第14話 ソフィー・ブリリアントと『痴の事情』 1/4

     1


 俺たち新入生は、先輩方に先導されて暫定寮へ向かった。

 あくまでも一時的なものということで、その設備は決して快適なものではないらしい。

 まぁ、俺からすれば、普通に住める建物というだけでも万々歳だ。

 というより、実家の本宅よりずっとマシ。

 実家は隙間風とか問題にならないくらい不気味な雰囲気だったし。


 俺たちは指定された建物に向かった。

 その建物は、規模が大きいながらも古めかしい館だった。

 小説なら殺人事件でも起きそうな雰囲気だ。

 貴族出のお嬢様がたには、この環境は厳しいのではないだろか。

 そう考えたが、彼女たちは予想外の反応を見せた。


「歩くたびに床がきしんでいますわ!」「自然に作り上げられたセキュリティ設備、新鮮ですわ!」「皆さん、こちらから隙間風が入ってきますわ!」「「「隙間風!?」」」「ひゅーという音が粋ですわ!」「この音を聞きながらお茶でもしたいですわね」「「「素晴らしいアイデアですわ!」」」


 マイナス方面の新鮮さが、貴族のお嬢様がたにはかえって受けたようだった。

 新入生たちはエントランスに集められた。

 そこには、十人の上級生がいた。

 その中には、ノウェイ・ウェインの姿もある。

 その中の一人が、一歩前に出た。

 褐色の肌を持つ、彫りの深い顔つきの女性だ。


「さて、私が生徒会長の『レイ・ボスフェルト』ですわ!」


 生徒会長。

 この異常な学院にも、そういうのがいるらしい。

 会長さんは、威勢よく俺たちに呼びかけた。


「それでは、この『暫定寮』について説明いたします! 耳の穴をかっぽじって、よくお聞きなさい! 新入生の皆さんには【寮探し】というイベントまでここで生活していただくことになります。この暫定寮には食堂や大浴場など、様々な施設があります。それらについては、各自後で確認してみてください。ちなみに、ここの食堂は無料で使用することが出来ます。魔法はカロリーを大量に消費するので、ガンガン食べるように!」


 ボロイ建物だが、施設は充実しているらしい。

 あと、食堂を無料で使用できるというのが非常に嬉しい。


「それぞれの班には部屋が二つずつ割り当てられているので、その部屋を使ってくださいまし。また、この寮の最上階には、監督生として上級生が10名先導役として住むことになります! 皆さん、とても優秀ですので、困ったことなどがありましたら遠慮なく相談をしてください。また、一階には医務室兼当直室があり、平日の午後六時から朝八時まで、および休日に、この学院の教師が一名そこに詰めることになっております。私たち上級生にも対処しきれないような事態が起きたら、先生方にも頼ることになりますので、覚えておいてください。ここまでで、質問のある方は?」

「あの、当直の先生って、誰なんですか?」

「日によって変わります。その辺りは、先生方が決定されるので、くわしくは私も知りません」


 つまり、あの『マッスル・モンスター』や『解剖性癖者』という可能性もあるのか。

 出来る限り頼りたくない。

 問題を解決するどころか、肉体改造されたり解剖されたりされる恐れがある。


「それでは、今日のところはこれで解散とします。各自、割り当てられた部屋に行き、荷ほどきでもしてください! 以上!」


 生徒会長がそう告げると、新入生たちはそれぞれ、割り当てられた部屋に向かった。

 俺たち第15班も、ノウェイに絡まれる前に部屋に向かうことにした。


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 俺たちの割り当ては404号室と405号室。

 4階南側の部屋だ。

 行ってみたところ、まぁ、ごく普通の部屋だった。

 むしろ、日当たりも良く、当たりと言っていい。

 てっきり、不気味な道具が無数に置かれているような部屋を想像していたのだが、ハズレてくれて一安心した。

 当たっていたとしても、俺は平気だけど。

 部屋には、それぞれ家具が二人分ずつあった。

 それを見たフィリスが言う。


「二人部屋のようね。部屋割りはどうする?」


 無難に考えて、俺とソフィー、フィリスとハルという組み合わせになるだろう。

 そう考えていたのだが――。


「それじゃあ、ボクがネクさんと一緒の部屋ということでいいですか?」


 何故か、ハルが俺と同室になることを主張してきた。

 フィリスは多少驚きながらも、冷静に反論をする。


「でも、あの、年頃の男女を二人だけにするというのはいかがなものかと思うのだけど……」

「でも、二人部屋ですから、どうしてもネクさんと同室になる人が出てきますよ? だったら、ネクさんの婚約者であるボクがベストでは?」

「「婚約者!?」」


 俺とフィリスが同時に声をあげた。

 いつからそんなことになっていたのやら。

 フィリスは、俺の服の襟首をつかみ、血相を変えながら尋問する。


「ネ、ネネ、ネク! いつの間に婚約者なんて作ったの!?」

「いや、ハルは婚約者じゃないから」

「そうなの? そ、それは悪かったわね」


 フィリスは急いで俺の服から手を離した。

 だが、未だ状況が飲み込めていないらしく、首を傾げた。


「ちなみに、婚約者はいたけど、婚約は破棄された」

「婚約破棄!? つまり、ハルは婚約者ではなく、元婚約者だったってこと!?」

「いや、婚約破棄したのはハルではなくて、別の子で……」

「別の子! 訳が分からなくなってきた!?」


 確かに、混乱しても仕方がない。

 複数の婚約者がほいほい現れるとか、普通ならありえない。

 そもそもハルは最初から婚約者じゃないわけだし。


「アンダーウッド家が決めた婚約者がいたんだよ。でも、俺に才能がなかったから、アンダーウッド家からは追放されて、婚約の話もなくなった」

「才能がない? あれほどの魔法を見せておきながら?」

「その辺りは、複雑な事情があるんだ。説明できる時が来ても説明しないから、今は放っておいてほしい」

「分かったわ――って、説明してくれないんじゃない!? あまりにも自然だったから、気づかずに流してしまいそうになったわ!」

「ちっ、気づいたか」

「気づかないと思っていたの!? いや、それよりも、その追放に関することは、まぁ、いいとして――結局、ハルとの関係はどういったものになるの?」

「昨日知り合ったばかりの他人だよ」

「それがなぜ婚約者などと?」

「さぁ?」


 俺たちはハルを見る。

 彼女は、ニヤニヤしながら俺たちの疑問に答えた。


「アンダーウッド家とウェイン家は、表面上仲良くしているけれども、実態は非常に仲が悪いという話を聞いたことがありまして。ただ、お二人を見ているとそうは思えなかったんです。ですから、それが事実なのか確認してみたかったんです」

「ああ、そういうことか」


 俺は一応納得した。

 アンダーウッド家とウェイン家の確執。

 それを知っている者からすれば、俺とフィリスのやり取りは不自然に見えるのかもしれない。


「実際、ついさっきまで避けていたけどな。でも、実際に家を離れてみると、俺たちが険悪になる必要はないと分かった」

「そういう意味で言ったわけじゃないんですけどね」

「は?」

「いえ、こちらの話です」


 ハルはにやけ顔で答える。

 俺はそれを放置し、今度はフィリスに疑問を投げかけた。


「ところで、どうして俺とソフィーを同室にするという至極当然の発想にならないんだ? ソフィーは俺の使い魔なんだから、そう考えるのが普通だろ?」

「疑っているわけではないのだけど……」

「もういい。それ以上は言うな!」


 全然信用されていない。

 だが、俺とソフィーが別の部屋になるというのはあり得ない。

 そんなことになれば、不審死騒ぎが毎日のように起きるだろう。


「とりあえず、常識的判断として、俺と使い魔であるソフィーが同室ということにさせてもらう。文句ないな? それとも何か、俺と同室になって、襲われたかったりするのか?」

「過剰防衛ってそんなに罪が重くならないらしいわよ?」

「返り討ちにされる!?」


 実際、フィリスの実力なら簡単に俺を倒せるだろう。

 下手をすれば、俺の命が危ない。


「いや、でも、俺と同室というのはまずいだろ? 変な噂がたてば、家の名に傷がつくことになるぞ」

「でも――」


 粘ろうとするフィリスを、ハルが制止する。


「フィリスさん。ソフィーちゃんはネクさんが召喚した『使い魔』です。ですから、まぁ、普通に考えれば、ネクさんとソフィーちゃんが同室というのは妥当だと思います」


 お、いいぞハル。

 その調子でフィリスを説得してくれ。


「何か言った? ティペット商会のハルさん」

「――という意見が一般的だというだけです! そうですよね! 幼女とネクさんを二人だけにしたら、ネクさんが暴走しかねませんよね!」


 即、意見を翻していた。

 なんだこいつ、後ろから刺しに来やがった。


「おいこらハル! お前、どっちの味方だよ!?」

「『利』のある方です!」

「『理』じゃないのか!?」

「商人ですから! そして、ウェイン家はティペット魔法家具店のお得意様です! お得意様のご意向が第一です!」


 なかなか世知辛い事情があるらしかった。

 どうやら、ハルからの応援は望めないようだ。

 だったら、自分で何とかしてやる。


「なぁ、フィリス。お前は、そんなに俺と一緒の部屋になりたいのか?」

「そ、そんなわけないでしょ? ソフィーちゃんを守るために、仕方なくよ」

「そんなことを言いながら、俺の着替えを覗いたりしたいんだろ? いや、逆か。お前、そんなに自分の着替えを俺に見せたいのか?」

「どうしてそうなるのよ!?」

「本当にソフィーを守りたいのなら、お前とハルの部屋でソフィーも生活させようと考えるはずだ。だが、お前はそう考えなかった。つまり、お前の中ではソフィーの安全よりも、俺と同室になりたいという気持ちのほうが大きかったということだ」

「な……」


 フィリスは顔を赤くしていく。

 侮辱されたことが、それほど悔しかったのだろうか。

 まさか、今の話が事実であるはずがないし。


「わ、分かったわ。それじゃあ、ネクとソフィーちゃんで一部屋使っていいわ。でも、時々様子を見に行くからね」

「はいはい。様子を見に来るという大義名分の下に、俺の着替え中に部屋に入ってこようという魂胆だな」

「そんなことは……、……、……ないわ!」


 今の間は何だったのだろうか。

 なんにせよ、これで部屋割りは決まった。


     3


 俺とソフィーは隣の部屋に移った。

 内装はフィリスとハルの部屋と一緒だ。


 さて――それでは、話し合いの時間だ。

 明日からは本格的に授業が始まる。

 今日のうちに、諸々のすり合わせを済ませておく必要がある。


「それじゃあ、ソフィー。早速だけど――って寝るな!」


 ソフィーは部屋に入るなり、ベッドにダイブしていた。

 真っ白なシーツの上で、ソフィーは気持ちよさそうにしている。


「ほう、ふかふかじゃのう。めちゃくちゃふかふかじゃのう。これほど柔らかいベッドは初めてじゃ!」

「ずいぶんと庶民的だな」

「庶民的というか、身の安全を考えた生活をせざるを得なかったのじゃ。眠るときは、絶対防御魔法が施された『箱』の中に入っておったからの。その名を古代魔道具【棺】といったか」

「【棺】って縁起でもないな」

「まぁ、名前などどうでもよい。睡眠時は無防備になるから仕方があるまい」

「それは大変だったな」


 というか、そこまで気を使っているのに死んでしまったのか。

 睡眠時にリラックスすることもできないとか。

 魔王というのも大変なんだな。


「って、同情しそうになっちゃったじゃないか!」

「してくれてもよいぞ?」

「よくない! 魔王はあくまでも人類の敵だ。そこに変わりはない」

「……さみしいことを言うのう」


 落ち込んだ声を出すソフィー。

 小さい子供の姿だから、少しだけ悪いことをしたような気分になってしまった。


「ま、この件については別に同情してもらう必要はない。実際、あの箱の居心地は悪くなかった。適度に柔らかかったし、防音性は最高だったし、狭いのがかえって落ち着いて非常に快適じゃった。正直、魔王城から一つ持ち出せるとしたら、迷うことなくあの【棺】を持ち出す」

「最高の睡眠環境じゃないか!」


 少し羨ましくなってしまった。

 俺なんて、常に謎の音が鳴り響くような部屋で眠っていたというのに。

 その箱、うまい具合に手に入らないだろうか。


「で、それはそれとして――ここからが妾の本題なんじゃが」

「断る!」

「まだ何も言っておらんではないか!」

「どうせ『妾が命を落とした原因を探ってくれ』とか言うんだろ! やだね。絶対にやだね! 断固断る!」

「何故じゃ!?」

「俺が読んできた物語だと、そういうのから『世界の真実を明かす旅』とか『魔王を殺した真犯人との対決』とかが始まるんだ! そんなものに参加する気は一切ないからな! 俺は世界なんてどうでもいいんだよ。世界は俺を拒絶した。だから、俺も世界を拒絶するんだ!」

「なんか格好いいセリフに聞こえる!? いや、負け犬のセリフだということは分かっておるんじゃが」

「こちとら生まれた時から魔力微弱な負け犬人生だったんだ! 魔力を手に入れたところで、負け犬根性が変わるわけがないだろ!」


 父親にののしられ、母親にさげすまれ。

 妹からは訳の分からない扱いをされていた。

 こんな環境で『他人のために献身的に頑張る』なんて人格が生まれるはずがない。

 だから――。


「そう、間違っていたのは俺じゃない。世間の方だ!」

「最低じゃな。じゃあ、最終的にお主はどうなりたいのじゃ?」

「そうだな――」


 俺は考えてみた。

 仮に魔法学院を卒業できたとして、国のために働きたいとは思わない。

 強くなれたとしても、軍に入って規律に従う生活をしたいとも思わない。


 俺が望むのは、そう――心穏やかに過ごせる人生。

 それでいて、適度な刺激が存在する生活だ。

 それを満たす生活スタイルといえば――。


「スローライフだ」

「すろーらいふ?」

「俺は、この魔法学院でそこそこの実力をつけた後、どっかの田舎に行って、適度な強さの魔物を狩る仕事をしたい! そして、村人から感謝され、尊敬されたい! なおかつ、小さなハーレムを作って、ちやほやされながら、のんびりと暮らしたい!」

「堅実的なクズじゃなおぬし!」

「お前の魔力があればそれも可能なんじゃないか?」

「まぁ、不可能ではない――じゃろう」


 よし、思った通りだ。

 アンダーウッド家で腐って死ぬとばかり思っていた。

 ろくでもない人生だったけど、ここに来てようやく光が差してきた。


「それじゃあ、妥協点を探ろう」

「うむ」

「お前は自分の死の真相が知りたい。俺は、田舎でスローハーレム!」

「スローハーレム!?」

「故に、妥協点としてはこうなる。まず、俺が全力でスローハーレムを作り上げる。そして、生活が安定して余剰財力が出来たら、人を雇って調べてやるよ!」

「アホか! 何年後じゃ!」

「諦めなければ、いつか真実に出会えるさ」

「放置しておいた期間の分だけ真実から遠のくじゃろうが!」

「やれやれ」

「妾が悪いのか!? それに、真実を知るためには手っ取り早い方法がここにはあるじゃろ?」

「気づいていたか」


 当然と言えば当然だ。

 この上ない手掛かりが目の前にずっといたのだ。


「フィリス・ウェイン。妾を討伐したとする奴から話を聞けば、謎はすべて解けるのじゃ。いいか、ネクよ。この簡単なことすらしないということであれば、妾は本気でお主を陥れる!」

「なんだと」

「幼女の姿をした妾がネクからの性的嫌がらせを受けたと言ったら、お主の立場はどうなるかのう? 入学早々色々とやらかしたお主のことを、皆は信じてくれるかのう?」

「こ、この悪魔め」

「悪魔ではない。魔王じゃ」

「わ……分かった。それじゃあ、フィリスに聞いてみる。でも、あまり期待するなよ。魔王討伐の詳細については、情報が外に出ていないんだ。つまり、何らかの緘口令が敷かれている可能性がある」

「つまり、人に話せない裏があるということじゃろう? それを探るのが目的なのじゃから仕方がない。まぁ、あの女はネクに気があるようじゃから、聞き出すこともできるかもしれんがの」

「……気がある?」


 何を言っているんだ、この幼女は。

 いや、考えてみればこいつは魔族の王だ。

 人間とは違う感性を持っていても不思議ではない。

 きっと魔族の間では相手を罵るのが愛情表現だったりするのだろう。


「もしかして……お主、気づいておらんのか?」

「ハッ、あちらは世界がうらやむ勇者様だぞ。俺みたいな落ちこぼれに興味があるわけがないだろ?」

「じゃが、奴がおかれていた環境を考えてみよ。戦争に駆り出され、近くに同年代の人間などおらんかったじゃろう。そんな時、ふと頭に思い浮かべるのは――」

「かつて交友のあった少年!?」

「そうじゃ!」


 考えられなくもないのだろうか。

 そんな奇跡のような可能性が。

 だが――。


「うん、ないな」

「どうしてそうなるのじゃ!」

「あちらは光の中を歩く勇者。対して、今までの俺は部屋の隅でカサカサ動いている虫だ。虫以下だ」

「お主、かわいそうなくらいに自己評価が低いのう」

「そういう人生だったんだ」

「……そうか。うむ、今日のところは休むがよい」

「やめろ! 俺に優しくするな! なんだか、逆に不安になる!」

「よしよし、かわいそうに」

「やめろぉ~~~~!!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、ドアが蹴破られた。

 爆発音に近い轟音とともに、ドアが宙を舞う。

 そして、そのドアは俺のすぐそばを通り過ぎ、壁に激突した。


 俺とソフィーは、そんな奇怪な現象を引き起こした張本人の方を見た。

 こんなことが出来るのは、一人しかいない。

 そこにいたのは、やはりフィリスだった。

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