけですごす事になるのだが、奇跡の使い手つまりプリースト系魔法使いが彼に与えられた役割である。

 この若さで司祭という階級持ちなのだから、いかに神殿内で期待されていたか分かろうというもの。

 美しい銀髪にかけられている眼鏡は知的キャラの印で、背の高さと神官服が華奢な印象を与えるが、精神的には攻略キャラ中一番大人で包容力もある。

 おまけに人の話を良く聞いてくれるから悩んだら彼の元になんて事もよくある話。

 元々司祭として女神神殿の出世コースに乗っていた彼だが、今回の世界樹の花嫁選定において中立の立場で女神神殿からわざわざ呼ばれたキャラである。

 ダンジョン探索に彼の回復魔法がどれだけ役立ったかは言うまでもないが、彼とくっついた場合、神殿内穏健派次期当主を失った神殿は強硬派が独占。

 世界樹の花嫁がいない為に不作と物価高騰で信者が急増。

 更に過激な行動が王家に目をつけられて、弾圧の後蜂起というルートを辿り統合王国は内戦に突入して崩壊の道をたどる事になる。

 このゲームの開発陣の悪意をいやでも感じずにはいられない。


「シボラの街の君主に連なる者の娘、エリー・ヘインワーズと申します。

 どうぞよしなに。

 今、学内を見て回っていたのですよ」


「でしたら、私達が校内を案内しましょう。

 殿下たちもいかがですか?」


 挨拶を交わした後、ヘルティニウス司祭は当然のようにそれを提案する。

 さりげなくアリオス王子達のフォローに入るのだから、この人の気遣いもたいしたものである。

 なお、怒らせるととてつもなく怖く、『鬼畜眼鏡』と呼ばれていたり。


「ええ。

 エスコートしていただけるのでしたら喜んで」

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