番外編 その頃のアンダーウッド家 1/2

     1


「ネクに多量の魔力が宿っただと?」


 アンダーウッド家当主、デレクアンダーウッドは不可解そうに尋ねた。

 尋ねた相手はネクの妹であるイヴだ。


 場所はネクに追放を言い渡した貴賓室。

 そこには、デレクとイヴの二人だけしかいない。


「私のツテで得た情報によると、ネクお兄様は魔力消費量の大きい魔法を使われたそうです。しかも、その効果は通常と異なるとか」

「一体、なぜそんなことが起きるのだ?」

「それは何とも言えません。魔力量が後天的に上がるということはありえなくもないですが、その増加量はあくまでも微量。通常ならありえません」

「……ネクを呼び戻すことは」

「出来ないでしょう。ネクお兄様は、以前からこの家を出たがっていました。今回追放されたのも、いい機会程度にしか考えていないでしょう」

「何か手段は――」

「ありません」


 デレクは頭を抱える。

 彼は無能の烙印を押したうえで、ネクを追放した。


 そのネクが実は大量の魔力を保有していたというのだ。

 無能の誹りを今度はデレクが受けることになりかねない。


「一体、なぜこのようなことに」

「変化があったのは、お父様がネクお兄様を追放することを決められた日の夜でしょう」

「なぜそんなことが分かる?」

「その日、ネクお兄様は体調を崩されました。その後、お兄様の体から得体のしれない魔力を感じるようになりました」

「なぜそれを報告しなかった!!」

「お兄様の邪魔はしたくありませんでしたので」


 あくまでも、淡々とイヴは告げる。

 それは暗に『気づかなかったお前が悪い』とでも言うような口調だ。

 それに対して、デレクは目をむき出しにして怒りを露わにしている。

 だが、その怒りをイヴにぶつけることは出来ない。

 そんなことをしようものなら、返り討ちにあることは目に見えている。


「さて、お父様。お判りでしょうが、ネクお兄様が魔力に目覚めたため、お父様は見る目がなかったということになります。おそらく、テレサ様との婚約を破棄させたマイナ家からも厳しい目で見られることになるでしょう」

「く……」


 苦悩するデレク。

 それに対し、イヴは軽い調子で告げる。


「さて、それを避けるためにはどうすればいいでしょうか? 簡単です。当主の座を明け渡してしまえばいいのです」

「この私に引退しろというのか」

「今ならまだ『勇退』という表現も使えるかとは思います。引退した身の方に対してあれこれいうことはないでしょう」


 デレクは、即座にその意見を却下しようとした。

 だが、イヴの意見だ。

 気に入らなくても、一考の余地はある。


 何より、自分の名誉を守れるかどうかの瀬戸際にいるのだ。

 命よりも大事にしてきた名誉。

 そのために出来ることを彼は考えていた。


「……少し、時間をくれ」

「かしこまりました」


     2


 デレクとの謁見を終えたイヴは、自室に戻った。

 さほど広くない空間に、必要最小限の家具を置いてあるだけのシンプルな部屋。


 そして、大きく息を吐くと『椅子』に座る。


「お疲れ様でした、イヴ様」

「疲れるほどのことはしていませんよ、エレノアさん」


 イヴは部屋で待機していたエレノアに言った。

 ネクたちからひどい目にあわされた後、彼女はアンダーウッド家で引き取られた。

 そして、そこでイヴ専属の使用人となっていた。


「それは失礼しました。して、首尾の方は?」

「つつがなく。明日――いえ、早ければ今日のうちに、お父様は引退を発表されることでしょう。私は正式にアンダーウッド家の当主となります。いよいよ、計画を実行に移す時です。エレノアさんにも、全力で手伝ってもらうことになります」

「勿論です」

「そのためには、エレノアさんにも強くなっていただく必要があるのですが、そろそろ魔力の効率利用になれてきましたか?」

「はい」


 現在、エレノアはイヴから魔法技術に関する訓練を受けていた。

 大きな魔力を有しているが、使えるのは基礎的な身体強化魔法のみ。

 しかも、魔力消費の効率が非常に悪いまま。

 要は、磨かれていない宝石の原石。

 魔法技術を教え込めば、彼女は優秀な護衛にすることが出来るだろう。

 だから、イヴはエレノアを生かしておくことにした。


 イヴは魔力を込めた指先で『椅子』に触れる。

 すると――。


「はぅううむ!?」


 その『椅子』は喘ぎ声を発した。

 そして、イヴを乗せたまま崩れ落ちる。


「いけませんね、エレノアさん。体内での魔力循環が万遍なくできていれば、今のは防御できたはずです」

「申し訳ありません」

「いえいえ、癖というのはなかなか抜けないものです。トライ&エラーを繰り返す必要があるのですから、エラーの部分を必要以上に気にする必要はありません」


 イヴの言い分は非常にまっとうなものだった。

 アンダーウッド家にいながら、彼女はまともな感性も持っているのだ。

 だからこそ、エレノアは疑問に思うことがあった。

 思わざるを得ないことがあった。


「イヴ様、一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「魔力循環については、よくわかりました。しかし、あの――」

「あの?」

?」


 現在、エレノアは四つん這いになっていた。

 裸で。

 一糸まとわぬ姿で。


 これは勿論、エレノアの趣味というわけではない。

 本来の彼女であれば、間違ってもこのような姿にはならない。

 ひとえに、自らの生殺与奪を握っているイヴからの命令によるものだ。


「いい質問ですね。何かに疑問を持つというのは、魔法を学ぶ上で非常に重要なことです」

「ありがとうございます」

「それで、エレノアさんに裸になっていただいている理由ですが、これは簡単なことです。私、人の裸を見るのが好きなんです」

「えぇ……」

「ああ、勘違いしないでください。性的な意味ではありません」

「それじゃあ、どういう意味なんですか?」

「裸の人間を見ていると、人が肉であること――肉でしかないということを実感できるんです。皮膚を走る血管、皮膚の上からでも見える内臓の重み、かすかに見える心臓の動き、それらを見ると、人間というのは皮膚と言う袋に内臓を詰めた存在でしかないということを感じることが出来るんです」

「……」

「いえ、冗談ですよ? 本気にしないでください?」

「本当に冗談なんですよね?」

「ええ。エレノアさんに裸になっていただいているのは、エレノアさんの訓練のためです」

「……本当ですか?」

「はい、本当ですよ。実は、私は特殊な『眼』を持っているんです。正確に言えば、眼に関する特殊なスキルを持っている、ということになりますね」

「スキルですか」

「ええ。【観察眼】というもので、これを使うと魔力を見ることが出来るんです。だから、エレノアさんの体内での魔力循環がどうなっているか、魔力が行き届いていない場所がないかを見ることが出来るんです。ただ、本来は対象の能力値やスキルを見るためのスキルであり、魔力が見えるというのは副次的な効果であるにすぎません。故に、服などを着ているとその部分が見えにくくなってしまうのです」


 ここまでの話について、エレノアは一応納得した。

 裸であることは、訓練のために必要――筋は通っている。


「ですが、椅子になる必要はあるのですか? 観察眼とやらで見るためというのなら、この体制は適さないのではないでしょうか?」

「趣味!?」

「ええ、何か問題がありますか?」


 どう考えても、問題発言そのものである。

 それを当然のように、ごく自然に告げるイヴに、エレノアは苦笑する。


(まだ幼いのに随分とディープな趣味を……。あの兄にして、この妹あり、というわけか。いや――あるいは、逆なのかもしれないけれど)


 このイヴ・アンダーウッドという異物。

 これが何かに影響を受けるということの方が考え難い。

 そんなことを考えていたら――。


「あひんっ!?」


 またもや、イヴから魔力による刺激を与えられてしまった。


「ほら、エレノアさん。余計なことを考えている暇はありませんよ? 今のうちに魔力循環を覚えておかないと、この先大変な目にあいますから」

「分かっています」


 エレノアは決心と共に答える。

 すでに殺されていてもおかしくない身。

 それをイヴは救ってくれた。

 忠義を尽くすことに迷いはない。


「イヴ様の敵と戦うために――」

「今日から添い寝をしていただくことにしました」


 エレノアの決意は、空振りに終わった。


「……添い寝、ですか?」

「はい。やはり人肌と言うのは、良質な睡眠に欠かせないと思うんです。ですから、エレノアさんを抱き枕にして眠ることにしました」

「それは構いませんが……。何か大変な目に合うんですか?」

「実は私、昔から『おねしょ』が治らないんです」

「……ああ、うん。そうですか」


 リアクションを取りにくい内容だった。

 慰めてやりたくもあったが、イヴの年齢でというのは如何なものだろうか。

 だが――。


「まぁ、構いません。裸で椅子をさせられているんですから、『おねしょ』くらい許容範囲内です」

「そうですか。それはありがとうございます。ああ、ちなみに教えておきますと、魔術師の間における『おねしょ』というのは『眠っている間、無意識で体内から魔力を放出してしまうこと』の隠語になります」

「騙された!?」

「いい勉強になりましたね」


 イヴはしれっと告げた。


「ちなみに……それって、もしかして危ないですか?」

「いえ、安心してください。私も折角手に入れた貴女を失いたくはありません」

「それは、ありがとうござ――」

「もし死んでしまっても、死霊術で操って差し上げます」

「気が抜けない!?」

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