第9話 エロの使い魔 1/5

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 俺がホールに戻ると、折り紙で作られた鳥が飛んできた。

 その鳥は俺の掌の上に乗るとその姿を崩し、元の一枚の紙になった。

 その紙には『№15』と書かれている。


 講堂をみやると、いつの間にか沢山の丸テーブルが置かれていた。

 その周りを囲むように、シンプルなデザインの椅子が並んでいる。

 №15というのは、俺に割り当てられた席を示すものなのだろう。

 探してみると、すぐに『15』と表示されたテーブルを発見できた。


 そこには、すでに席についている者がいた。


 フィリス・ウェイン。

 俺の天敵ともいえる少女。

 彼女がしれっと、№15のテーブルについていた。


「ネク――」


 フィリスは、俺の姿を見ると嬉しそうに顔を上げた。

 一体、それがどういう感情によるものなのか、俺には全く理解できなかった。


「無事たったみたいでよかったです。ホルフブック先生が解剖をしようとしたときは、もうだめかと思いました」

「ああ、おかげさまで生きているよ」


 思ってもいないことを、俺は淡々と告げた。

 出来れば、二度と近寄りたくなかった。

 学院でも出来るだけ避けようと思っていた。

 それなのに、早速接近させられてしまった。


「あの……座りませんか?」

「ああ、そうだな」


 俺が椅子に近づくと、その椅子は自動で後ろに下がった。

 この椅子も魔道具なのか。

 俺がテーブルの前につくと、椅子は少しだけ前に戻り、俺はそれに腰かけた。

 正面では、フィリスが俺の顔をちらちらと見ていた。

 一体、こいつは何がしたいのだろう。

 万が一仲直りがしたいというのであれば、それは無理な話だ。


 フィリス・ウェイン。

 彼女の家は、代々アンダーウッド家を敵視していた。

 その理由については、俺も知らない。

 今となってはどうでもいい。


 問題は、アンダーウッド家とウェイン家の交流が続いていたことだ。

 和解することなく、対立したまま続いていたことだ。

 その交流の中で、俺はフィリスに幾度となく甚振られていた。


 それは『模擬戦』という名目だった。

 アンダーウッド家のネク。

 ウェイン家のフィリス。

 同年代の二人を比べるために、俺たちは剣術で競わされた。


 その結果は、明らかだ。

 身体強化魔法【フォース】の重ね掛けをすることが出来る稀有な体質。

 まさに、彼女は戦うために生まれてきたような少女だった。

 魔力をほとんど持たない俺が、勝てるはずもない。

 一矢報いることすら不可能だ。


 だが、フィリスは模擬戦をすぐには終わらせなかった。

 決着がつかないよう、急所以外を徹底的に痛めつける。

 それは、俺を傷つけ、その心を徹底的に折るため。

 そして、アンダーウッド家の名誉を傷つけるためだった。


 だから、もう二度と会いたくないと思っていた。

 それなのに――。


「あの……」

「何か?」

「もしかして、私のことを警戒していらっしゃいますか?」


 フィリスは少しおびえた様子で尋ねた。

 その態度に、俺は苛立ちを覚える。

 そして、つい悪意のこもった口調になり――。


「これまでの経緯があるからね」


 そう告げた。

 それを聞いたフィリスは、やはり寂し気で。

 俺はそれ以上の悪意を、今の彼女に向けることが出来なかった。

 とりあえず、話題の転換を図る。


「ところで、これから何が始まるんだ?」

「歓迎会です」

「こっちの空いている席は? 二つ空いているけど」

「まだ来ていないようですね。実は目には見えない生徒が既に座っているという可能性も否定できませんが」

「あるのか?」

「あっても、不思議ではありません。ここでは――」


 フィリスはそこで言葉を切った。

 その視線は、俺の後ろに向けられる。

 その視線の先で――。


「あ、ここですね」


 一人の新入生が楽しそうに番号を確認していた。

 その新入生はハルだった。

 ハルが席に近づくと、先ほどと同じように椅子が自動的に下がる。

 だが、彼女は驚いたそぶりを見せることなく、一度席から離れた。

 すると、椅子は再び元の位置に戻った。

 近づいては椅子が下がり、遠ざかっては元の位置に戻る。

 それを何度か繰り返した後、彼女は満足げに椅子に座った。


「あ、ネクさん、どうも。そちらの方も――ってフィリスさんじゃないですか! 勇者様!」

「その呼び方は止めてもらえないでしょうか?」

「失礼しました、フィリスさん。ボクはティペット商会のハル・ティペットと申します。よろしくお願いします」

「ティペット商会? 聞いたことがあります」

「はい、ウェイン家とも懇意にさせていただいています」

「そうでしたね。ところで……そのボクという言い方。もしかして、貴女――いえ、そんなわけありませんね」


 フィリスは何か疑問を持ったようだが、自己完結したようだ。

 その視線は、ハルの胸に向けられていた。

 男なんじゃないかと一瞬考えたが、すぐにそれはないと判断したのだろう。

 だが、何かが引っかかっているらしく、フィリスは微妙な表情を浮かべながらハルに質問をした。


「ハル様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい、何なりと!」

「ハル様はネクとは、どういう関係でいらっしゃるのですか?」

「ネクさんと? そうですね。知り合いと言えば知り合いですね。まぁ、最も適切な表現としては――」


 ハルは思案顔をする。

 そして、とんでもないことを言い出した。


「セクハラの加害者と被害者です!」

「ちょっ!? ハル! 誤解を招くような発言は止めろ」

「何が誤解ですか! ボクのおっぱいを侮辱しておきながら!」

「侮辱はしていない!」


 むしろ、褒め称えていた。

 大絶賛していた。


「厭らしいおっぱいと言われました」

「それは誉め言葉だ!」

「ほら、それがセクハラなんですよ!」

「誘導尋問だ! 証拠としての価値はない!」


 俺とハルは口論を始めた。

 フィリスは、それを不満げに見ているようだった。

 勇者様には、こういう低俗な話題は合わなかったか。


「ところで、ハル。その椅子、そんなに気に入ったのか?」

「ネクさん、露骨に話題をずらしましたね」

「別に話を続けてもいいんだぞ。もっとも、その時お前は、『魔道具よりもおっぱいを大切にする女』という烙印を押されることになるがな!」

「く……それを言われては弱いです」


 ハルは悔しそうに歯噛みする。

 通常なら言われても何とも思わないだろう。

 横でフィリスも「それは普通なのでは……」と言っている。

 だが、魔道具商人としての誇りがそれを許さないのだろう。


「仕方がありません。ちょっとこの魔道具について感想を語らせてもらいましょう。まずは、ネクさん、それとフィリスさん。気づきましたか、この椅子、動くときに少しだけ宙に浮いているんですよ。ウチで制作・販売している自動椅子だと引きずってしまうんですけど、これはいいものですよ。椅子を引くときに音が出ない。上流階級の方々にはかなり売れるんじゃないでしょうか。こういうところが、高級家具とその他を分けることになるんです。それに気づきました? この装飾、魔法でされたものじゃないんですよ。一つ一つ、自分の手で加工してあるんです。いや~、職人芸ですね~。職人のこだわりですね~。作った人をティペット商会に引き抜きたいものです」


 ハルは、まくし立てるように早口で感想を述べた。

 椅子をなで、時には頬ずりをしながら。

 興奮で頬を赤く染め上げている。

 そんな彼女に対し、フィリスは不思議そうに尋ねる。


「変態同士、気が合うようですね」

「こいつと一緒にするな!」「この人と一緒にしないでください!」


 俺とハルが同時に言った。

 いや、いくら俺でも人間以外に発情したりはしない。

 どう考えても、ハルの方が変態としての格は上だろう。

 だが、俺たちを見ていたフィリスは――。


「……お似合いですね」


 少し機嫌を悪くしたような顔で、そう言った。

 その発言にいち早くかみついたのは、ハルだった。


「それはボクに対する最大限の侮辱です。勇者様といえども、許すわけにはいきません! 慰謝料を求めます!」

「そんなことよりも――」

「自分から話題を振っておいて、無視ですか!?」

「そういう変態じみた話題は少し困ると言うか……」

「直球!? というか、ボクは変態じゃありませんから! 変態はネクさんだけですから! フィリスさん、ここは互いの利益のために手を組んで、一緒にネクさんを陥れましょう!」


 ハルはとんでもないことを言い出した。

 まったく、勇者の称号を得た者がそんなことを了承するはずが――。


「乗ります」

「乗るんかい!?」


 二人の視線が俺に向けられる。

 敵対していた二人が、共通の敵を作り出して共闘し始めた。

 迷惑極まりないことだ。


「おい、ちょっと待て! 今の流れはおかしいだろ!」

「「おかしくありません」」


 左右から、同時に否定される。

 こうなった以上、俺に勝ち目はない。

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